番外983 遭遇と防衛
『この方は多分――私を助けてくれたであります。記憶は戻っていないけれど、きちんとお礼を言いたいのであります』
『うん。私だったら嬉しいし安心すると思う』
『ふふ、リヴェイラさんは優しいですね』
『良いお話です』
リヴェイラはプルネリウスが寝かせられている一室で、自分の考えを伝えていた。ユイとレブルタール、それに看護兼警備の天使は、そんなリヴェイラの言葉に穏やかな表情と声で応じて、割と和やかな雰囲気があった。
その間もレブルタールがユイの操作するティアーズと共に上層を案内してそれをリヴェイラが確認する等、今まで通りの記憶への刺激も同様に続けていく。
俺達はと言えばユイとリヴェイラの様子をモニターで眺めつつ、書庫でフォレスタニア城の面々と協力して過去の資料を漁る等の仕事を続行していたのだが――。
「テオドール殿が冥府を訪問していると聞いて、お会いしたい、可能ならお仕事のお手伝いをしたいと仰る方がお見えになっています」
と、天使が連絡に来てくれた。話を聞いてみれば……何とサンダリオとドルシアだと言う。グロウフォニカを訪れた折、ネレイド族の祖霊達と共に姿を見せてくれた二人である。
深みの魚人族と共闘したグロウフォニカの騎士サンダリオと、溺れかけたサンダリオを助けたネレイド族のドルシア。
ローズマリーの母方――バルフォア侯爵家の家系図を辿っていけばサンダリオのマルティネス家とも血縁が繋がるので、直接的なご先祖ではないにしても縁の強い人物と言えよう。
ネレイド達は祖霊を祀っているから、少し特殊な形ではあるが、やはり神格者という事になるようだ。
「ああ。それは嬉しいですね。勿論お会いします」
連絡に来てくれた天使に笑って答えると、俺の返答を持ち帰る為に戻っていった。
「祖霊として祀られている方々というのは、どういう扱いなんですか?」
少し疑問があったのでシェスケル達に尋ねてみると、彼女達は笑顔で応じて色々と教えてくれた。
「祖霊のように個人ではなく集団を祀っている場合も基本的にはそう大きくは変わりませんよ。上層に迎えられるならば善良であるかどうかで変わってきますが、上層での暮らしは祖霊として一族の者に慕われているかどうかで変わってきますね」
「集団――祖霊として上層にいる場合、大抵は塔で一族の者と共に穏やかな夢の世界で暮らしていたりします。その状態でも祀る者達と現世と交信ができる、というのも他の神格者と少し違う点でしょうか」
祖霊は皆で同じ夢を共有しているそうだ。例えば、ネレイド族なら海の中というような。集合意識がそんな夢の世界を作り出すのだという。
そうした夢の中にいながらにして現世と交信したり、冥精と話をする事で情報を見聞きしたり……今回のサンダリオとドルシアのように、夢の中から抜け出して上層で個別に行動したりという事もできるそうだ。
なるほどな。上層の環境はネレイド達の生前のそれとは違うが……夢の世界なら馴染みのある環境で暮らせるだろうし、気心の知れた者達と一緒だと言うのなら、それはそれで快適そうだ。
塔一つ一つに冥精達が担当についていて、何かあったら連絡したり、普段は世間話をしに行ったりするらしい。そうなると俺達とネレイド族の関係は当人から聞いて担当の冥精が知っていた、という事になるかな。
というわけで作業をしていると、書庫にサンダリオとドルシアがやってくる。ネレイドの里で墓参りをした時に見た姿、そのままという印象だ。精悍ながらも温厚そうなサンダリオと、柔和そうな印象のドルシアである。
「これは――ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しております、テオドール公。あの時はあまり満足に会話が出来ませんでしたが、これで改めてお礼が言えるというものです」
「一族の者達や娘達がお世話になっています。深みの魚人族の解放。ヘルフリート殿下との良縁。誠に喜ばしい事です」
サンダリオとドルシアが揃って微笑む。
「こちらこそ。深みの魚人族の事も、ヘルフリート殿下の事も……サンダリオ卿やマルティネス家、ネレイド族の皆さんが後世の為に気を遣って下さったお陰だと思っています」
「だとしても、義によって戦いの場に身を置いて下さるというのは中々できる事ではありますまい。私にとっては思い残した事でもあります。解決して下さった事に感謝を申し上げます」
と、そんなやり取りを交わしてから初対面の面々を紹介する。
「同じくテオドール殿に恩のあるもの同士。よろしく頼む」
「こちらこそ」
ユウとカイエンが握手を求め、サンダリオが応じる。サンダリオ達とカイエン達というのは……中々異色の組み合わせという感じもするが、常世ならではだろうか。
ともあれ、ヘルフリート王子や婚約者のカティア、それにヴィアムス、ネレイド族や深みの魚人族、といった面々には冥府でサンダリオとドルシアに会ったことを伝えておきたいところだ。
それから二人も資料に目を通す作業に加わる。
プルネリウスと護衛の天使達はまだ目を覚ます気配がないが……リヴェイラもダメージから回復して意識を取り戻すまでそれなりに時間がかかっていたからな。同じぐらいはかかると見ておくべきだろうか。
そう思ってリヴェイラ達の所に目をやる。
と、そこでユイは少し首を傾げて戸口の方に視線を送っている所だった。次の瞬間――扉が乱暴に開け放たれて何か……黒い影のようなものが部屋の中に踏み込んできた。
ユイの対応は早い。目を見開きながら、リヴェイラとプルネリウスを守るように構える。俺を含めて……たまたまユイ達のモニターを見ていた面々が、ほぼ同時に反応して弾かれるように立ち上がった。
『黒の……怪物!?』
看護と護衛役の天使の言葉に、書庫にいた他の全員も異常事態に気付いたようだ。なるほど。それは確かに、中層で見た鬼火に似た特徴を持っているが姿形は人型に近い。猫背で腕が長い、異形の姿。
前兆となる鳴動が無かったのが気になるが、その辺の解明よりも今は事態に対応するために動く事の方が先だ。
全員が気付いたその時には、俺もレビテーションとマジックシールドを併用して書庫の外に向かって飛び出しているところだった。
「ユイ達の加勢に行く! みんなは周囲の警戒と、古文書と資料の防衛! 襲われている者がいたら救助!」
「承知しましたぞ! 役割分担はこちらにお任せを!」
「頼んだ!」
オズグリーヴの声。振り返らずに答えて、塔の廊下を高速で飛ぶ。驚いた顔の天使達の間をすり抜けるように、天井や壁を蹴りながら覚醒――金色の魔力を身に纏う。
不意の遭遇。しかも護衛対象を守りながらの戦いだ。室内で狭い上にプルネリウスとリヴェイラを守る必要があるからユイも戦闘能力を頼みに即座に制圧に移る、というわけにもいかないだろう。初めて見るタイプの敵であるから、力量や能力がはっきりするまでは守りに徹する、という事も考えているかも知れない。
ユイは室内で武器を振るう事も想定し、薙刀を変形させてリーチを短くした普通の刀にしていたし。リヴェイラもプルネリウスも、何かあったら取り返しのつかない重要な顔触れなのだから慎重になる、というのは正しい。
だから……ユイはそれを分かっているのか、敵に対して動くあの一瞬、俺に視線を送った。オフェンスとディフェンスに分かれる事ができれば、護衛対象を守りながらでも制圧が可能だからだ。
そして――。俺ならば万一の事態が起こる前に駆けつける事が出来る。月の民としての覚醒能力があるからだ。
時間の流れに干渉。加速しながら塔の内部を駆け抜け、プルネリウスが眠る部屋まで一気に到着する。扉は壊されて打ち破られてはいたが、どうやら間に合ったようだ。
俺の到着に、黒い怪物と対峙していたユイと護衛の天使は、明るい笑顔を見せるのであった。