番外1004 禁忌の地へ
警戒しつつも地下通路を進んでいく。勾配は途中からずっと水平で……どこまでも続いているような真っ直ぐな道だ。
天井も前の通路より高く、飛行して移動しても立体的な警備をしやすいので、ここでこそオズグリーヴの空飛ぶ絨毯を活用させてもらった。前線基地までは結構距離があるという話だからな。
冥精達は冥府から魔力供給を受けているので、飛んでも消耗が少ない。なので現世組とレイス、ベル女王、プルネリウスが絨毯に乗る。上下左右を冥精達が囲んで飛行しながらの移動だ。これならば死角もないので不意打ちを受ける事もない。更に絨毯の下の様子を――張り付いたカドケウスが見張る。
「この絨毯は……本気になればもっと速度が出せそうですね」
と、横を飛んでいる保全部隊の冥精達が言う。なるべく急ぎつつ、現地に到着した時に消耗していないぐらいの速度で移動しようという事になっていたが、精鋭揃いだからか、中々に軽快な速度で地下通路を飛ばしている。
「大分力を入れて作られたものですからな。救助対象者を見つけた場合にも活用できるかと」
オズグリーヴが笑って答える。空飛ぶ絨毯に関しては乗り心地も良いしな。怪我人を運ぶのにも使えそうだ。
そんなわけで、徒歩よりは大分早く目的地にたどり着けるだろうと思われた。
大きな魔力の気配はずっと感じているから些か落ち着かないが、魔力の流れに波というか……大きな動きが無いのを見るに、冥府の先王はやはりまだ封印によって眠っているのだろう。
それに――ベル女王の魔力が俺達の周りに広がり、守るように作用しているのも感じられる。ベル女王の加護だ。
冥府の先王が封印された禁忌の領域に踏み込んだから、冥府全体を守ろうとするベル女王の加護が干渉しているのだろう。これならば……そうだな。眠りの封印結界にさえ気を付ければ、洞穴の中に踏み込んでも大丈夫そうだが。
『ここに来るまでに目に見える敵の動きが小さいのはやはり気になるところね。意図する所がありそうにも思うけれど』
ローズマリーが言う。そうだな。最低限の活動だけ見せて、味方の不信を煽ったり威力偵察をしたりして、その実戦力を温存しているのだとすれば……寧ろ動きの少ない方が油断ならないとも言える。
今回の一件が解決して冥府が落ち着いた場合、時間をかけてでも紛れ込んでいる敵を探す事ができる。事態の対処に当たっているリソースを割り振る事ができるようになるからな。
敵の目的はまだ明確ではないが、例えば先王の復活そのものが目的であるとか……冥府の現体制の破壊、要人を人質にとって要求を通す等、現時点では絞るには些か情報が足りない気がする。とはいえそれを……成し遂げるには混乱している今の状況は好都合のはずだ。
「いずれにしてもこのまま座視しているって事だけはないだろうね」
俺がそう答えると、皆が表情を引き締めて応じる。
こちらを捕捉してきた手段についても不明。上層と地下通路での襲撃が同じ犯人の意図の元に行われた、と仮定する場合、こちらの動きを割合正確に掴んでいた、という事になる。
可能性は幾つか考えられる。保全部隊やディバウンズ率いる前線基地の中に敵が紛れ込んでいる可能性も勿論あるが、そうした裏切りを臭わせて仲間割れを狙っている、というのも十分に有り得る話だ。
だからこそ……考え過ぎないとか、出来るだけ先入観無しに状況を見極めたいというベル女王達との話に繋がるのだが。
やがて地下通路も終わりを迎える。遠くに大きく分厚い扉と……それを守る冥精達が見えた。
俺達の姿を認めると二人の見張りの冥精は居住まいを正して一礼し、こちらに向かって飛行してくる。
互いに移動して距離を詰めていく。やがて天使達は目の前までくると着地し、明るい笑顔になって再び一礼してきた。
「これは女王陛下……! プルネリウス様も……!」
「お目覚めになられたのですね!」
「うむ。そなた達には苦労をかけたな。妾が眠っている間も冥府の平和が保たれたのは、そなた達が力を尽くしてくれたおかげだ。危険な場所に留まり、保全部隊の者達の救出に動いてくれている事も聞いている」
「勿体ないお言葉です……!」
「前線基地の皆もそれを聞けば喜びましょう」
ベル女王の言葉に、天使達は感激したような反応を見せる。が、魔力波長は少し疲労が見えるな。
天使達は俺達にも報告は聞いておりますと、お辞儀をしてきた。連絡が通っているなら話は早い。挨拶をしてから、少し気になった事を聞いてみる。
「やはり……前線基地は激戦なのでしょうか? 少しばかり、お疲れのようですが」
「そうです、ね。敵の攻撃が断続的で、小規模で散発的な時と大勢で攻めてくる時があるので、気が抜けない、というのはあります」
それは何というか……疲労させるのが目的なら理に適った戦い方だな。敵が黒い怪物の出現、行動等をコントロールできるというのであれば納得できる。そうでない場合、黒い怪物達が戦略的に行動できるという事になって、違う意味で警戒度が上がるのだが。
そんな状況でもディバウンズ達が前線基地で留まる理由は、要救助者をアイオーンが連れてきた時のバックアップを行う為だ。黒い怪物の出現が最も多い地帯であるため、多人数で救助の為の護衛をして安全な場所まで連れて行かなければならない。
実際、眠りの封印結界を受けて昏睡した殆どの者達を上層まで送り届けている。
それと……プルネリウスやベル女王が目覚めるのを待っている、というのもあるだろう。目覚めた後に事態解決に動くと信じて、橋頭堡を作って待っているわけだな。
天使達に先導されて扉を潜る。そこは聞いていた通りまだ建物の中だ。洞穴内部の封印の状態を観測する為の施設であるらしいが、黒い怪物の侵攻も予想しているのか、砦のような作りをしている。
廊下を進んで部屋に入ると、床に魔法陣が描かれており、中央の祭壇に据えられた水晶球が淡い光を放っていた。
「水晶球の反応や過去の事例から言えば、まだ施設は大丈夫だろう。しかし、暗躍している者がいる事を考えると、安心してもいられぬな」
水晶球に手を翳して状態を確認したベル女王が眉根を寄せる。
そうだな……。この観測球から読み取れる情報だけで判断をするのは危険だ。
「観測所は昇念石による防御が行われているから大丈夫そうですが……ここから出た先はかなり広々とした場所、という話でしたね?」
確認を取るとプルネリウスが頷く。
「ああ。前線基地に向かうまでの道中も、結構な危険が予測されるな」
「そうですね。敵の視点で戦力を集中させるなら僕達が合流しようとするこの場面か……或いは洞穴内部の隘路、奥の施設を防御側として利用する、保全任務中に妨害してくる、というのが候補として挙がると思われます」
観測所から出た時点で、攻撃に晒される可能性が高い。出る時はしっかり準備を整えて、覚悟を決めて臨むべきだろうと、その辺の事を伝えつつ、魔法の鞄からマジックポーションを取り出す。
「というわけで……ここに来るまでの飛行で消耗した魔力の回復をしておいた方が良いかも知れません」
精霊達は通常の飲食は必要ないが、マジックポーションならば触れて吸収する事で魔力回復したりもできる。精霊達は寓意や意味合い、約束事が重要な面々なので魔力回復用として作られたものなら、そこから吸収による回復が可能というわけだ。
冥精達は頷くと、ポーションの瓶の蓋を開けて、そこからきらきらと輝く魔力を受け取り、吸収していく。
「マジックポーションの魔力が馴染むまでは少し時間がありますから、その間に隊列の組み方と移動の際の速度について話し合いをしましょう」
高速で突っ切るにしても、光の球を飛ばして先導させるなどすればペースメーカーになる。陣形を乱さずに進む事ができるはずだ。まずは――前線基地のディバウンズ達との合流を目指して動いていくとしよう。