番外1008 基地内の人造天使
ディバウンズとの情報共有も終わったところで、他の前線基地の冥精達も交えてまずはこれから俺達がする事の説明と共に、魔道具の使用条件を満たしていく。
「つまり洞穴内では、眠りの封印結界が展開されていて、その領域に踏み込んでしまうと昏睡状態に陥ってしまうわけです。これに関しては術式の効果を解析して作った魔道具を用いる事で対抗できる……と見ています」
対抗魔道具に関してはまだ実際に試したわけではないからな。どうしても最初に踏み込む1人には実証に付き合ってもらうようなところがあるが、それも含めて保全部隊の面々は魔道具の使用に納得してくれた。
前線基地の面々にも組み込まれた契約魔法についても説明をする。
「この封印結界というのは元々防衛用として使われていた物で、何者かが意図的に手を加えたか――或いは故意か偶然か、あの黒い怪物達が保全部隊の来訪に合わせて防衛機能を動かしてしまったもの、と思われます。ですから、対策魔道具には後々の悪用を防止するための機能として契約魔法の条件を満たさないと使う事ができない、という制約を組み込んでいます」
「言いにくい話ではあるが、敵が味方の中に紛れ込んでいる可能性も考慮すると、互いが互いを信じて連係をする為に、契約魔法での確認は進めねばなるまい。但し、関係者の中にそうした者がいるという証拠は見つかっていないから、無用な疑心暗鬼にならぬように注意が必要だ」
紛れ込んでいる敵の可能性についてはベル女王が冥精達に伝えてくれた。言いにくい話だが、だからこそ他人に任せず自分で伝えたいという部分があるのだろう。
いずれにせよ悪用防止の措置は必要だし、対応の幅を広げる意味で後方支援の面々が魔道具を使えるというのは重要だ。
冥精達は味方の中に敵がいるかも知れない、という事に驚いたようだが、すぐに表情を引き締めると、胸に手を当てて頷いたり、一歩前に出たりしてから口々に言う。
「勿論です。そういう事なら喜んで」
「私も、陛下のお力になりたく存じます」
こういった冥精達の反応はベル女王の人望あってこそだな。
「まずは私からですな」
と、ディバウンズが申し出てくる。前線基地の指揮を執る者として率先してというわけだ。では、一人一人と契約魔法を進めていくとしよう。別室で防音の魔法も使って順番に進める事で、契約魔法の内容を分からなくして即席の対策もできなくするというわけだ。
――結論から言うなら、ディバウンズも含め、前線基地の冥精達は全員契約魔法の条件を満たした上で魔道具を起動する事ができた。
保全任務を成功させる為に行動しているし、その意思がある、という事だ。
『ん。傍から見ていた感じでは、不自然な所はなかった』
と、シーラが言う。確かに……保全部隊の面々もそうだが、皆、戸惑いや誤魔化しもなく積極的に応じてくれたし、契約魔法の文言もきっちりと口にして魔道具を起動させていた。
俺達も冥精達が起動させた魔道具と同じ物を起動して、目的を共有している仲間である、という事をしっかりと伝えていく。
「ふふ、そうして自らも率先して起動しているところを見せてくれるのは、流石は噂に名高いテオドール殿ですね。女王陛下が信用しているのも頷けます」
天使の1人がそう言って微笑む。
「まあ……片方だけでは相互の信用にはならないですからね。僕達の用意した魔道具という事で、前提としてその辺の事を既に信用してもらっているわけですし」
冥精達は俺の言葉に納得しているのか、割合好意的な反応を見せてくれている。前線基地の面々とも総じて良い関係を築けそうで何よりだな。
ともあれ、お互い魔道具の使用条件について納得し、起動できるところを見せたところで、話を次の段階に移していく。
「では、アイオーンの性能等も見てから作戦を立てていきましょう」
「そうですな。今は前線基地に2体のアイオーンが戻ってきています。装備品は個々で違うのですが、根幹部分は同じなので任務中のアイオーンらの……参考程度にはしてもらえるかと」
ディバウンズがアイオーンの仕様について説明をすると、ユイが小さな声で呟くように言う。
「同僚のみんな……に近いのかな?」
同僚。ユイが言っているのは流体騎士団の事だな。迷宮外部で流体騎士団の事はあまり触れ回るわけにはいかないからこうした言い回しになるわけだが。
アイオーンについてはまずいくつかの素体があって外部装甲を取り付けたり、装備品を換装する事で様々な任務に従事できるようにするというコンセプトなのだそうな。
その辺は確かに流体騎士団に似ているところがあるかな。侵入者に合わせて最適な装備品を使用する事で防衛能力を高めるわけだから。
流体騎士団は防衛専門の部隊だが、アイオーンの場合は色んな任務を想定しているらしい。保全任務で黒い怪物達と戦うとか、脱獄しようとした囚人が冥精達の干渉に対策を講じた場合の可能性を想定し、戦闘を念頭に置いているというのはあるそうだが。
結構複雑な命令も聞きこなすが、自意識はないというタイプの魔法生物なのだそうな。
そういった諸々の説明を受けながらディバウンズについていくと、アイオーンのメンテナンスを行う為の部屋に到着する。
そこには――ディバウンズの言葉通り、2体のアイオーンが魔法陣の上に佇んでいた。
魔力補給をしつつダメージを修復する、という内容の……アイオーン専用のメンテナンス用魔法陣のようだな。
アイオーンの姿はと言えば……白い金属とも石材ともつかない素材で構成されている。頭上に天使の輪のようなものが浮かび、背中の部分に何やら透き通る薄布のような翼もついていたりと、鎧を纏った天使を基調にした外観のようだ。
「姿も洗練されていますね」
「上層より派遣されるという事は冥府の意思を示すものと言いますか。私も冥精達と共に開発に関わっておりますが、外見は手を抜けなかったところがありますな」
なるほどな。手首から生えている棘のようなパーツについては装備している武器、との事だ。変形、硬化して斬撃を見舞ったりできるブレードなのだと、ディバウンズが説明してくれる。
「仮想循環錬気で、保有している魔力量や性質を見てみたいのですが、問題はありませんか?」
「無論です。作戦を立てるのに必要でしょうし、動かして能力を見せるにも基地内では限界もありますからな。今は調整中で自己防衛等もしないので、自由に調べて貰って大丈夫ですぞ」
確かに……外で思い切りデモンストレーションをするという状況でもないな。黒い怪物が出るから、戦う相手になら事欠かないが修復や補給などの調整途中で動かすのは問題があるだろう。
仮想循環錬気の方が詳らかに見て性能を把握できる、というのもあるしな。
というわけでウロボロスを構えて、2体いる内の片割れに手を翳し、仮想循環錬気を進めていく。
素体部分、装甲等々素材の性質を確かめていき……制御系を覗いたその時だ。
制御系術式の奥深くに、異質な魔力反応を見つけた。それはあの、黒い怪物達の魔力反応に似ていて――それは、俺の解析に気付いたらしかった。こちらを覗き返してくるような感覚――。
「なっ!?」
ディバウンズが驚愕に声を上げる。銀色の閃光が直前まで俺の首があった空間を薙いでいったのだ。
解析していたはずのアイオーンが突然起動して、袖のブレードで斬撃を放った。怪物が――制御系に潜んでいたのは分かっている。
敵がこちらの解析に気付いた事に気づけたから起動からの攻撃よりも一手早く間合いを離れる事ができたが――これは。
もう一体。俺が触れてさえいないアイオーンも緩慢な動きで上体を起こし、袖のブレードを硬質化させて俺に向かって構える。
「馬鹿な! これは何かの間違いです、テオドール公ッ! 止めろお前ら! 何故、何故止まらない!」
焦ったような声でアイオーン達にマジックサークルを向けるディバウンズ。
「分かっています。アイオーンの制御術式内部に敵――黒い怪物のようなものが潜んでいる。乗っ取られているんですよ」
「乗っ取り……?」
愕然としたような表情のディバウンズ。恐らくは――洞穴内部での任務中の出来事、だろう。より効果的なタイミングで致命的な行動ができるように見計らっていたが、発覚してしまった以上は仕方がない、といったところか。
唸り声を上げるウロボロスを構える俺に、2体のアイオーンは全身から余剰魔力の火花を散らしつつ、武器を構えるのであった。