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番外1000 地底の要塞

 隊列を組んで冥府下層の地下道を進む。黒い怪物達の出現や召喚術を用いた襲撃に関して言うなら、予兆があるから魔力の動きに警戒をしておくのが対策になるだろう。

 女王は隊列の真ん中。俺達と近衛の天使が周囲を固めているが、まあ、客という事で護衛される側の立場だ。リヴェイラもユイと一緒にいるので隊列の中心になるな。

 案内役である下層の冥精達が先頭を進み、殿は保全部隊の天使達だ。


「この地下道はあちこちに通じていて、罪の種類やその重さによって囚人達を連れて行く場所が変わるのです」


 と、天使達が教えてくれる。

 いくつかの監獄ごとに分かれている、と考えれば良いのか。独房になっているところもあれば囚人達が解放されている場所もあるらしい。


「その在り様や刑罰は様々ですが、いずれにしてもこうやって今、我らが歩いているような通路側には囚人は戻れないような処理が施されているのです」

「冥精の亡者への干渉能力、ですか」

「それもありますな。昇念石に込めた術で、一定の空間に立ち入った者を、当人にそれと意識させずに戻らせるといった事も可能です」


 監視の目を設けつつ、一定のエリアに立ち入った者に対して術式が自動発動するというものらしい。

 ではこの通路はどうかと言えば……下層の冥精達の活動拠点へと抜ける為のものだという事だ。


「通常、我らが降りてきた施設では上に戻る事ができません。下層の拠点からならば許可を得た者が中層へ戻る事が可能です。これにより脱獄を防ぎ、何かの折に戦力を充足させる事ができる、というわけですね」

「ああ。あの場所は一方通行の入り口というわけですか」

「陛下が起動させればその限りではないが、基本的にはそうだな」


 プルネリウスが答えてくれる。ベル女王だけは別として、入り口と出口が違う上に戻る場合は許可が必要というのは確かに安全性が高い。


「む……ッ! 何か来る!」


 その時だ。先頭を行く鬼達が声を上げて棍棒を構えた。狭い地下道内部ではあるが、お互い武器を振り回せる程度のスペースは確保している。先頭の警告に合わせて隊列が足を止め、一斉に構えを取った。


 正面から来たのは――巨大な顔だった。黒い靄で構成された、苦悶とも憤怒ともつかぬ表情を浮かべた顔がこちらに向かって突っ込んでくる。通路いっぱいに迫ってくるそれを、先頭にいた二人の鬼達は躊躇う事なく自ら突っ込んで迎え撃つ。

 棍棒に魔力を纏う。冥府の鬼達の精霊力は荒々しさを感じさせるものだ。


「ふんッ!」


 気合と共に脳天を叩き潰すような大上段の一撃と頬を張り飛ばすような横薙ぎの一撃がほとんど同時に放たれる。

 命中するというその寸前、弾けるように巨大な顔が散る。無数の小さな怪物になって、四方八方に散ったかと思うと、足元や頭上をすり抜けるようにして隊列に突っ込んでくる。顔だけだったそれは牙を生やした人魂のような姿となって――。


「これは……ッ!?」

「同士討ちに注意せよ! 武器での迎撃が難しければ徒手空拳に魔力を纏って対応! 昇念石はまだ温存! 地下道内の術式で連中も弱まっているはずだ!」


 乱戦になる前にプルネリウスが指示を飛ばしながらディフェンスフィールドを用いる。ベル女王にも魔道具を渡したが、プルネリウスもこうした術を使えるというのは大きい。

 冥精達も明確な指示が飛んだ事で、即座に動揺から立ち直って動く。武器を納めて手刀や膝蹴りやらで黒い牙玉達に対抗する。

 テスディロスの雷を纏った蹴り足が跳ね上がり、飛来した牙玉を打ち砕いた。


「甘い――ですな」


 隊列の中心まで進もうとした牙玉達は――オズグリーヴが展開した煙の網に突っ込んだ。煙の網を食い破ろうとする牙玉達の動きを意に介さず、オズグリーヴが翳した手を強く握れば、展開していた網が包み込みながら内側に煙の槍を生やしながら押し潰していく。瘴気で構成された煙と、牙玉達は干渉し合って互いを打ち破ろうと火花を散らしていたが、あっさりと均衡が破れてオズグリーヴが煙の網ごと握りこむように牙玉を潰してしまう。


 ベル女王やリヴェイラ、プルネリウスには一匹たりとて通さないと、冥精達も魔力を纏って対応している。分散する事で不意打ちからの乱戦に持ち込もうとしたが、その動きを確実に捉えて徒手空拳で対応するあたり、一人一人の練度が高いのが窺えるな。案内役や保全部隊が選りすぐりというのもあるだろうが。


 ベル女王やリヴェイラの周囲に魔力の網を張り巡らせて何が起こっても対応できるように警戒していたが、それ以上の新手や奇襲というのはなさそうだ。

 そして隊列の中心部までは一匹も届かない。程なくして最後の一匹をウィンベルグが中空で串刺しにして……襲撃してきた牙玉を残らず撃退したようだった。


「襲撃は今ので終わり、かな?」

「どうやらそのよう、だな」


 俺の呟きに、ベル女王も周囲の様子を見てから同意するように頷く。

 この地下道では昇念石が効果を及ぼしているからあの程度しか出現できないのか、それとも一当てして様子見をしただけか。

 連中が戦略的な行動を取るかどうかは分からないが、先王を侵食した生物的な生存本能が由来しているのなら……その本能故に一見戦略的に見える行動を取っても何ら不思議ではない。


「今の襲撃、テオドール公はどう思われた?」

「隘路で乱戦に持ち込めば隙が生まれると見て、ああいう動きをさせた可能性は十分にありますね。こちらがあまり混乱しなかったから次の手を打たなかったとか、実力を見る為にああした動きをしたとか」


 仮に自然に湧いて俺達に襲撃を仕掛けてきた、というのならそれはそれで今の状況を解決すれば良いだけの話だ。だが、上層での出来事のように、襲撃に何者かの意思が介在していた場合は話が変わってくる。こちらの動きと位置を捕捉しているという事になるしな。


 きっちりと使役しておきながら無秩序に見せかけたとか、召喚して襲撃はさせたが後は任せただけ、というのも有り得るが……。


「虚実を織り交ぜられたら見極めるのは難しいですからね。現時点で考え過ぎて先入観に囚われ過ぎるのも良くないかなと」

「確かにな。背景を探りつつ、あるがままに対応する、というのが最良か」


 ベル女王も頷く。考え過ぎないというのと思考放棄は同義ではないしな。

 戦った面々に怪我や異常等、被害がない事を確認したところで移動を再開する。

 地下道は……どうやら緩やかな登り勾配となっているようだ。これは――地下から上に向かっているという事になるのか。


 暫く進んでいくと、いきなり開けた場所に出た。ただ――広大な空洞になっているだけで、外、というわけではないようだが。


「これは女王陛下」

「到着をお待ちしておりました」


 と、地下道の出入り口を守る冥精達が俺達に挨拶をしてくる。ベル女王も大儀である、と静かに応じていた。出入り口で異常を感じなかったという事は――やはり先程の襲撃を仕掛けてきた輩は、地下道内部にいきなり出現した、という事になるか。


 頭上を見上げれば鍾乳洞のように石筍が垂れ下がっていて、空洞の上から床面まで繋がって、幾本も巨大な柱のようになっている。


 俺達が地下道から出てきた場所は山の斜面と言えばいいのか、中腹といえばいいのか、少し高所になっている。整備されたであろう道が作られており、下の方向へと続いているのが見えた。


 周囲は真っ暗だが、眼下に篝火の明かりが見えるな。要塞のような無骨な建物が暗闇の中に炎の光で浮かび上がるように佇んで――いや。とても大きな鍾乳石の柱に、小さな建物がくっついているような……そんな常識外れの構造物のようだ。

 一部の建物に少し壊れたような痕跡が見てとれるのは、黒い怪物達の襲撃を受けた結果だろうか。冥精やレイス達が警備しているから、陥落したというわけではないようだが。


『巨大な鍾乳石の要塞……いえ、街かしら? いずれにしても、凄い光景ね』


 それを見たローズマリーが言うと、ユイ達やフォレスタニアの作戦室にいる面々も驚きの表情で頷いていた。


「あれが下層の拠点だな。周囲の地下道からあちこちに通じている」


 プルネリウスが指を差す方向を見やれば、街の周囲を囲む山体のあちこちに、俺達が出てきたのと同じような地下道があるのを幾つか見つける事ができた。その場所にも見張りが立っているようだ。


「あの場所にて妾達の到着を待っている者達もいる。その者達とも合流し、禁忌の地へ向かう事になろう」


 ベル女王が言った。では、その面々とも魔道具での簡易判別を行う必要があるな。

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