番外980 昏睡の理由は
保全任務に同行して護衛する面々は、仕事ぶりや当人の性格を鑑みて、まずは連絡要員であるとか、洞穴には実際立ち入らずにできる仕事を割り振ったりしていくようだ。
「任務上知り得た事を伏せるとか、守秘義務については徹底されているようね。何時の時代も、最初にしっかりとその点を伝える事を手順にしているようだわ」
ステファニアが資料を見ながら言う。かなり初期の段階からその点については決められていたようだ。保全任務の最適化、改善案等はあるにしても古い時代からそうだったという事は、その点が重要な事の一つ、という事なのだろう。
と言っても、冥精達は精霊なので、そういう約束事を守るという点については信頼度が高く、冥府の為になる事なら裏切るという事も考えにくい。それでも伏せるというのは……何か理由があるのだと思われる。恐らくは……その部分が核心でもあるのだろうけれど。
「ん……。この記述は? ――今回は施設の状態把握が遅れた事で、少々の問題が生じた。これに対する方策も考えなければならないが……幸いな事に冥精にとって、相性そのものは悪くない」
ローズマリーが資料を読み上げる。古代の文字で書かれた文章をそのまま読んでも翻訳の魔道具によって、俺達にとっては普通の言語として認識される、というわけだな。
「冥精は現世の精霊と違い、負の想念に対する耐性が高い。故に相性が良いと言えるし、悩みを抱える亡者達の想いも余さず受け止める事が可能なのだ。今回の事態を早期に収拾した友らに感謝を。そして……士気を高める意味でも、宴のような催しが必要かも知れない。これから我らが誇りを持って冥府を維持していけるように」
保全任務でも断片的に情報が伝わってくる部分はある。作業日誌のように記録を残しているが、こういう所感が残っているというのは、それだけその時の保全任務が通常とは違った、という事なのだろう。
「肝心な部分は伏せられているけど、相性だとか負の想念に対する耐性と記述してあるのを見るに、対処が遅れると黒い怪物が生じる、という事なんじゃないかな」
「手順通りにいけば安全とは言っていましたが、護衛をつけている理由も分かりますね」
俺の言葉を受けて、グレイスが言った。保全任務は定期的に行われるようだが、この事件をきっかけに確認頻度を増やす等の対策が取られたようだしな。
「この事件が、あの昇念石を使った術式の開発に通じているというのは有りそうです」
「確かにな」
エレナが言うとパルテニアラが頷く。
「この保全任務について記述した人物は――誰なのかな? やっぱりプルネリウスさん?」
イルムヒルトが首を傾げる。
「んー。時代時代で筆跡が違ったりするね。使われている文字も時代に沿って変化しているし。そうなると、護衛任務をしていた天使達の内の誰か、かも知れない」
冥精達は代替わりもするしな。そう考えると筆跡や使われている文字が変遷していく辻褄も合うだろうか。
『とりあえずプルネリウス様が留守の間の対応策は……ディバウンズ様が書面で受け取っていたようです』
「なるほどね」
シェスケルの言葉で分かった。それであの黒い靄――鬼火達に対応する術も周知されていたわけだ。出現の仕方や範囲までは冥府側も把握していなかったようではあるが。
洞穴の奥での白い光を含めて、今まで無かった新たな事態が進行中、なのかも知れない。
さて。今の状況であるが、レブルタールがティアーズを連れて上層のあちこちを回り、それをリヴェイラが眺めて記憶を戻そうとしていたり。同時並行的に作業は進んでいる。
俺もみんなが調べ物をしている間に古文書を映像情報としてウィズに記憶してもらっているところだ。
ティエーラは「解析作業ももうすぐ終わるようですし、古文書の記憶が済んでも、迷宮核に向かうのはその作業が終わってからで良いかも知れませんよ」と教えてくれた。
俺が冥府に行って留守にしていたからかな。みんなと一緒にいる時間を増やせるようにティエーラが気を遣ってくれたような気がする。俺としてもみんなとの時間も、そうした気遣いも嬉しい事ではあるかな。
ティエーラも迷宮核と遠隔で一部の情報を受け取ったりと、迷宮管理者としてできる事を増やしていたりするようだな。
「今、解析作業も終わった、みたい」
と、コルティエーラが伝えに来てくれる。
「そっか。それじゃあ残りの部分を記憶したら解析作業に行ってこようかな」
「分かりました。資料からの情報収集はこのまま進めていきますね」
アシュレイが応じてみんなも頷き合う。資料の読み込みについては順調だし、このまま任せておいて大丈夫そうだ。シェスケルからの情報では罠が仕掛けられた本というのは上層の書庫では心当たりがないようだし、そもそもハイダーやシーカー達を通して間接的に本を読み進めている状態だし、危険性は少ないだろう。
古文書の記憶が一通り終わったところでティエーラと共に迷宮核に飛ぶ。
――まずはウィズの記憶した映像を迷宮核に入力するところからだ。ウィズとの五感リンクで映像情報を迷宮核に渡し、後はそれを分析していく。
暗号の方向性であるとか頻出する単語であるとか。古代文字自体の情報が迷宮核側に集積されていないかといった具合だな。
その作業は迷宮核に任せて、代わりに分析の終わった昏睡した面々のデータを見せてもらう。リヴェイラの受けたダメージと照合をしたり回復手段を考えたりしていくわけだ。
「これは――」
迷宮核の渡してきた分析データを見るに……既存の術式から効果が近いものを探すのなら、封印術に近いのではないかという推測を伝えてきた。
封印術。確かに冥府であればベリオンドーラやシルヴァトリアの魔法技術が伝わっていても何も不思議はない。あくまで近い、だから別系統から似た術式が開発されたとか、源流が同じでも冥府に伝わってから独自の発展を遂げた、という事も有り得るが。
出自、来歴は不明であるが何かしらの条件を満たした対象を、封印する事で眠りに落とすというものだろう。
条件――例えばあの白い光に触れるとか、特定の空間に踏み込んでいるとか、色々考えられるな。
『どうも洞穴の奥に行った保全部隊が受けたのは、封印術に近いものみたいだ』
通信機で作戦室のみんなに伝えると、驚きの表情が広がった。
『誰かが保全部隊に仕掛けた罠というのも考えられるけれど、術の性質からすると施設にそういう防衛機能が備わっていても不思議ではないね。目的が侵入者の対処向けなのか、施設にいる何かを眠らせておくためなのかで、また話も変わるけれど』
『ん。亡者にも冥精にも効果がある術だから判断が難しい』
通信機の文面を見たシーラが腕組みをする。
『けど封印術に近い性質なら昏睡からの回復だけなら……何とか対策を講じられるかな』
ただ、リヴェイラの場合は俺達が救助して回復したので、封印による昏睡状態の持続という症状が見られなかった。
受けた衝撃によるダメージに起因して記憶喪失になっているのなら、昏睡から回復させるのと同じ方法でリヴェイラの記憶を回復させる事はできないな。
これらの分析結果を材料にしても、リヴェイラの状態については不明な点がある。封印を受けた状態とはまた違うので、比較ができないから分析も進まない。
リヴェイラについては……上層を見て回って、思い出せないまでも記憶に刺激を受けている様子だから、このまま何かの拍子で戻る、という事も考えられる。はっきりこれと、打つべき手が見つからない内は自然回復を待つしかない、とは思うのだが。