番外977 ひと時の安らぎを
書庫では、司書役を担っている天使が古文書の解読や保全任務に関連する書籍の収集作業に当たっており、俺達が書庫を訪れた時も作業中だったようだ。
「解読に応援が来るというのはテオドール様達の事だったのですか……! いや、お噂はかねがね耳にしております! 私は書庫で司書役を担っております、シェスケルと申します……!」
レブルタールが俺達の事を紹介すると、司書であり、解読班のリーダーであったシェスケルは感激した面持ちで言う。天使達は割と個体ごとに性格の違いもあるようだが、シェスケルに関しては結構明るい印象があるな。
「よろしくお願いします」
というわけでこちらも自己紹介をしていく。記憶回復、昏倒からの治療、古文書の解読がこれから行っていく作業になると思うので、書庫ではシェスケルとも一緒に作業する事になると思う。
プルネリウスが収集していた書籍以外の関連書籍についても、既にシェスケルがある程度書庫にあるものを目録から纏めて、集める作業をしてくれていたようだ。
「――というわけで、保全任務に関する過去の記録は、プルネリウス様が閲覧していた物以外にも幾つか見つかっております。貸し出しの記録も残っておりますがこれらを過去閲覧しているのもやはりプルネリウス様ですね。保全任務が時代時代を跨ぐので、備忘録として使っておられたのだと思いますが」
冥府で保管されている書物に関しては公的な記録物と亡者達が書いた物に分かれるそうだ。保全任務の記録等は前者に当たる。後者――亡者達の書いた書物に関しては、生前の技術を記したものであるとか、魔導書のような実用物から、物語や詩集のような内容であるとか、かなり多岐に渡るそうな。
『亡者達の書き残した書物は中々興味深いわね。今は他に優先するべき事があるから目を通している暇もないけれど』
「事態が解決した後なら自由に閲覧できる時間も取れそうですね。書物を書いた方々も後世に伝えたい事があったからなので、きっと生者である皆さんに目を通してもらえるのは喜ぶかと」
レブルタールがそう答えると『それは――俄然やる気が出てきたわね』と言って、にやりと笑うローズマリーである。
『ふむ。あたしも自分の技術を纏めて、お前に渡せそうなものは渡すってのは良いかも知れないな』
リネットも今のやり取りを聞いて思案を巡らせている様子だった。リネットに関しては独自の魔法技術を有しているからな。その辺を誰かに伝えておきたいと思うのは研究者畑の者の人情というものかも知れない。
さて。シェスケル達、解読班が進めていた作業についても色々と聞いてみるが……過去の保全記録については中々肝心な事が書いていないらしい。過去の保全任務と比べてどうだった。次回はこんな注意が必要で何を準備しておいた方が良い、といった内容なのだそうな。
「今現在は古文書の解読が難航しているので、保全記録を過去に遡りつつ手掛かりを探している、という状況ですね。洞穴の前に待機班を用意する事等々、現在の手順になる過程も判明しているので、分かっている事については纏めておきましょう」
「ああ。それは助かります」
「それから、肝心の古文書に関してですが――古代の文字で書かれている、というだけではないようで、どうも暗号化されている節があります。解読が難航しているのはその辺も理由ですね」
シェスケルが言う。書庫の机の上には解読班が悪戦苦闘した形跡――メモ書きが残っていたりして。
環境の変わる現世に持ち込むのは本が傷んでしまう可能性もあるし、情報を可能な限り伏せようとしているようにも見えるからな。迷宮核に持ち込んで解析というのは少し考える必要がある。
中継して迷宮核にデータ入力して暗号解読を行うという手もあるが……プルネリウスの私室に暗号解読用のアンチョコがある可能性も探っておきたい。
解読よりは――確実に事情を知っているであろうプルネリウスや冥府の女王の治療を行ったり、知っている可能性があるリヴェイラの記憶を戻す方がやはり確実かも知れないな。優先度としても治療の方が高いというのは言うまでもないし。
というわけで、その辺の事をレブルタールやヘスペリアに話して、一旦現世側に戻る事等、方針を説明していく。
「――ですので、解析可能な設備を利用するために一度現世に戻ろうと思います。記憶の回復、及び昏睡からの回復を最優先として動いていきますが、解析作業の間に解読も可能な限り進める事にしましょう」
「わかりました」
「では、私達は書庫での解読を手伝いながら待っているとしましょう」
カイエンが言って、ユウと揃って穏やかな笑みを見せる。
「私は――どうするべきでありましょうか?」
リヴェイラが首を傾げる。
「私達としてはリヴェイラさんの行動は自由にして頂いて構わないと思っていますよ」
「ここで行動に制限をかけると信頼関係に水を差しかねないものね」
レブルタールとヘスペリアは顔を見合わせて頷き合っていた。
保全任務におけるリヴェイラの役割が分からなかったから、その辺の事がはっきりするまで行動を制限するという考え方もあるのだろうが……俺達はリヴェイラの味方をしているからな。行動に自由を認める方が良い結果になるし、リヴェイラ自身の事も信じるという判断なのだと思う。
では――書庫にサウズを残して一旦現世に戻るか。まず解析作業を進める為に迷宮核に収集したデータを送り、それから解読の手伝いとしてシーカーとハイダー、改造ティアーズ達を援軍として冥府に送るとしよう。
『シーカーとハイダーはセシリア達に言って集まってもらったし、対応する水晶板の用意も進めて貰っているわ』
ステファニアが教えてくれた。フォレスタニア城の様子を見てみれば、シーカーとハイダー、改造ティアーズ達が出撃準備を終わらせていつでもいける、というようにこちらに向かってテーブルの上で手やマニピュレーターを振ったりしているところだった。うむ。
そんなわけで、冥府に同行した面々と共に一旦現世に戻ってくる。ユイ達には先にフォレスタニア城に向かってもらい、まずは予定通り……迷宮核に向かって収集したデータを預ける事にした。ここから解析を進めて治療法を確立させるというわけだ。
リヴェイラの記憶は戻らないが、刺激になっているのは間違いない。記憶を戻す手伝いをする為にも解析作業を進めて行かないとな。
そうして、俺とウィズが記憶しているデータを迷宮核に移して、術式の海内部から意識が肉体へと戻ってくる。
「もう、大丈夫ですか?」
作業が終わるのを待っていてくれたティエーラが尋ねてくる。天弓神殿にティエーラとヴィンクルが迎えに来てくれたのだ。
「うん。必要な情報は渡したから、後は解析結果を待つだけだね。また内部で作業をする必要もあるけれど」
「分かりました。では、フォレスタニア城に戻りましょうか」
俺が頷くとヴィンクルも声を上げる。ティエーラは迷宮の補助を受けて、俺とヴィンクルごとフォレスタニアに転移させてくれた。
転移の光が収まると――フォレスタニア城の作戦室前に俺はいた。
「ただいま」
扉を開いてそう言うと、みんながこちらに顔を向ける。
「おかえりなさい……!」
「ん。おかえり」
「おかえりなさい。みんな無事に戻ってきて安心したわ」
グレイス達が明るい笑顔で俺を迎えてくれる。ああ。うん。そんなに長く離れていたわけではないが、安心したというか。
やはり行先が冥府だと俺もみんなも構えてしまうところがあるというか。こうして無事に戻ってきて、みんなに迎えて貰えるのは嬉しいものだ。