169 盗賊団強襲
リンドブルムの鼻のあたりを軽く撫でると、俺に返答するかのように喉を鳴らした。
「準備できました」
「ん。じゃあ行こうか」
旅行と言っても日帰りのつもりなので気軽なものだ。弁当を作ってカードを持って。
竜籠に揺られての小旅行である。竜籠に乗り込むと、飛竜達がゆっくりと地面を離れる。離陸する時が楽しいらしく、マルレーンは窓枠にしがみつくようにして、楽しそうに外の景色を眺めていた。
さて。旅程はそんなに長くはない。カードで遊ぶのも良いが、その前にまずは必要なことをやっておかなければ。
要するに装備の手入れである。俺の場合はウロボロスを水魔法で洗浄してから布で磨いたりといった具合だ。
ウロボロスは目を閉じて身を任せている。心地が良いのかも知れない。
更にみんなから魔道具を預かって簡単な動作チェックをしたりと案外細々とした仕事がある。
一通りするべきことをしたら、道中みんなでババ抜きなどして過ごした。実力より運要素が絡むゲームなので気軽にできるからな。
道中はそんな風にして、ゆったりとした時間が流れていった。カドケウスも護衛や警備の仕事から解放されているからか、猫の姿を取ってグレイスの膝に抱えられていた。
「見えてきました」
地図を見ながらグレイスが微笑む。目的の場所は大きな街道からやや外れた場所にある、山合いにある町だ。だが……。
最初に異常に気付いたのはシーラだった。
「何か――変。門のところに人が集まっている? いや、戦ってる?」
「……リンドブルム。少し飛ばしてくれ」
俺の言葉に竜籠が速度を上げる。
近付くにつれて段々と見えてきた。町へ続く道は森になっていて、それ程視界が良くないのだが――武装した一団が町の入口を包囲しているようなのだ。
連中は……町を攻めているのか? 町を治める代官の兵士や、自警団らしき者達と小競り合いをしているのが見えた。
「賊か。だが、旅行者や隊商じゃなくて町を攻めるっていうのは……」
攻めている人数から察するに、かなり規模が大きい。これは傭兵団崩れの盗賊団というべきか。
……リビングデッドやスケルトンが混ざっている。ネクロマンサーが敵団の中にいるようだ。
「弩弓! こっちに向けてる!」
シーラが叫ぶ。別方向。森の中の開けた場所に、複数基のバリスタが設置されていて、こちらに向かって狙いを付けている。
……徹底してるな。装備を整えられる潤沢な資金があるか、それとも木魔法で作ったか。
ともかく、竜籠であろうと落としてしまって、目撃者は生かして帰さないつもりらしい。そしてそんな物をこちらに向けた時点で、何かの勘違いという線も消えた。
気圧の問題もあるから竜籠は普通、そこまで高くは飛ばない。そして、道に沿って飛ぶように調教されている。バリスタを持ち出せば十分に射程圏内だろう。というより、門への襲撃が視認可能な位置や距離から計算してバリスタを配置したというところか。
「問題ない。リンドブルム。このまま――いや、まず弩弓を潰していく。設置されている場所に向かえ」
俺の指示に応えるように一声上げると竜籠の進行方向が変わる。薄笑みを浮かべていた弩弓の射手はこちらが逃げるか、或いは気付かないものと思っていたのか、真っ直ぐ突っ込んでくることに目を丸くした。
この距離ではどうせ離脱できない。そしてこっちに狙いを付けていることで、連中の目的も薄らと分かってきた。
「放て!」
バリスタから放たれる矢の群れ。それを――。
「無駄だ」
土魔法のソリッドハンマーで迎撃する。岩が突然出現して巨大な矢を弾き散らす。射手があんぐりと口を開けたのが分かった。次の矢は撃たせない。
上空を飛び回りながらロックプレスを用い、バリスタを潰すように岩の塊を落として回る。悲鳴を上げて逃げ回るバリスタの射手は、イルムヒルトが正確に足を射抜いて戦闘力を奪っていく。
盗賊団の目的は町の占拠だろう。そう判断する理由はこの町の位置にある。大きな街道から外れた、小さな町。
町ごと乗っ取って街道を襲うための拠点にすると考えれば都合の良い位置にある。
その際、住人は妻や子供を人質に取って奴隷扱いか、さもなくば殺すか。そっくり町の住人に成り代わり、中長期的視野で組織的に活動するというわけだ。だから――不意にやってくるかもしれない竜籠にさえ備えていたのだろう。
「よし。町へ向かえ」
竜籠が方向を変える。
「どうなさいますか?」
「当然、町を攻めている連中は叩き潰す。上空を取ったところで一気に降下、襲撃する。弓兵もいるみたいだから、リンドブルムは町へ降りろ」
唇を切り、グレイスの指輪に口づけをする。
見る見る町の入口が迫ってくる。竜籠の戸を開け放ち、そのまま飛び降りた。
戦闘の真っただ中に急降下、手近にいた賊を山羊のカペラの頭突きで大きく吹き飛ばす。一々顛末なんて見ない。落ちればただでは済まない高さだ。右手のウロボロスから雷撃を放ち、左手の裾から獅子のネメアを飛び出させて別の男の足に喰らい付かせる。そのまま振り回して武器代わりにしてやる。
「ぎゃああっ!?」
「ま、魔術師だ! 気を付け――ぐおおっ!」
周囲で悲鳴が上がる。射程圏内にいる賊は次々とウロボロスとキマイラコートの餌食になっていく。
「あ、あんた」
「加勢する。こいつらは、盗賊だな?」
目を丸くしている町の兵士に向かって尋ねると、呆然としながらもこくこくと頷く。
「いい気になるなよ!」
後ろから賊が切りかかってくる。一々振り返らない。カペラの後ろ足が背中から跳ね上がり、強烈なバックキックで男の顎骨を蹴り砕いていた。その時には次の相手目掛けて突っ込んでいる。合わせようとした剣をウロボロスで巻き上げ、がら空きになった鳩尾に杖の逆端を突き込む。
「邪魔です」
グレイスの相手は専らスケルトンだ。バラバラにされても組み上がれば戦列に復帰するという手合いなのだが、粉々に粉砕されてしまえば、これはもう同じバラバラでも意味合いが異なってくる。
超重量の斧で真っ向から叩き切り、或いは無造作に振り下ろした拳がスケルトンの頭蓋から骨盤までを削り取るように砕き散らしてしまう。あまりと言えばあまりの光景に、グレイスに対して突っかかっていく者はいないようだ。
「しっかりしてください。呼吸を整えて、姿勢を楽に」
「あ、あんた治癒術士か? た、助かったよ」
アシュレイはマルレーンと共に町の入口を背にするように降り立ったらしい。ディフェンスフィールドの魔道具を発動させて防御陣地を形成すると、負傷している者に治癒魔法をかけていく。
「治癒術士だ!」
負傷して後退していた者が次々戦列に復帰していく。敵の弓持ちが目ざとくそれに気付き、声を上げながら矢を射掛ける。だがそれが届くことはない。
「ラヴィーネ」
治療を続けているアシュレイの前に立ち塞がるようにラヴィーネが陣取り、飛来する矢を空中で氷漬けにして落としてしまった。ラヴィーネの氷の壁とマルレーンのソーサーが敵の矢を遮っていく。
理解不能な光景に呆気にとられる射手達だったが、次の行動を起こすことは許されなかった。音も姿もなく滑り込んできたシーラの手で瞬く間に背中から切り伏せられたからだ。
リビングデッドは――イルムヒルトの良い的だ。動きが鈍いので矢に反応できず、しかも当たれば呪曲の力で死霊術の力を剥ぎ取られてそのまま倒れてしまう。肩に乗ったセラフィナが増強しているというのもあるだろう。
「くそっ! なんなんだあいつら! どこから来やがった!」
戦闘に集中していた賊の1人は、俺達の竜籠に気付かなかったらしい。かなりパニックを起こしているようだ。
「落ち着け! 隊列を立て直して――」
おっと。リーダー格発見かな。
山羊の後足でシールドを蹴って、混戦の中から大跳躍する。
「な――」
反応させる隙も与えなかった。一瞬左に飛んで、俺自身の姿勢はそのままに、今度は脇から飛び出したネメアがシールドを蹴って肉薄。接近と同時にシールドを展開し、触れた瞬間衝撃打法を叩き込む。一瞬遅れて武器を取り落とし、腹を押さえて崩れ落ちるリーダー格の手足をネメアとカペラが捕えて高く掲げる。皮鎧の隙間からウロボロスの先端を突き込み、力を込めて押し上げると苦悶の声を漏らした。
殺さない程度、意識を失わない程度の弱めの雷撃が男の身体を貫く。絶叫。ある程度の高さに上昇し、獲物を誇示するように敵に見せつけてやる。
「な、なんだありゃあ!?」
「ば、化物だ!」
余った手から後衛側に向かって火球をばら撒いてやる。距離が離れているので大した威力ではないが……悲鳴を上げているリーダー格やキマイラコートの見た目の異常性なども含めて、期待していた効果は充分にあったようだ。即ち、恐怖による壊走狙いである。
そこにマルレーンのデュラハンが召喚される。いいタイミングだ。
「ひっ、ひいっ!」
とうとう耐え切れなくなって我先にと逃げ出す者が出た。1人、2人。加速度的に恐怖が伝播していく。
さあて。追撃だ。
森の中に逃げ込んだ連中を、上空から追い掛け散々に突き回す。
パニックを起こしながらもそれでも周囲の仲間を纏めて行動している者がいた。
イルムヒルトが弓に光る矢を番えたが――。
「いい。あいつはそのままだ」
「どうするの?」
「この場は逃がしてやる。あいつにはもうカドケウスをくっ付けた」
「ああ……。なるほどね」
イルムヒルトが苦笑する。
逃げた先を特定して一網打尽にしてやるのだ。ネクロマンサーらしき相手も戦った賊の中にはいなかったみたいだしな。
ま、少しの猶予を与えてやるだけである。その間に町の被害を確認しておきたい。町中にまでは侵入されていないようだが、ミハエラが無事かどうかが気になるし。