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番外1009 暗躍する悪意

 音もなく。背中の透ける翼が光を放ったかと思うと、そのままの姿勢でアイオーン達が突撃してくる。脱力したようにぶら下げていた腕を凄まじい初速で跳ね上げてくる。まるで人間味を感じさせない動き。


 半身になって避ければ腕に装着されたブレードが空を切る。間髪を容れずもう一体のアイオーンが、仰向けになるような形で、地面すれすれを滑るように突っ込んでくる。下方からの刺突をウロボロスで逸らしながら、蹴り足を放つ動きを見せれば、アイオーンは左腕でシールドを展開した。


 構わない。蹴り飛ばす瞬間に、指向性を持たせた魔力衝撃波を叩き込む。

 2体目のアイオーンがスピンするように蹴り返されて、最初の1体が切り返して上段を見舞ってくるのが同時。


 受ければ――本来なら不自然な体勢になるが、シールドで足場を作ってやればなんら問題はない。そのままウロボロスで受ける。

 斬撃斬撃。ウロボロスとアイオーンのブレードが交差して剣戟の音と火花が散った。至近から切り込んでそのまま押し切るつもりなのだろう。2体目のアイオーンが体勢を立て直して――こちらに向かって突っ込んでくる。


 2体のアイオーンによる波状攻撃。だが――。


「テオドール公!」

 ディバウンズが抜刀し、一体のアイオーンに向かって全身から魔力を漲らせて突っ込む。

 相当に研鑽された剣技と魔力。神格者ながら下層での指揮を任せられる理由が分かる……というよりは、生前が相当な武人だったからこそ、今冥府でこうした任務に携わっているのだろう。


 ならば――俺ももう一体のアイオーンの機能停止に注力させてもらう。大人数で戦える広さではないが、味方は大勢控えているし、あの分ならディバウンズも問題ないだろう。


 ただ……勝てば何でもいい、というものではない。状況から考えるに、乗っ取ったアイオーンを通して「見ている」奴がいる。

 ならば、できるだけ切り札は見せないように立ち回るべきだ。それに、大技を撃ったり撃たせたりして、施設が破壊されるような事態も避けるべきだろう。


 斬撃と打撃の交差。至近を風切り音が通り過ぎ、互いの魔力が干渉しあって火花が散る。

 速いし、鋭い。人間味が無い動きだから読みにくく、確実に急所――あるいは足や目等、継戦能力を奪い、次の一手で止めを刺せるような場所に攻撃を繰り出してくる。人の姿をした猛獣と戦っているような感覚。


 恐らく、その印象はそう間違ってはいまい。

 黒い怪物達が出現するのは先王の目覚めによる影響だ。

 ベル女王達は、根源の渦に起因する攻撃衝動を宿した先王に、冥府に溜まった負の想念が共鳴したため、黒い怪物達が暴れ回っているのではないかと仮定しているが……だとするのなら――今のアイオーンは、誰かの意思が介在した結果ではあっても、猛獣が人型の器を動かしているようなものだ。


 元々肉体を持ったことのない存在だから、その使い方を理解していないし、無茶な動きでも痛覚がないから許容してしまう。

 だから器であるアイオーンの能力が高いもので――いくら速くとも、いなし、逸らして崩すのはそう難しい事ではない。ウロボロスで受け流して体勢を崩してから、先程の仮想循環錬気で把握した、構造的に弱い部分にウロボロスを叩きつけると同時に魔力衝撃波を打ち込み、一抱えほどある大岩を作り出す魔法――ソリッドハンマーで横合いから殴りつける。


 部屋の端まで吹っ飛ばされたアイオーンが着地して体勢を立て直そうとするが、膝の関節部は魔力衝撃波でダメージを受けている。ぐらりと、アイオーンが体勢を崩した。

 そこにシールドを蹴って踏み込むが、翼を輝かせてそのまま戦闘に応じる。痛みも、恐怖も、知らない。兵士としては優秀かも知れないが、戦闘技術は足りていない。


 が――。全身に緑色の魔力のラインが走ったかと思うと、アイオーンの動きが変化した。打ち込むウロボロスにブレードを合わせてくる。先程とは打って変わって真っ当な剣術のそれだ。

 使役する者が干渉して動きを変えたか、或いは黒い怪物が自主的に組み込まれているアルゴリズムを参照して学習したか。


 ウロボロスに魔力を込めて、更に打ち合う。相手の攻撃をいなして一撃を叩き込む戦い方から、力でねじ伏せて弾き飛ばすような動きに、こちらもシフトする。ウロボロスとブレードがぶつかり合って互いに弾かれるが、出遅れるのはアイオーンの方だ。

 既に足の片方も破壊している以上、どうしたって動きに制限ができる。こんな室内では飛行能力だけで近接戦を凌ぐのは難しい。


 立て直すのが遅れるだけ防戦一方になるアイオーンだが――打ち負けないようにブレードに対する魔力供給量を上げたらしい。

 そこでこちらの動きを元に戻す。力を技で御する術でアイオーンのブレードを逸らし、懐に飛び込む。狙いは黒い怪物の潜む、アイオーンの核。その、一点――。


 細く収束させた魔力衝撃波がアイオーンの胸郭を貫く。背中から突き抜けた魔力の輝きと共に、黒い霧のようなものが放出されて霧散する。

 がくんと身体を震わせるとアイオーンが崩れ落ちて、それきり動かなくなった。


「ディバウンズ! 今だ!」

「おおおぉおッ!」


 そちらに視線を向ければ――手を前に突き出したプルネリウスが空間に立体的な方陣を展開していた。その内部に捉われたもう一体のアイオーンは、全身から火花を散らしながら空中に固定されているようだった。


 プルネリウスの拘束術式による援護を受けたディバウンズは裂帛の気合と共に剣に魔力を込めてアイオーンに向かって突っ込んでいく。白い輝き――神気を宿した一閃がすれ違いざまに振り抜かれ、ディバウンズが通り過ぎれば……その背後でアイオーンの身体が遅れて両断されて、切り口から白い炎に包まれるように燃え上がる。その炎の中に、潜んでいた黒い霧が散っていくのが見えた。


「やはり――素晴らしい。テオドールと戦った時の事を思い出すというか、色々考えさせられる内容だったな」

「ま、あたしらを下した奴が、ああいう手合いに苦戦するわけもないな」


 と、俺の戦いを見ていたゼヴィオンやリネットの言葉に、ルセリアージュも顎に手をやって頷いたりしているが。まあ、リネット達は楽しそうなのであれで良いとして。


「お怪我はありませんか?」


 尋ねると、神妙な表情で頷いて応じるディバウンズである。


「私は問題ありません。テオドール公は?」

「僕も大丈夫です」

「それは、良かった。しかしまさかアイオーンが乗っ取られているとは……。開発指揮を執った、私の落ち度です」


 ディバウンズは俺やベル女王に深々と頭を下げてくる。


「いえ。そういう事ではないかも知れませんよ」

「……と仰いますと?」


 俺が倒したアイオーンに視線をやる。


「先程解析しようと内部の術式や構造を見た時……何というか、最初から乗っ取りができる余地を残していたように感じられました。もう一度仮想循環錬気で精査する必要がありますが……」

「それは――」


 ディバウンズだけでなく、その場のみんなが、俺の言いたい事を理解したのか、目を見開いたり驚きの表情を浮かべたりする。

 そうだ。アイオーンの開発に携わった者の中に所謂バックドアを仕込んだ奴がいる可能性が非常に高い。


 ゴーレムのように自意識の薄い魔法生物を製作する場合、乗っ取りや暴走を防止するための術式は組み込んであるものだが……表向き対策をしたように見せかけつつ特定の手法で抜け穴を作るなど……隠し機能を組み込んでおけば、関係者の目を盗みつつ所謂バックドアを仕掛ける事が可能だろう。

 その辺の推測を口にすると、ディバウンズが目を見開く。


「まさか……。それが……そんな事ができるとしたら……」


 ディバウンズの言葉に、ベル女王やプルネリウスも何かに気付いたかのように眉根を寄せた。


「心当たりがある、と?」


 尋ねると、ディバウンズが頷く。


「アイオーンの開発にも携わっており……保全部隊にも加わっておりました」

「未だ行方が分からない、捜索中の冥精がそうだ」


 ベル女王がかぶりを振る。なるほど……。それが事実なら、その冥精が色々と仕組んでいた可能性は高いな。行方不明になってその実は暗躍する、か。

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