番外984 襲撃と防衛
「行け」
号令を受けて、バロールが光弾となって飛ぶ。これ見よがしに天井付近まで一旦飛んでから、合計6体いる黒い怪物達の一体目掛けて突っ込んでいく。黒い怪物達の意識が逸れた瞬間に、コンパクトリープを用いてバロールが飛んでくるのとは逆方向に転移していた。シールドを蹴って鋭角に反射するような動きで、怪物の内、1体を目標と見定めて飛び込む。
ウロボロスとバロールの一撃を、黒い怪物は鈎爪で迎え撃つ。黒い靄のような物を纏った爪とぶつかり合って互いの魔力が干渉。火花を散らす。
短距離転移を使ったのは――俺が書庫から駆けつけるまでの時間が早かったのを誤魔化す為である。相手からして見ると奇襲を仕掛けたはずなのに、直後に敵の援軍が現れたように映っているだろう。
要するに時間干渉を手札として伏せる代わりに、転移術がある事をこの場では見せる。駆けつけるまでが早かった理由を転移だと思わせるためだ。黒い怪物達の正体や能力、背景が分からない以上は必要な措置だろう。
俺とバロールの加勢に、ユイが合わせるように動いた。凄まじい闘気と魔力が噴出し、掌底が目の前の怪物に叩き込まれる。
仙気。瞬間的に練り上げられた力が青白い光の衝撃波となって炸裂し、避け損ねた怪物の上半身を吹き飛ばしていた。
有無を言わせない圧倒的な破壊力だが、それで怪物達が怯むような様子は一瞬たりともない。黒い怪物達は生物ではないからこそ、保身など考えてはいないという事だろう。ただ負の想念に突き動かされているにしても、主人のようなものがいて、その意思に従っているにしてもだ。
ユイの攻撃に合わせて横合いから突破し、その背後にいるリヴェイラやプルネリウスに飛びかかろうとする。それを――背中側に回した薙刀の刃が高速で伸縮して刺し穿っていた。薙刀の刃にもユイの魔力が乗せられていて。
そのまま刃が跳ね上げられる。嵐のように刃が幾度も振り抜かれて怪物が空中でバラバラになって四散した。
バロールと俺が1体ずつ抑えて、自由に動けるのが残り2体。その内、護衛の天使が相手取っているのが1体。
再度の短距離転移。俺が抑えていた目の前の怪物を無視し、プルネリウスに攻撃を仕掛けようとしていた怪物の頭上から、余剰魔力の火花を迸らせるウロボロスを叩き込む。刹那、バロールが一気に出力を上げて、抑えている怪物を二度、三度と撃ち貫いた。
相手をすると見せかけて転移で放置した怪物は、俺の背を向けて目掛けて突っ込んでくるが、ネメアとカペラがその攻撃を受け止める。
「邪魔だよ……!」
動きを止めた黒い怪物をユイのすれ違いざまの一撃が叩き切っていた。
「凄い……」
天使が驚愕に目を見開く。俺が到着してから瞬き一つ、二つの間の出来事だ。天使も身体に清廉な魔力を纏うと、相手をしている怪物の爪を跳ね上げ、細剣に練り上げた魔力を込めた刺突を見舞う。輝く細剣がオーラを纏い、怪物の胴体を貫いていた。
僅かに遅れて、怪物の身体が中空に靄のようになって四散する。
死体というか、倒した後に何も残らないのは中層で鬼火達を相手にした時と同じだが……出現の仕方や先程の動き、魔力反応等、色々気になる点が多いな。
「リヴェイラ、怪我は?」
「だ、大丈夫であります。プルネリウス殿も敵に触れられていないであります……!」
リヴェイラとプルネリウスは――大丈夫そうだ。念のためにプルネリウスの状態を仮想循環錬気で見てみるが、特に問題は無さそうである。
「……みんな、そっちの状況は?」
『こちらは……警戒しておりますが、先の黒い影達は現れておりませんな』
『俺も護衛達が寝かされている部屋まで到着したところだが……動きはない』
尋ねるとオズグリーヴやテスディロスから返答があった。
『――他の場所での襲撃はない、と?』
レブルタールやヘスペリアが慌ただしく指示を出して状況把握に努めているが……今の所、上層と中層で襲撃による被害報告はないようだ。まだ結論付けるのは早いが、把握できている範囲で先程襲撃を受けたのはプルネリウスの部屋だけだった、という事になる。
今は――俺もユイやリヴェイラと共にプルネリウスの部屋で待機している状態だ。連絡と連係が取りやすくなるのでレブルタールにもハイダーを連れて行って貰っている。
「先程の出現や襲撃の仕方もですが……中層で見た物と魔力波長が違うように感じました」
俺がそう言うと、みんなの視線が集まった。
「僕達が中層で交戦した時と形態が違うからなのか、それとも他に理由、原因があるのかは分かりませんが……もしかすると見かけの似た別物、という可能性もありますね」
例えば、何かに使役される魔法生物、だとか、鬼火達を制御する手段があるとか。
ユイと天使が守っていたプルネリウス……或いはリヴェイラか、その両方を狙うような動きを見せたのは、その場で非戦闘員と見て取ったからだと見る事もできるが、重要人物と知ってピンポイントで狙ってきたのだとしたらまた話が変わる。
「――というより、他の場所が襲撃を受けていない事から考えても、そう見ておいた方が良いかも知れません。警備は厚くするべきだと思います」
俺のそうした考えを説明すると、レブルタールとヘスペリアは表情を少し険しいものにして頷いていた。
調べ物も継続しなければならないから、プルネリウスを書庫に寝かせてそこで意識が戻るのを待っていた方が、人員の関係上、防御も厚くできて良いかも知れない。空間が広いので大人数で動くのも簡単だから防衛戦力を厚くできるというのもある。上層であるが故に、油断もあったと言えるかも知れないが。
『それに問題は他にもあるわね……。敵が重要人物を狙ってきたのだとして、その過程、方法がどういうものだったのか。それ次第で色々対応を考える必要があるわ』
ローズマリーが水晶板モニターの向こうで顎に手をやり、思案するような様子を見せた。
『過程と方法、ですか。どこかから上層の動きを感知して干渉して直接送り込める相手がいるのか……それとも上層内にいる誰か、或いは潜入した何者かが何らかの意図を持ってあれらを仕掛けたという可能性もあります』
ヘルヴォルテがローズマリーの言葉を受けて言う。
確かに。俺もその辺は考えていたがヘルヴォルテの指摘した背景が前者であれ、後者であれ厄介な話だ。
『何故今なのか、という点でも疑問が残りますね。偶々噛み合ったのでないのだとすれば……プルネリウスさんの意識が戻るかも知れないという、今の状況を受けてのものという可能性があります』
『リヴェイラを狙った場合なら……所在が判明したから、というのは有るかも知れんな』
エレナとパルテニアラが言った。エレナもザナエルクの謀略から逃げ延びた経験があるからな。こういう事件の背景に対しても敏いところがある。
『確かに。プルネリウス様の意識が戻れば背景も分かってきます。それまで今回狙われた可能性の高いお二人の警備は厚くするべきですね』
レブルタールが静かに頷いた。確かに……。リヴェイラが狙われたのであれプルネリウスが狙われたのであれ、背景が分かれば誰がどういう目的で襲撃を仕掛けたのか等、推測もしやすくなるな。タイミング的に俺達を疑う向きもあるかも知れないが……その場合は魔法審問でも何でも応じるつもりでいるから、身の潔白に関しては証明もできるはずだ。
そう考えると、敵がそういうものだと定義し直して警備と防衛体制をしっかりしておけば、俺達がするべき事は変わらないとも言えるか。