番外1006 前線基地の武人
暗闇の平原を、駆ける、駆ける。レビテーションと共にシールドを蹴って、前線基地に向かって突き進む。
オズグリーヴの煙の渦で正面の敵を粉砕し、そこかしこから襲ってくる黒い怪物達を、足を止めずに切り結び、薙ぎ払う。
大型の個体が下方から迫ってくるが、緑の炎を纏った大剣でデュラハンが迎え撃つ。火花が散って互いに後ろに弾かれるが――デュラハンはその勢いに乗るようにして隊列に戻ってくる。入れ替わるように剣に闘気を溜めたサンダリオが隊列の外側に出ていき、デュラハンの迎撃のフォローをするように、斬撃波を飛ばして群がってくる黒い怪物達を切り裂く。空を泳ぐような飛行の動きは――サンダリオがネレイドやその祖霊達と繋がっている神格者だからか。
「打ち合わせの通りに。例の術を使いますぞ」
と、落ち着いたカイエンの声。速度についていけずにはぐれた冥精達に黒い怪物達が群がる。が――それはカイエンが符術で作り出した偽者だ。そこにユウの放った仙気の光弾が飛んで。指で印を結べば、群がった敵を巻き込むような爆裂が起こった。
隊列を組んでの速度としてはかなりのものだが、各々の全速力ではない。一瞬切り結んでも飛ばせば追いつける。控えている仲間の支援を信じて、接触の瞬間に打ち負けないだけの力を出し、幻術で誘導し、火力を以って敵を分断する。
強力な個体がいてもこちらを切り崩せないのは前衛のスイッチの他にも、昇念石の結界のお陰というのもある。
だから――大群と強力な個体を以って押し潰そうとする黒い霧の怪物達とて、こちらを止める事ができない。光芒と火花が煌めいて、闇を切り開くように突き進んでいく。
「正面……! 大型のが出てきそうであります!」
ユイの胸元に入って守られているリヴェイラが、大声で注意喚起をする。
俺達と前線基地との間――少し先の正面に黒い渦が巻いて、見上げるような黒い霧の巨人が形成されていく。
オズグリーヴが維持している煙のドリルを受け止めようかとするように、両手を広げて迎え撃とうとする。
「あれは、私が。オズグリーヴ様、合わせて頂けますか?」
「承知! 皆、止まる必要はありませんぞ!」
ヘルヴォルテの言葉に合わせて、オズグリーヴが応える。ヘルヴォルテが装備している魔道具を起動させると、クラウディアの属性を与えられた魔石が転移結界の術式を展開する。クラウディアに転移結界を構築してもらうのとは違って少しばかり制限はあるが、何度かの転移には事足りる。
巨人がドリルを受け止めようとしたその瞬間。その背後にヘルヴォルテが短距離転移で出現する。同時に魔力を込めた大鎌を振り抜けば巨人の身体を切り裂いて――そこにドリルが正面から突っ込んだ。
連中は生命体とは違うが、形成されたものはそれ相応の性質を宿すらしく、断ち切られればかき乱されて力が減衰するというのは間違いない。ヘルヴォルテの奇襲を受けた巨人は正面からのドリルを受け止め切れずに引き裂かれて、そのまま部隊ごと突き抜ける。
ヘルヴォルテは、一撃叩き込んだ後には転移で隊列に戻っている。
「門を守れ!」
遠くに見えていた前線基地も確実に近付いていて、前線基地から出撃した冥精達が昇念石による結界を展開しながら俺達に向かって合図をしているのが見える。
「陛下! こちらへ!」
「ディバウンズ!」
鎧を纏った人物にベル女王が答える。プルネリウスと同じ神格者。救出部隊の指揮をしている人物――。
こちらが駆け込めるように門を守りつつ、邪魔になりそうな敵に魔力の弾幕を張って、支援をしてくれるようだ。ディバウンズや前線基地の人員も健在という事が分かった。
「あの門を目指せ! そのまま基地内部へ!」
ベル女王の指示に従い、部隊全体がラストスパートとばかりに魔力を漲らせる。
突っ込んでくる敵と切り結びながら突っ切って――そうしてオズグリーヴが前面に展開したドリルを解き、前線基地の冥精達が張った昇念石の結界に飛び込んでいく。そのまま導かれるようにして俺達は基地内部へと駆け込む。
誘導に当たっていた冥精達も魔力弾で弾幕を張りながら戻ってきて――そうして最後の一人が基地内部に戻ってきたところで、門が閉ざされる。怪物達は基地に突撃しようと追いすがる者達もいたが、昇念石の結界は敵味方を識別して遮断するタイプのもののようだ。火花を散らして弾かれて――最後には襲撃を諦めたのか、四方に散っていくのが見えた。
「状況の確認! 人員の点呼と被害状況の報告!」
すぐさまプルネリウスの指示が飛んで、皆が点呼と被害の確認を始めた。
俺達も確認作業を進めるが……現世組は大丈夫なようだ。全員揃っているし、被害も受けていない。ユイの襟元から顔を出しているリヴェイラも点呼を受けて、真剣な表情で手を上げて返事をしていた。リネット達やカイエン達も……大丈夫そうだな。
「全員揃っております。一部の者が少々攻撃を受けましたが、掠り傷かと」
そうして保全部隊の冥精達が確認して報告したところで、ようやく安堵の空気が広がる。戦いながらの高速移動で結構魔力消費をしたと思うので、マジックポーションを出して配っておく。
「おお、陛下……。このような危険な場所まで……」
「妾の望んだ事。今回の事態を解決するには必要と判断したのだ。それよりも……先程の誘導と支援は助かったぞ」
「勿体ないお言葉です」
ベル女王が笑顔を見せて、ディバウンズが畏まる。
ディバウンズは――武人らしい雰囲気を持った、体格の良い男だった。見た目の歳の頃はプルネリウスより上だな。知り合いから似た人物を探すなら……ゲオルグあたりが近いだろうか。
「しかしまあ、先程のは相当な大群でしたな。少し前から出現頻度が減っていたのですが、これではまるで陛下の到着を見計らっていたかのような……」
「実際、そうなのかも知れぬぞ。ここに来るまでにも、妾達の動きが捕捉されているような傾向が見られた」
「予見して襲撃の為に戦力を温存していた、というのは有るかも知れませんな。そうなると、あの怪物達を使役し、そういう采配を執る事のできる存在がいる、という事にもなりますが」
ディバウンズが眉根を寄せると、ベル女王とプルネリウスが答えた。少し前から、というのが、プルネリウスやベル女王の目覚め、上層での襲撃等に連動していたとなれば確定かも知れないな。
「外の状況は?」
「先程の大群はとりあえず霧散して退いていったようです。小型の個体がうろついていますが……」
尋ねられた冥精が外の様子を確認して答える。前線基地を攻め落としにはかからず、あっさり霧散していった、という事は……再結集も可能なんだろうな。
リネット達が資材を運んで前線基地を構築したという事だが……魔法建築で構築されたようで、無骨ながらも中々に頑丈そうな砦、という印象だ。どちらかと言うと、昇念石による防御結界こそが前線基地の守りの要ではあるが。
「それも今までには無かった動きだな……。保全部隊の動きを警戒しているのか?」
ディバウンズが顎に手をやって、思案するような様子を見せたが、一先ずの安全は確保できているからか、顔を上げて俺達に視線を向けてきた。
「伝令により報告は聞き及んでおりますぞ。ディバウンズと申します」
と、自己紹介をしてくる。というわけで、俺達もディバウンズ達――前線基地の面々に自己紹介をしていく。
もう少し詳細にお互いの状況を説明したら、眠りの封印結界に対抗する魔道具を分配、それから洞穴に進む算段を練る必要があるな。特に……魔道具の分配については敵が紛れていないか確認する事にも繋がるからな。きっちり進めておきたい。