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番外990 女王の祝福を

「リヴェイラちゃん、気分はどうかな? 大丈夫?」

「問題はないであります。寧ろ……何と言えば良いのか。懐かしいような安心するような、不思議な感覚であります」


 ユイが尋ねると、リヴェイラは真剣な表情で応えた。


 女王の部屋には結界が張られているようだが、念のために防音フィールドも展開しておく。それから冥府の女王の手を取り、環境魔力と五感リンクを利用して仮想循環錬気を用いていく事となった。

 ティエーラやジオグランタに比肩するような膨大で雄大な魔力を有しているが――恐ろしいという感覚はない。例えるなら、眠る前の安らぎのような。それはきっと冥精としての女王の性格を端的に示したものなのだろう。


「ああ、やはり本体が封印状態になっているようですね。本体側を狙って影響を及ぼしてくる術式だったか、或いは女王陛下が敢えて引き受けたか……」


 それによって本体との繋がりが一時的に途切れたから今の記憶喪失状態に陥ってしまった、という事なのだろう。

 リヴェイラが封印状態とならなかったのは――化身故の独立性の高さもあるだろうか? 他には封印の術式に穴があったとか、或いは何かしらの要素が重なって免れた、という事も考えられる。

 その辺の推測を口にすると、プルネリウスは顎に手をやって、思案してから同意してくれた。


「リヴェイラ様には魔法的な防御用の護符を所持して頂いていた。それが影響を及ぼしてリヴェイラ様が封印から逃れられた。或いは逆に本体に術式が及んでしまった、というのはあるかも知れないな」


 なるほどな。俺は母さんの封印術がイシュトルム本体に影響を及ぼした事例を知っているからそちらに考えが向いたが、備えが逆に仇になった、というケースもあり得るか。

 だが、これで女王に目を覚ましてもらう算段もついたと言える。まずは今まで通りに封印解除の手順を踏んでいこう。


 俺がリヴェイラに施した封印術に対しては干渉しないように、女王を縛っている封印のみをデコイと術式を駆使して解いていくと……やはり白い茨が女王の身体から飛び出して護符に絡みついてくる。


 強力な術式だとは思っていたが、原初の精霊クラスも封印する程か。

 元々施設にあった防衛機能を罠として手を加えたもののようだしな。施設に対する情報規制といい、厳重に管理されている施設である事はここまでの情報で十分に分かっていた事だが。


 やがて身代わりの護符に巻きつく茨も尽きた。女王の封印も無事に解除出来て……魔力の流れが正常になった事を確認する。


「これで昏睡に陥らせている要因――封印は解除できました」


 そう答えると、封印解除を見守っていたプルネリウスも安堵したように大きく息をついた。


「感謝する。これで陛下がお目覚めになればこの状況への対策も大きく前に進むだろう」

「とはいえ油断ならない状況である事には変わりはありませんね」

「確かに。女王陛下とリヴェイラ様への警備を厚くし、他の階層での動きに注視する必要がある」


 女王の封印解除を受けて、今後の敵の動きとして予想されるものとしては――例えば中層や下層であの黒い怪物達が現れて攻撃してくるというものだろうか。

 上層での行動は警戒されてしまっているから、他の階層で騒動を起こす事で俺達の注意をそちらに引き付け、改めて女王やリヴェイラの隙を窺う、といった動きだな。

 プルネリウスもその辺は承知しているようだから、みすみす隙を晒すという事もないだろうけれど。


「ん……」


 と、そんな話をしていると、リヴェイラが小さく声を上げる。みんなもリヴェイラと女王の事は気になっているのか、彼女に視線が集まる。

 リヴェイラは何か――大事そうなものを抱えるかのように胸の前に両手をやる。仄かな輝きがその手の間に生まれた。


「これは――共鳴してるのか」


 同様の魔力反応が女王にも起こっている。眠っている女王の胸の上あたりに、ぼんやりとした光球が生まれた。魔力の動きを見るに、リヴェイラが本体に呼び戻されている……というわけではなさそうだ。


「女王様を心配していたら……何だか、それが伝わっているような感覚があるのであります」

「封印が解けたから、その影響が出ているのかな。あくまでも本体に引っ張られて戻ったり、リヴェイラの人格に影響が出ないように予防しただけだから、本体と共鳴したりっていうのは起こると思う」


 俺の施した封印術に関してはしっかりと維持されている。それは間違いない。確認している間にリヴェイラの身体と、女王の身体にも淡い輝きは広がり……両者の魔力も高まっていく。


「……う、ん」


 そうして――俺達の見ている中で、女王は小さく呻き声を上げて額に手をやると上体を起こす。ティエーラと同じように……目は閉ざされたままだ。


 目覚めるまでが他の天使達と比べて格段に早かったが、元々、女王は間接的に封印を受けただけだし、ダメージそのものは無かったに等しい。それにやはり、リヴェイラの想いが大きいか。共鳴して女王の意識を呼び戻したわけだ。

 女王はかぶりを振ると周囲の状況を確認したのか、俺達に怜悧な顔を向ける。そしてその唇が言葉を紡いだ。


「……これは――妾から化身が離れている、とは。プルネリウス……あの後、妾達が光に飲まれてから、何があった? その生者達は一体……?」


 ああ。化身から分かたれているから、目覚めたからと言ってリヴェイラの記憶が女王に戻る、というわけではないようだ。

 女王の記憶喪失も危惧していたが、今の口ぶりではそんな事はないようだから安心できたかな。


「は。私も目覚めたばかりではありますが、把握している限りをご説明いたします」


 プルネリウスは一礼すると、俺達やレブルタール、ヘスペリアから聞いた事情を女王に伝え始める。

 女王は時折相槌を打ちながらもプルネリウスの言葉に耳を傾けていた。先程のリヴェイラとのやりとりも含めてプルネリウスが伝えてくれる。

 やがて納得したと言うように頷くと、女王は寝台から立ち上がる。

 女王が軽く手を振るえば、纏っていた夜着が軽い輝きと共に装いを変えて、優雅な雰囲気のドレスへと変化した。それから、俺達に視線を向ける。


「随分と我が化身――リヴェイラが世話になったようだ。まずはリヴェイラを助けてくれた事。冥府の為に力を貸してくれる事に礼を言いたい。生者がこの地を訪れる事は稀な事ではあれど、そなた達を歓迎しよう。妾の名はベルディオーネという」


 ベルディオーネ女王。冥精や冥府の住人達からはベル女王という愛称で呼ばれる事もあると、プルネリウスから教えてもらった。いずれにしても冥府で女王と言えば彼女を置いて他にはいないので、女王陛下や陛下だけでも通じるとの事だが。

 こちらもベル女王に自己紹介をする。それが済むとベル女王は頷いて、リヴェイラに視線を向ける。


 リヴェイラが緊張した面持ちで居住まいを正すと、ふと柔らかく笑った。


「そう硬くならずともよい。取って食おうというわけではない。そなた達の想いについては確かに聞き届けた」


 ベル女王はそう言って遠くを見るような表情をした。


「そなたは妾がまだ幼き頃の一欠片を元に創り出した化身に相違ない。なれど……妾から一度分かたれ、その意思に任せて妾の知らぬ旅をしてきたとあらば、化身ではあっても妾そのものでは無くなった、という事なのだろう。その自由意思を尊重し、世界に在り続ける事を祝福しよう」


 ベル女王の言葉に、その場に居合わせた全員が安堵したのが分かる。俺もそうだ。冥精から慕われる女王なら許してくれる公算が高いとは思っていたが、はっきりと言葉にしてくれたというのは大きい。


「ああ……。それは嬉しいであります!」

「良かった……リヴェイラちゃん……!」


 ユイと喜び合うリヴェイラ。そんなリヴェイラを見てベル女王は微笑み、更に言葉を続ける。


「ただ……ここに至るまでに見て来た事。聞いてきた事。その記憶と想いは妾も知りたいものだな。眠っていた間の空白を埋めるのに役に立つであろうし……何より、妾がその者達の事を知りたいのだ。他でもない。妾に限りなく近しいそなたが、何を想い、感じて来たのか。妾に教えてたもれ」


 ベル女王がそう言うと、リヴェイラははっきりと頷いて。そうしてベル女王とリヴェイラは手を取り合う。それを受け、俺も封印術を一部解除して、リヴェイラからベル女王への伝達ができるようにする。


 リヴェイラと、ベル女王の取り合った手の間に、眩い輝きが生まれる。リヴェイラもベル女王と同様に目を閉じて。その輝きが二人を包む。そして……ベル女王が静かに頷いた。


「そうか。このような良き旅をしてきたのだな」

「はい、であります」

「そなたは記憶がない事を不安に思っていたが。何の事はない。新たに生まれたのだ。妾の化身であった時の事を改めて記憶として伝えるのは蛇足というものであろう。それでも気になるならば、話をして聞かせる」


 ベル女王が伝える言葉にリヴェイラはこくこくと頷く。その表情には不安はなく、どこか吹っ切れたような印象があった。

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