番外982 護符と茨
「最初にお伝えしておかなければいけませんね。封印によって昏睡していますが、それを解いたからと言ってもすぐに目覚めるわけではないと思われます。僕自身の身体で握力を封印して解除するという実験を行った際も、徐々に戻ってくるというのを確認していますので、眠りが深ければ深い程、戻ってくるのにも時間がかかるかと」
今の昏睡は魔法的な眠りだし、冥精も半霊体も普通の肉体ではないので、生物用の術式で眠りから目を覚まさせる、というわけにもいかないしな。
その辺の事を伝えるとレブルタールは少し思案した後に質問してくる。
「通常の眠りと封印による昏睡に、判別はつくのでしょうか?」
「冥精や神格者が封印を受けた状態についてはもう判別がつくようになりました。循環錬気では封印が解けているかどうかの違いが分かりますが、外から見ただけでは分からないかも知れません」
そこについては時間経過で目を覚ますのを信じてもらうしかない。昏睡していたところを治療したのにまだ待たなければならないというのは、レブルタール達としても心配かも知れないが。
「なるほど。そこはテオドール殿を信じて待つのが大事というわけですね。いずれにしても私達に打てる手はありませんので、ここはテオドール殿にお任せをします」
レブルタールは納得したというように明るい表情を見せる。
「ありがとうございます。では、進めていきましょう」
ローズマリーから預かっている魔法の鞄から、身代わりの護符を大量に取り出す。さて、では始めよう。
横たわって目を閉じている天使と向かい合い、まずは仮想循環錬気を行う。
次に――体外に出した魔力をウロボロスとオリハルコンで変質させ、解除術式の対象者に魔力波長を寄せていく。
多重にマジックサークルを展開。対象に隠蔽術をかけて本来の魔力波長を紛れさせてやる。
更に身代わりの護符を起動。そこで初めて解除術式を行使するわけだ。多重展開したマジックサークルが強く発光して周囲を青白く染めていく。
「……すごい。前の診察の時に分かってはいましたが、これは――」
『あたしと戦った時とは比べ物にならないねえ、これは。あいつらとの戦いを潜りぬけて、更に研ぎ澄まされたってわけだ』
レブルタールが驚愕の表情を浮かべ、水晶板モニター越しにこちらの様子を見ているリネットも目を見開きながら笑っていた。
そうやって術式を行使していくと、変化が生まれる。天使の身体――その内側から白い光で構成された茨のようなものが飛び出してきたのだ。
天使の身体から、仮想循環錬気で偽装した魔力側へ。更に引き寄せられるようにして身代わりの護符に茨が絡みついていく。護符が端から炎を上げて灰になっていく。
体外に放出した魔力を天使のものに見せかけ、本人の魔力は隠蔽術で目立たないようにする。その状態で封印の戒めを弱める解除術式と身代わり護符を使ってやる事で、封印対象が術式から逃れようとしていると誤認させて術式を誘導、あるいは解除してやるわけだ。
効力を失う前に次の護符、更にその次の護符と起動させていけば、どんどん天使の身体から茨が引き出されて、身代わりの護符に絡みついていく。
ヨウキ帝やユラ、ゲンライやレイメイ、シュンカイ帝、といった面々から貰ったかなり高レベルな護符なのだが……結構枚数が必要だな。洞穴の防衛機能ないし、仕掛けられた罠なりが相当強力な物であった事が窺える。
そうして……全ての封印を引き出したのか、当人の身体から茨が出なくなる。起動していた護符が焼き切れる前に止まったのでこれで大丈夫だろう。
『あれだけ強力そうな護符を使って、1人の封印を引き受けるのに6枚も必要とは……』
『相当な仕掛けがあったのだろうな』
こちらの状況を書庫から見ていたカイエンとユウはそんな風に言って眉根を寄せる。二人は仙術の源流というか、ゲンライの流派にとっては開祖的な立場だからな。護符の質の高さから天使達にかかっている封印の強さに想像が及ぶようだ。
「ですが……これで問題はないようですね。封印は解けているので、後は自然回復が期待できます」
仮想循環錬気で状態を確認すると、封印の反応も消えているのが分かる。
「ああ……! それは何よりですね……!」
「良かったであります……!」
「うんっ」
レブルタールが笑顔になると、リヴェイラとユイも明るい表情で頷く。
「では、このまま続けていきましょう。護符は沢山あるので……他の方々も同じぐらいの消費で済むなら足りると思います」
護符は餞別やら何やらで沢山貰っているからな。護符の所持枚数と解除術式が必要な人数は確認済みだ。全員の封印解除分の護符を所持しているので、このままのペースで解除作業が出来るなら問題なく全員の封印を解除できるだろう。
「しかし……相当高度な術式をいくつも併用しているようですが、消費魔力が膨大になりませんか?」
「ご安心を。マジックポーションも持ち込んでいますので」
レブルタールにそう言って笑うと、目を瞬かせる。
封印の解除術式は1人1人に対して術式の多重展開になるという事も分かっていたからな。単体で完結した術ではないし仮想循環錬気や隠蔽術も併用してデコイを仕立てているので……簡単に悪用される事も無いだろう。
そんなわけで、問題なく解除も可能だと分かったので保全部隊の護衛達が受けた封印を順番に解除していく。早めにマジックポーションを飲んで、継続して魔力回復しながらの作業である。
そうやって進めているとみんなも流れが分かってきたのか、ユイやリヴェイラは護符が燃え尽きる前に次の護符を準備しておいて丁度良いタイミングで渡してくれたりと、作業の補助をしてくれるようになった。
「――よし。この方の封印の解除が終わったらプルネリウスさんの所に向かいましょうか」
暫く作業を続けていたが護衛側の封印解除作業も最後の1人となり……そして終わる。
「何時目を覚ましても大丈夫なように注視しておきます」
「では、よろしくお願いしますね」
と、護衛役達を看病していた天使とレブルタールが笑顔で受け答えする。
リヴェイラも護衛役の顔を一人一人覗き込んだりしていたが、やがて頷き、俺達と共にプルネリウスの所へと向かう。
プルネリウスは神格者なので冥精達と魔力波長が違うが、天使達と同じ方法で封印の解除ができるというのは迷宮核のシミュレーションで確認済みだ。
というわけでプルネリウスについても同じように封印を解除するための手順を進めていく。最後に仮想循環錬気で状態を見て、問題がないことを確認する。リヴェイラは固唾を飲んで見守っていたが、俺が振り返って「終わったよ」と伝えると安堵の表情で胸を撫で下ろしていた。
「これで一先ずは全員でしたね」
「はい。後は回復を待ちながら注視しておきましょう」
レブルタールに確認すると真剣な表情で首を縦に振る。
「その……ここで待機していても大丈夫でありましょうか?」
そのやりとりを見ていたリヴェイラが言った。
「そう、ですね。プルネリウス様もリヴェイラさんが無事だと分かれば安心して頂けると思いますし、話も早いかも知れません。問題はありませんよ」
「私も……リヴェイラちゃんと一緒にいて良いかな?」
ユイが首を傾げて尋ねてくる。
「んー。ユイが一緒にいてくれるなら安心かな。書庫で調べ物を進める予定だったから、こっちにもハイダーかシーカーを置いておけば万全だと思う」
「では、こちらからももう一人配置しておきましょう」
と、レブルタールと頷き合う。休みながら待てるように机と椅子も持ってきてくれるとの事だ。
「ありがとう……!」
「ありがとうであります!」
ユイとリヴェイラが揃ってお礼を言う。その様子にグレイス達やレブルタール、ヘスペリアは微笑ましそうに表情を綻ばせていた。
うん。では調べ物を進めていくとしよう。目覚めるまでの時間は分からないが、そうした作業をしている内に古文書の解読も終わるかも知れない。