番外985 女王の治政下で
まずは守るべき対象――プルネリウスと保全部隊の眠る場所を移す。プルネリウスを書庫に。部隊員を書庫のすぐ隣の間に。寝台を用意して魔法陣を構築し、目に見える場所、すぐに駆けつけられる場所で俺達も作業を進めていけばいい。
俺達も冥府の客として護るべき対象ということで、書庫の周りに天使達を配置し、意識不明の顔触れと俺達を、同時に守れるように体制を整えてくれた。
そうして状況が落ち着いたところで、レブルタールも書庫に戻ってくる。
「ありがとうございます。人目が多いというのは心強いですね」
「天使の皆さんは一人一人かなり腕が立つようですからな」
レブルタールにそう伝えると、オズグリーヴも同意する。
「ふふ、戦力的にはテオドール殿の実力から言うと私達が守っている、というには語弊がありますが、冥府にとっては大事なお客様で、協力者ですから」
『ユイちゃんも凄い動きだったものね』
と、レブルタールとヘスペリアがにっこり笑うと、ユイが少し照れたようにお辞儀をして、リヴェイラも助かったでありますと、改めてお礼を言っていた。
まあ、実力云々の話はさておき、俺達が攻撃を受けないように冥府として警備体制を強化してくれているというのは有り難い事だ。敵に攻撃しにくいと思わせられれば襲撃の予防にも繋がるし、冥精達も俺達も互いに戦力を温存できる。
「しかし、任意の場所に戦力を送り込める何者かがいるとなると……展開できる規模、速度の限界が分からない以上は少し不安が残りますね。現状、上層の精鋭も下層に赴いていたりするのですが……戦力をこちらに呼び戻すべきかどうか」
『それに関しちゃ大丈夫だと思うがね』
表情を真剣なものに戻して言ったレブルタールの言葉に、リネットが肩を竦める。
下層の洞穴の奥に元凶がいて、それが何らかの形で干渉してきた可能性。召喚術や錬金術に通じている者が上層に紛れ込んでいる可能性。今回の襲撃を行った方法としてはそれらが前提となる、と、そう前置きしてからリネットは言葉を続ける。
『どっちであったとしても、大規模展開が可能だっていうなら、最初から襲撃が失敗しない物量を用意して同時多発的に動かすだろうよ。それが出来なかったって事は現時点での上層に対する干渉の限界があのぐらいだったか、潜入している奴が自分の事を発覚させずに戦力を動かすには、あれがギリギリだったって事だ』
見解としては遠隔からの干渉にしても、潜入しての召喚や使役等にしても、あれが精いっぱいだったのではないか、というわけだ。
『失敗したら警戒度も高まるし、現にそうなっているものね。冥府全域の戦力を分散させる目的の陽動だとか、わたくし達の間で不信や不和を招くつもりだったとか……威力偵察という可能性も否定はできないけれど』
どちらかと言うと、今回戦力を動かした者が焦りから行動した、と考えた方が辻褄も合うような気がするけれどね、とローズマリーは付け加えつつリネットの言葉に同意した。
確かにな。小細工無しで押し切れるならそうすればいいだけの事だ。マルレーンも召喚術師としてリネットの言葉には同意なのか、こくこくと頷いていた。
戦力を一気に投入できるならやらない理由がない。だとするなら限界なり、発覚を恐れるなりで、できない事情があったか、別の狙いがあったか。
それらは押し切れるだけの戦力投下ができないという意味でもあるから、安心できる材料かも知れない。警備態勢が厚くなって相手としてはより動きにくくなったのは事実だし。
陽動の可能性については……中層だけでなく上層にも怪物が現れると示してこちらの人員を再配置させる事が目的となるだろうが……対策するならばこちらが誘いに乗らなければいい、という事になる。仲違い狙いにしても同様だな。
偵察の場合は……どうかな。それも警戒して転移までしか見せていないが……あれは援軍が間に合わない事を見越して、襲撃を成功させようという動きだったように思う。
『そうなると……油断はできないけれど、状況的には悪くないかも知れないわね』
『そう言えば、女王陛下の周辺は大丈夫なのですか?』
ステファニアが満足げに頷き、アシュレイが首を傾げて尋ねる。
「あの方の周辺は近衛の天使達が守っています。先程も確認に赴きましたが女王陛下の身の回りは安全だと言えますね。ハイダーさんを配置しておけばより安全でしょうか」
レブルタールがアシュレイの疑問にそう答えてくれる。
「ハイダーの配置については問題ありませんよ」
俺がそう答えると、机の上に体育座りしていたハイダーがこくこくと頷く。
冥府の女王に関しては……俺としても診察に赴きたいところでもあるのだが、それをするには昏睡しているプルネリウスや天使達が目を覚ましてからが良いだろうという事でレブルタールやヘスペリアとも話がついている。
昏睡からの回復という実績がないと女王の身を任せるのは冥精としても不安が残るだろうし。女王は冥精達から慕われているようだし、そこはしっかり気を遣いたいところだ。
「話を少し戻すが、不和を招くためという狙いがあるという事を前提に置いた上で、焦りから動かざるを得なかった、という見解も掘り下げておきたいところだな。下層からの干渉以外で襲撃を行ったという前提になるが、そうした事をやりそうな相手、可能な相手に心当たりは?」
「確かに……目的が分からない状況では、少し答えにくい質問かも知れませんが、ある程度話しておくのは無駄にはなりますまい」
テスディロスとウィンベルグがそう尋ねると、レブルタールは少し表情を曇らせて思案する。
「状況を受けて動いたとなると、情報に触れる機会があった誰か……。やはり私達の中の誰か、という事になるのでしょうね。少なくとも私から見た限りでは、冥精であれ神格者であれ、女王様の方針……今の冥府の在り方は好意的に受け入れられていたように思うのですが」
レブルタールは眉根を寄せて目を閉じた。少なくとも彼女の知っている範囲で、心当たりのある者はいない、と。
上層の住人でなくとも、中層や下層の冥精……レブルタールが良く知らない相手という事も有り得るな……。俺達が来た事は伝令で洞穴に詰めている面々にも知らされているわけだし。
一方で、技術的に可能な人物から候補を絞る、というのは難しそうだ。
画策した人物がそういう技術を持っていなくても襲撃は実行可能だからだ。生前からそういった技術を有している協力者の存在を考えた場合、実行可能な人物というのが増えてしまう。
「やはり襲撃の理由というところに戻ってきますか。背景がよく分かっていないところが何とも難しいところですね」
「撃退はしましたが目的が不明な以上、犯人を絞り込むのは難しそうですね。そういう意味でも、実行犯がああいう存在だったのは性質が悪いと言いますか」
サンダリオの言葉にドルシアも目を閉じて頷く。
撃退しても自分に繋がる証拠が残らず、目的も分からない。黒い怪物を差し向けた犯人を捜すのは、背景が分からない現時点ではやはり情報が足りていないように思う。
とはいえ、冥府の女王が冥精達に慕われているというのは間違いなさそうだ。少なくとも反女王派のような派閥が表だって存在していない、というのも今の相談で分かった。
天使達を束ねる立場のレブルタールの見解に、神格者であるカイエンやユウ、サンダリオやドルシアも異論はないようだし、騒動が起こる前に上層が女王の下、平穏に進んでいたのは間違いなさそうだ。
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