番外1005 暗闇の平原より
隊列の中心にベル女王とリヴェイラ、プルネリウス。リヴェイラの護衛としてユイとバロール。その周りを現世組が固める。先陣と殿を受け持ってくれるのはやはり冥精達だ。昇念石を使って黒い怪物達の力を弱める事ができるからだ。
「お手数かけるであります」
「ううん。ここなら安心だからね」
と、襟元にリヴェイラを納めて、ユイがにっこり笑う。肩に乗せたりするよりも安全性が高いが、中々に微笑ましい光景だ。そんな二人の様子に、グレイス達やベル女王、プルネリウスも相好を崩していた。
「ふむ。俺はどちらかと言うと、まだ広範囲攻撃や単独での立ち回りの方が得意だからな。効果的な場面を見て取って遊撃させて貰う方が良いか」
「単独で戦いたがるのはあたしらの悪い癖だとは思うがな。それだけに隊列のどこを突けば良いのかってのが分かるからな。適材適所か」
ゼヴィオンとリネットが言った。隊列のどこを突けば良いのか、というのは攻めにも守りにも言える話だな。多勢で向かってきた敵の出鼻を挫き、戦線が崩れそうな味方を支えられる、というわけだ。
その言葉を受けてルセリアージュも苦笑する。
「テスディロス達は集団での戦闘もある程度慣れていそうだけどね」
「フォレスタニアでの訓練もあるからな」
と、テスディロスが頷く。レイス達は基本的には冥精の手伝いで仕事をするが、殊更集団戦の訓練を積んでいたわけではないようだ。まあ、今の事態の方がイレギュラーだからな。ルセリアージュに関して言うなら精密な攻撃も得意としているからどういった役割でもこなせそうな気がするが。
「分かった。それじゃあ、遊撃による支援をお願いしても良いかな?」
「望むところだ」
にやりと口の端を歪ませて笑うリネット。
というわけで元魔人組は――遊撃として自由に動いて隊列が崩れないよう支援を行うという事に決まった。
隊列そのものは地下通路を進んできた時と大きく変わっていない。魔力の回復を待ちながら進軍の速度や合わせ方も纏まり――諸々の準備ができた所で、観測所から外の大空洞へと抜ける正門へと向かう事となる。
「では、正門から出たら打ち合わせ通りに。進んでいく方向は大きな魔力の中心部で間違いありませんね?」
「うむ。ここまで力が漏れている状況なら方角を間違える事もなかろう」
俺とベル女王の言葉に全員が頷く。そして先頭と殿の冥精達が昇念石を掲げて簡易の結界を展開。部隊全体を光が包んだ所でオズグリーヴが発光する煙玉をいくつか周囲に浮かべる。
ペースメーカーの役割は精密制御を得意とするオズグリーヴが担当してくれる。隠れ里の面々は個々の能力では魔人としては強いものではないので、集団で動くための訓練を積んでいたらしいからな。この辺の光で誘導というのも、オズグリーヴの提案だったりする。
そうして諸々の準備ができたところで、ベル女王が「では――」と一呼吸置いてから、凛とした声を響かせた。
「目的地は前線基地! 1人として欠ける事なく、禁忌の平原を突破する! 行くぞ、勇士達よッ!」
「おおおおぉおッ!!」
ベル女王の言葉にみんなの気合の入った声が重なる。正門が開かれ――光球の先導に合わせるように、隊列を保ったままで俺達は真っ暗な平野へと飛び出した。
昇念石で守られた施設から外に出た瞬間に、強大な存在の放つ魔力が風となって吹き付けてくるような感覚に陥る。
物理的な風ではない。強い魔力による圧力を、風のように感じる、というだけだ。
その、風の吹きつけてくる方向――中心部を目指して俺達は進む。
隊列を保ったままとは思えない速度。会って間もないというのにきっちり合わせるあたり、冥精達もまた精鋭で個々の能力が高い。オズグリーヴの調整が絶妙、というのもあるのだろうが。
禁忌の平原は――下層なので地下空間にある事は変わりない。平原と見紛うばかりの大きな空洞で……平時ならば幻惑の術式が施されて洞穴の位置も分からなくなっているらしいが――前回の保全任務の折に、その結界も解かれている。
最も……これだけの強大な存在の魔力を感じる今の状況では、幻惑の術式があっても関係なかっただろうが。
ざわざわと。周囲に広がる闇が蠢くようにうねる。
「来るぞ! ディバウンズ殿の所に合流するのを優先に考え、無理して戦おうとはするな!」
先頭の悪魔が声を上げる。津波のような黒い闇の群れが弧を描いて――突き進む隊列に追い縋るように動く。
闇に目を凝らせば、それはあの黒い怪物達で構成されているとはっきりと分かる。こちらを見つめるのは、無表情な顔、顔、顔――。
鳥の群れ。或いは魚群のような。全体が一つの生き物のような動きで段々と彼我の距離を詰めてくる。無表情な顔が憤怒の色に染まり、獣じみた咆哮が平原に轟いた――その瞬間だ。
「そこだ」
闇を白々と切り裂いて照らすような、巨大な炎の斬撃が怪物達を薙ぎ払い――もう一つの炎と空中で交差して大爆発を引き起こした。
炎熱。ゼヴィオンの一閃とベリウスの口から放たれた火線の吐息の合わせ技だ。
分断された怪物達の先頭集団が迫ってくるも、速度を落とす事なく冥精達が魔力弾を叩き込んで対応する。
四方に散る。直撃を逃れた怪物達と爆風を突きぬけて追い縋ってくる怪物達が旋回して、合流しようとする。そこに絶妙な角度から青白い閃光が降り注いだ。
リネットの放った弾丸だ。魔力による射撃は前よりも研鑽されているようで、複数発放った魔力が途中で折れ曲がる様に変化して同時に炸裂する。着弾して爆発するスプレッド弾とでも言えば良いのか。
「はっ!」
先制の一撃から立て直そうとしたところを再度崩される怪物達。その様にリネットが鼻で笑う。
いくつも広がった爆風に押し流されたり、回避しようとしたところに黄金の霧が広がって。
「――剣よ、穿て」
そう言ってルセリアージュが翳した手を握りこめば、内側に向かって黄金の剣が幾本も飛び出した。霧に巻かれていた黒い怪物達を刺し貫いて、そのまま一本一本が別々の軌道、角度で高速回転をしながらルセリアージュの身体の周りに戻ってくる。
『テオドールも……よくもまあ、この連中に勝ったもんじゃな』
と、元魔人達の動きを見たお祖父さん達がかぶりを振る。
「いつぞやより全員技量が上がっていますよ」
リネット達の制圧力、抑止力は相当なものだ。
それでも、多勢に無勢である事には変わりない。
人数を頼みにする力押しは止めたのか、怪物達の動きが変わった。四方八方に分散して立体的、多面的にこちらに追走してくる。
「前からもだ!」
同時に進行方向から何かがやってくる。不揃いな槍のような、無数の足で高速で走ってくる蜘蛛のできそこない。高速で空を飛ぶ、エイのような形状の憤怒の顔――。異形の怪物共。
ある者はげらげらと哄笑を上げ。ある者は悲鳴に似た金切り声を響かせて。
「立ち止まる必要はありませんぞ!」
声を上げたオズグリーヴが真正面に向かって手刀を突き出せば、隊列の先頭で、白煙が渦を巻く。円錐状の渦――火花を散らす巨大なドリルと化して、真正面から来た怪物達が回避行動を取った。
横合いに回りこんで突っ込んでくる異形達と天使達が得物を交差させる。並走しながら一瞬たりとも動きを止めずに切り結んで、火花を散らし――そこに遊撃の元魔人達が切りこんで。暗闇の中を魔力の中心部に向かってひたすらにどこまでも真っ直ぐ突き進んでいく。
背後から迫る憤怒の顔の群れ。敵が殿に接触する前に――術式を構築して魔力を眼下の地面に向かって叩き込む。
「――今ッ!」
展開するマジックサークルと共に、地面から突き出された巨大な拳のアッパーカットが殿に迫る群れを迎え撃った。
クリエイトヒュージゴーレム――の応用変化形だ。拳として飛び出した一撃、遠ざかると同時に効力が切れてただの土の柱に戻って、黒い怪物を巻き込むように崩落していく。
「見えてきたぞ!」
プルネリウスの声が響く。正面――地平線の彼方に仄かな明かり。前線基地のものだ。
「皆、足を止めるな! あの場所まで一丸となり駆け抜けよッ!」
ベル女王の飛ばす檄に、冥精達が裂帛の気合を持って答える。追いすがる異形達とそこかしこで剣戟の火花を散らしながら、前線基地に向かって俺達は突き進む。