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番外992 禁忌の地の真実は

 ベル女王は――冥府の王の言葉を受けた時の事を思い出したのか、小さくかぶりを振った。壮絶な出来事だ。今は平和そうな冥府も過去にそんな動乱があったとは。


「……先程陛下は同じような過ちと仰いましたが、僕の知る事例とはやはり違うように思われます。冥府に来る者達の罪を憂いて、陛下のお父上はそれを変えたいと考えたからで、私利私欲からの行動ではないのですし」


 確かに被害は出てしまったが、不始末を自分の身を挺してでも止めたという事もな。私利私欲や悪意から大きな被害を齎したような連中とは、同列には語りたくない。


「動機はそうだとしても結果は厳粛に受け止めなければなるまい。だが……父君の想いを汲んでくれた事には礼を言う」


 俺の言葉に、ベル女王は穏やかな表情を見せる。その後で表情と共に感傷的な気持ちを切り替えたのか、一つ頷いてから口を開く。


「その後の対応や現在の冥府の態勢も、その騒乱と封印を受けてのものだな」

「対応というのは……禁忌の地に封印された先王と、封印維持のための儀式なり手順なり、という事でしょうか?」

「うむ。そして冥府の態勢というのは……生前の罪を裁く過程で、プルネリウスを含めた神格者の話し合いの場を設けて、人の目線での基準を設けた、という事だな。冥精であれど心は疲弊するというのがあの事件から得た教訓だ。同じ轍を踏まぬ為には違う道筋を見つけ、より多くの者が納得のいく落としどころが必要だったというわけだな」


 ベル女王の言葉を受けて、プルネリウスが言う。


「私達の定めた基準は裁きの為の法となるが……それを決める人員やその判断は陛下の承認を得てのもの。陛下は実務には携わらないが、王としての責務は果たして下さっている」


 君臨はすれど統治せず、というスタンスに近いか。

 権威と権力はあっても方針を示すだけで権力はなるべく振るわない。しかし最終的な責任を持つ。そういうやり方は……確かに冥精達から慕われるだろう。


 ベル女王の下で働いている冥精達が代替わりするのも……その辺が理由かも知れないな。


「そして、冥精達に父君の事を伏せるのもそれが理由だ。確かにあの御仁は身を挺して冥府を守ったが、渦が齎した衝動と不可分になっている以上、その事で冥精達の想いが父君に向けられると新たに生まれてくる冥精達に影響が出てくる。実際、事件の後、情報統制が敷かれて代替わりが終わるまで混乱が起きた時代もある。父君に向ける想いは、妾だけのもので良かろう」


 ……そうか。だから冥精達には事情を広められない、という事か。冥府の王と融合した以上、亡者に対して干渉する能力もある、かも知れないな。


「そうした過去からの現在の態勢に関する話を前提として理解してもらった上で……ようやく封印に関する話や、化身となってあの場所を訪れる理由にも触れていく事ができるか」


 ベル女王がそう言うと、リヴェイラの表情が引き締まる。リヴェイラの反応にベル女王はゆっくりと頷くとその後の話を語り出す。


「かくして父君は禁忌の地に封印されたが長らく封印を見ていると、それも完全なものではない、という事が分かってきた。眠りによって力を抑える父と、渦によって齎された衝動の間で、均衡のようなものがあるらしいのだな。周期的にどちらかの力が増して……衝動が勝った場合に暴れ出す事がある」

『それを維持するのが施設の保全任務と言われるもの、というわけですね』


 エレナがモニターの向こうで言うと「そうだな。表向きはそういう呼称になっている。封印を維持する為と言えば、実質的にもそう言えるが」と、ベル女王が応じる。


「地下遺跡についてはかつての下層の拠点だったが、動乱以後は封印の為に作り替えて活用している。施された結界や封印に関しては幾つかあるが……眠りを維持する為のものや、神格を持つ高位精霊を縛り、目覚めても動きだせないようにする為のもの……それに私達が受けた、眠りの封印結界もあるな」


 プルネリウスも補足するように説明してくれた。


「最奥には封印された父君が眠りについており、祭壇が設けてある。いくつかの結界と封印で囲まれており、祭壇と寝所を巨大で高度な最終結界によって覆っているが――それは大きな存在にしか反応しない。父君の動きは封じるが、小さな精霊は祭壇までは立ち入る事が出来る」

「なるほど……。それで化身となって訪問する、というわけですか」


 化身としての姿を取る理由がこの封印結界だろうか。冥精への影響が出ないように冥府の女王が自ら保全任務に赴くのを隠すという意味でも化身の姿は有効だろう。


「そうだ。眠りが浅くなる、封印が弱まるという兆候があれば妾が化身の姿にて祭壇に赴き……祈りを捧げ、歌を届ける。これにより衝動を弱め、父の力を高める事で封印を維持する。この手順も……確立するまでは苦労したものだ。眠りを維持しているのに力だけが暴走して封印と干渉しあって、別の場所に影響が出た事もあった」


 ベル女王はそう言ってかぶりを振る。

 冥府の先王の眠りと封印の弱まり方次第で、今回のように黒い怪物達が現れた事もあるし、巨大な封印と先王の力の暴走の激突が原因で空間が歪む等……相当に大変な事例が過去にもあったようだ。


「その辺の事例については、そなた達が古文書と呼んでいるあれに追記したりもしているが……そう、だな。これからすべき事の話をしよう。テオドール公には、もう一つ……妾が所持している書物を見て貰いたいのだ。当時の研究成果、封印に使われた魔法技術等を例の古文書と同じ方式で暗号化した物だ。テオドール公なら何か新しい発見や対策に発想が及ぶかも知れぬ」


 ベル女王は俺を見据えてそう言った。


「それは――。では、拝見させて頂きます。眠りの結界に対策をして内部に突入する事等……今の状況を改善する事にも繋がれば良いのですが」


 迷宮核での暗号解析も無駄にはなるまい。まだ解析が及んでいない部分はベル女王に暗号の解説や内容の朗読等をして貰えばより正確な解読ができるようになるだろうし。

 それに……それなら眠りの封印結界については突破ができそうだな。


「封印と眠りの維持は……大丈夫なのですかな?」

「過去の事例から言うと……本命の封印はまだ大丈夫だとは思うが……。正体の知れない敵がいるとなれば予断は許さない状況と言える」


 オズグリーヴが尋ねると、ベル女王が思案しながら言った。対策等についてもできるだけ急いで、という事になるな。


『眠りの封印対策が出来たら……祭壇を訪問して先王の眠りを促す、という事になるのかしら?』


 クラウディアが尋ねると、ベル女王は「そうなるな」と、首肯する。


「僕にもできる事があればさせて下さい。この状況で知って放置はできません」

「……すまぬな。その厚意と高潔な想いに深く感謝する」


 俺の言葉にベル女王はそう言って一礼してくる。


「その……私にもお役に立てることがあれば、何でも言って欲しいであります……!」


 と、そこでリヴェイラが意を決したようにベル女王に言った。


「それは――化身として祭壇に赴く事を言っているのか? 今の状況であの場所に向かうのは危険が付きまとうぞ?」

「承知しているであります。ですが、女王様が向かっても危険なのは同じなのであります。それに……私はきちんと女王様やテオドール殿……ユイ殿、助けて下さったみんなに恩返ししたいのであります……!」


 自分の胸のあたりに手をやって、ベル女王を真っ直ぐ見据える。二人は暫く顔を向け合っていたがやがてベル女王の方から俯く。そして再び顔を上げた時――ベル女王も覚悟を決めたかのような表情を浮かべていて。


「化身を作るのに力と時間がかかるのは事実。テオドール公は勿論、リヴェイラの協力については歯に衣を着せずに言うなら、非常に有難い申し出だ。ならばこそ……妾も此度は前に出よう。祭壇までは立ち入れぬし、多方面に影響が出てしまうような大きな力は振るえぬが……妾ならばこそできる事もあるし、安全な場所にいて安穏としていては示しがつかぬ。非常事態であればこそ、動く名分も立つしな」


 では、今後の方針としては決まりだな。みんなもベル女王の言葉に、気合が入ったというような表情を浮かべるのであった。

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