番外1002 禁忌の地への道
「――というわけで、今はテスディロスとウィンベルグ、オルディア。それにオズグリーヴの隠れ里の住人がフォレスタニアで暮らしている。ウィンベルグの後に、隠れ里の住人達は魔人化の解除には至ったよ」
「俺やオズグリーヴ殿はヴァルロス殿との約束――魔人達との共存の為に、まだ魔人であり続ける事を選択している」
「魔人化の解除に至らずとも、テオドール公の術で近い状態にはなれますからな」
俺の言葉を受けてテスディロスとウィンベルグが言うと、オズグリーヴも目を閉じて頷く。封印術による特性封印と魔人化の解除は感性に大きな変容があるようだが、どちらの状態も知っているウィンベルグによれば、物の見え方、感じ方にそこまで差異はないらしい。
ただ……身体能力や魔力面でも解放されている分、魔人化の解除の方が身体も軽く感じて一時的な気分は非常に良かった、との事だ。テスディロスやオルディア、オズグリーヴとしては「いずれ解除する時が楽しみ」等と言って笑っていたが。
「それは、何よりだな」
「昂揚する……というのも分かる気がするわね」
ゼヴィオンとルセリアージュは今の魔人達の状態や、封印術や魔人化の解除についての話を聞くと、穏やかに笑って応じていた。
ギルムナバルは感情があまり表には出ないようだが、しっかりと頷いているのでそうした実感はあるようだ。3人とも……魔人化から解放されているからな。気持ちとして理解できる部分はあるのだろう。
「私達は冥府の住人。現世に何かできるというわけではないけれど、良いのではないかしら。応援しているわ」
と、ルセリアージュが言う。
「そう言えば、貴公は我らの事を祀っているようだな。冥福を祈っているのか、時折祈りが届く事がある。全く何もできない、というわけではあるまい」
「そうね。私からも私の力が届けばいいと祈りを返した事はあるわ」
確かに……そういう力が送られてきたような感覚は過去にあったな。上層のように意思疎通は無理でも互いに祈りは届く、か。俺とは縁がある面々だし。
リネットもそうだが、ゼヴィオン達もレイスとしての務めが終われば神格を得る、かも知れない。俺との戦いや今際の際のやり取り。それにベリスティオの事もあって……悪名から来る荒神、祟り神的なものであっても信仰は信仰だからだ。
「ともあれ、テスディロスとウィンベルグをよろしく頼む。二人は……俺とは違って、ヴァルロスの理想に強く惹かれて仲間に加わっただけに、真面目な印象があってな」
「ああ。それは……分かる気がする。二人の事については――ヴァルロスと約束しているし、それに以前からの反応や変化とか……そういうところは楽しみにしているかな」
俺がそう答えるとゼヴィオンは納得した様子で、どこか楽しそうに笑みを見せる。
一方のゼヴィオンは、強者と戦えそうだからが理由で。ルセリアージュは「私の場合は面白そうだったからかしらね」との事だ。
「リネットは?」
と、ルセリアージュが尋ねると、リネットは少し遠くを見て答える。
「あたしは――自分の力を高める為だったがな」
「なるほどね。ヴァルロスが気に入っていたのも、分かる気がするわ」
目を細めるルセリアージュと、明後日の方向を見やるリネットである。リネットの態度は素っ気ないが棘のあるものではなく、そんなリネットにルセリアージュも楽しそうにしているように見える。
何となく旧交を温めるというような和やかな雰囲気もあるが。
「ふむ。こういう雰囲気も新鮮で嫌いではないが、これから敵地だ。あまり気を抜きすぎるのも良くないか」
「まあ、そうね。女王陛下の打ち合わせもそこまで長くはかからないでしょうし」
ゼヴィオンの言葉に、ルセリアージュも同意する。
「留守の間は……お任せを」
「ええ。拠点の防衛はよろしく」
ギルムナバルの言葉にルセリアージュが笑って応じる。ギルムナバルはルセリアージュに心酔しているように見えるが……舞剣の能力とその技量にギルムナバルが感動して、以来主人と仰いでいるのだとか。
「魔人達にとって、戦いというのは分かりやすく心を震わせるものだからな。強者に心を揺さぶられて心酔する、というのは……分かる気がする」
というのはテスディロスの弁だ。テスディロス達にとってはヴァルロスがそうだったか。強さだけでなく考え方もあってのものだと思うが。
そうやって魔人達との顛末を伝えたり、元魔人達同士のやり取りを聞いたりしていたが、やがてベル女王も打ち合わせが終わったらしく戻ってくる。
「他に気になる事があれば……話は道中でかな。よろしく頼む」
と、握手を求めて片手を出すと、ゼヴィオン達は少し驚きの色を浮かべた後、笑って応じてくれた。
「握手か。人間を演じてではなく表裏なく他者の手を取るというのは、考えてみればこれが初めてかも知れないな」
「確かに魔人同士でも、そんな機会はないものね」
なるほどな。ゼヴィオンとルセリアージュ、ギルムナバルは楽しそうに握手を交わす。
「どうやら、再会は良いものになったようだな」
と、そんな俺達のやり取りを見て、ベル女王が表情を綻ばせる。
「そうですね。戦いや移動の前に腰を落ち着けて話が出来て良かったなと」
これからの共闘に関しても、問題なさそうだ。
「では……問題が無ければ禁忌の地へ向かうとしようか」
ベル女王の言葉に、みんなも気持ちを切り替えたのか、気合の入った表情で応じる。
「禁忌の地への道は――拠点から出て、あちこちに掘られた地下通路の内一つを進んでいく事になる」
入り口が外からは目立たないような作りになっており、通路を抜けた先に監視所というか、防衛の為の設備が作ってあるそうだ。洞穴内部から怪物が出て来た時の事を想定した作りだな。秘密を守る事やセキュリティだけを考えるなら拠点内部の隠し通路等から繋げれば良いのかも知れないが、地下道を使って施設内部に直接敵が侵攻してくるのは困る。この施設には中層に向かう出口――転移門があるからだ。
その点、監獄からの脱獄犯や洞穴から敵が出て侵攻して来るかも知れないという想定ならば、拠点を中心に防衛しながら迎え撃つための戦力を開けた場所に展開できる。
見晴らしのいい空間の要所要所を監視できる、隘路から出て来る敵を大人数で叩ける、という事になるから……実際かなり有効だろう。
とはいえ……今回は場所を選ばず突然その場に黒い怪物が出現するので、こうした備えも若干穴のあるものになってしまっている。それでもこの拠点の重要性に関しては揺るがないか。
ここには中層に戻る為の転移門もあるし、守るための戦力や物資も集められているからだ。俺達が入ってきた入口側から監獄側。監獄側から拠点へ。それぞれの監獄区画は独立しているが入り口と出口に繋がる道は幾つかあって、それらを冥精達は把握しているし、非常時には通路を封鎖したり、安全な区画を選んで迂回して挟撃したりもできるという事らしい。
脱獄にしても冥精と亡者の性質を考えれば、脱獄や反乱が大規模なものであっても関係がないし、そもそも地下通路の出入り口に見張りを立てた上で巡回しておけば、問題そのものが起こりにくい。
一先ず、拠点側の安全性が高いというのはよく分かった。何かあった時に撤退する場所の安全が確保されているというのは有難い話だ。
そんなわけで俺達は再び隊列を組んで拠点を出る。拠点防衛を行う冥精達やレイス達が俺達の事を見送ってくれた。
大空洞を取り囲むような斜面部分にその岩はあって――。プルネリウスが手を翳してマジックサークルを展開すると、ゆっくりとズレていき、そうして禁忌の地へと続く地下通路が姿を現すのであった。