番外1003 道の先に潜む者
これが洞穴のある区画へ続く地下通路か……。拠点からも見える位置にあるのは監視しやすくするためだな。岩の位置と拠点の監視塔から見た時の視線の高さが計算されていて――岩陰等の死角が生まれないようになっているようだ。
自然石に見せかけられた岩とは反対に、地下通路内部はきっちりと整備されている。緩やかに下降していく傾斜がついていて、どこまでも真っ直ぐ奥へと通路が伸びていた。
洞穴の奥にあるのは、過去下層の拠点として使われていた場所だと言うから……騒動後に封印を維持するための施設となり、今の下層拠点は、機能を移した後に整備された場所、という事になるのだろう。黒い怪物達の侵攻も考えて拠点が作られているのはその為だ。
「これは――女王陛下……! お目覚めになられましたか!」
「うむ。大儀である」
挨拶をしてくる天使達にベル女王が応じる。通路内にも連絡兼監視要員を置いているようだ。
拠点まで来る時に使った通路よりも広々としている。隊列を組んで進んでも、ある程度お互いの間隔を広く取れるかな。武器を振り回せるスペースも確保できるから……内部での戦闘も問題ないだろう。
というわけで再び隊列を組んで地下通路を進んでいく。
「プルネリウスさんはディフェンスフィールドも使えますし、冥精の方々からの信頼も厚いので、広域型魔道具の一つを預かって頂けませんか?」
「私で良いのであれば」
俺の言葉に、プルネリウスが応じる。
「勿論です。元々プルネリウスさんは保全任務を担当しているわけですから。契約魔法が必要なので通路の先にある前線基地に到着したら、改めて魔道具の引き渡しをしましょう」
「そうだな。突入の際の編成も全員揃った所で考えるのが良さそうだ」
プルネリウスが頷く。他の候補としてはこの先の前線基地で指揮を執っているディバウンズも、かな。
地下通路を抜けた先に監視を行う為の施設があり、そこから更に開けた場所を進むと禁忌の地に繋がる洞穴がある、との事らしい。今現在、ディバウンズ達は洞穴前に前線基地を構築し、アイオーンを潜入させ、最後に残った行方不明者の捜索中だという。
必ず守らなければならないベル女王は部隊の中心にいてもらわなければならないから確定として……広域型の対策魔道具を引き渡して編成を行うならば、ディバウンズ達と合流し、突入前に全員の適性等を見てからが良いだろう、というわけだ。
それに――まだ上層で作られたゴーレム……アイオーンも見ていないしな。運用の仕方やアイオーンの特性次第で誰に広域型を渡すのが良いかというのも変わってくるだろう。
「ゼヴィオンとルセリアージュの魔道具も、その時に渡すよ」
「魔道具には契約魔法の使用条件があるのだったか」
「その後肩を並べて戦う事を考えると、全員揃った前で契約魔法の宣誓しておくのは良さそうな気はするわね」
そういう事になるな。二人に関しては能力使用を考えるなら単独行動が可能な方が良いというのもある。
ゼヴィオンの炎は勿論だが、ルセリアージュも広範囲を巨大剣で薙ぎ払う切り札を持っているからな。まあ、ルセリアージュの場合は精密な攻撃が可能なので状況によってはその限りではないが。
「そう言えば……魔人化が解けた後、覚醒能力に変化はあったのかな?」
何気に覚醒した面々の魔人化解除は初めての事例なので通路を進みながらゼヴィオン達に尋ねてみる。
「それなりにな。まず魔力特性が瘴気ではなくなったから相手の魔法を減衰させて貫くような事はできないし、身体の変形もないから身体の頑健さに任せた戦いというのも難しくなった。その代わりというわけではないが、熱が及ぶ対象を選べるようになったから、全開の一撃を使わなければ集団での戦闘もしやすくなっているな」
なるほど……。それはまた、結構な変化だ。炎熱の性質がやや変化したというのは……呪いが解けたので覚醒能力の特性が穏和なものになった、という事だろうか。
「確かに瘴気の特性や変身時の身体能力の底上げに由来する強さは無くなったけれど……その分戦い方も考えて工夫する必要が出てきたから、前より単純に弱くなった、というわけではないわ。その点、あなたの戦い方は、とても参考になった」
「ああ。それはあるな。あの動きや術の使い方は色々考えさせられたよ」
ルセリアージュの言葉にリネットが同意する。
「そうだな。テオドールとの戦いは確かに衝撃だった。あの戦いから……色々と学ばせてもらっている」
と、ゼヴィオン。テスディロス達も興味深そうにそんなやり取りに耳を傾けたりしていた。ユイも……にこにこしながら頷いたりしているが。
確かに……リネットもゼヴィオンもルセリアージュも、前より立ち居振舞いに隙が無くなっているように感じるな。技術面に色々目を向けて研鑽を積んでいる、という事か。
「ま、冥府は平和だから今更鍛える意味もないかと思ったりもしたがね。あの戦いを思い返して研鑽を積むのが存外楽しかったというのもあるか」
「こういう場面で役に立つとは思わなかったわ。流石に身体能力の変化を把握せずには戦えないもの」
リネット達はそんな風に言ってしみじみと頷いていた。
「もしかして、全員空中戦装備に近い事ができる、とか?」
「シールドを足場にしてレビテーションやらで加速する方法ならば覚えた。飛行術は一応継続して使えるが、これを混ぜれば動きに幅を持たせる事ができるから、面白そうで、つい、な」
そう言ってにやりと笑うゼヴィオンである。
「ふふ。テオドール公が随分影響を与えたようだな。生前に縁があった者達と話ができるというのは……楽しそうな事だ」
プルネリウスは目を細めて笑う。
「プルネリウス様はかなり古参の神格者とお聞きしましたが……どこの国のご出身なのですか?」
「エルベルーレや月の民の抗争よりも前の時代にあった国だな」
ヘルヴォルテが尋ねると、プルネリウスが答える。そうなると……クラウディアより前の時代という事になるか。
「プルネリウスが冥府に来たのは――丁度父君に絡んだ騒動があった頃でな。あの時代から、よく妾達の事を支えてくれている」
「現世に私の事を覚えている者はいないが……今も神格を維持して冥府にいられるのは……冥精達からの信頼を受けているからだ。私としてもその信頼には応えたいと考えている」
冥府において冥精達から信頼される神格者か。出自は精霊と違うが、ベル女王同様、冥府神に近い立場かな。元人間として冥府の法に携わっている理由にも納得がいく。
警戒の注意が薄れない程度に話をして相互理解を深めつつ、地下通路を行く。下り勾配も終わり、水平に進む道になったようだ。
同時に――魔力の気配が変わってきた事にも気付く。強大な魔物か何かが……ずっと向こうにいるような。
「とても強い魔力を感じるであります……!」
リヴェイラが真剣な表情で言う。保全部隊も前の任務の時はこんな魔力は感じなかったのだろう。かなり驚いている様子であった。
だとするならこれは……環境魔力ではなく、この先に潜む者の存在に由来するもの、という事になるか。
冥精の魔力とも少し質が違うのは――根源の渦との接触事故によって生存本能や攻撃衝動のようなものが融合しているからだろう。
だからこその、強大な魔物のような気配に感じられるのだろうが……。
ああ。そうか。コルティエーラと一つになっていたラストガーディアンに似ているのだ。
「……この辺りまで気配が届くとはな。分かっていた事だが、状況は大分悪化しているようだ」
「しかしまだ、封印は健在かと」
「うむ」
ベル女王とプルネリウスがそう言って頷き合う。
これまでは眠りの封印結界があったし、ベル女王もプルネリウスもリヴェイラも動けなかったから解決のしようもなかったが……間に合ったならば事態にも対応できそうだ。