番外976 冥府の書庫へ
「冥府にこれほど古参の方とのお知り合いがいるとは」
「さすが、テオドール殿だね」
と、レブルタールとヘスペリアがにっこりと笑う。ユイもそんな反応ににこにこと我が事のように嬉しそうにしているが。
「まあ、幻影劇を通してお二方に伝わったと言いますか」
この辺の事はあまり説明していなかったので掻い摘んで事情を説明しつつ、自己紹介もしていく。
「――というわけで劇として脚色した部分があり、少し恐縮なのですが」
「いやはや、よく調べたものです。ですが大まかな流れで合っていれば良いのではないでしょうか」
カイエンが上機嫌そうに笑う。
「ありがとうございます。八卦炉と、ユウ陛下の墓所から見つかった宝貝については、フォレスタニア城でお預かりしています」
「それを聞いて安心した。改めて礼を言おう」
「あれらについては心残りでしたからな」
ユウとカイエンが揃って自分の拳をもう片方の手で包む――包拳礼をしてくる。それから、シュンカイ帝の事もよろしく頼みますぞと笑う。ゲンライとレイメイ。シュンカイ帝達は辿っていけば二人の王と同門だしな。陛下のような敬称もいらない、との事だ。王であったのは過去の話だからという事らしいが。
「ふむ。テオドール達は俺の事を知っているから分かると思うが……生前の行いが良いというわけではなかったし、とても善人とは呼べないので、ここにいる事を疑問に思っているかもしれないな。俺の場合は……現世の者達が慕ってくれていた。西方側の中層、下層で言うレイス達と同じようにして生前の業を払い、圧政を敷いた王に立ち向かったとして、上層に迎え入れられたというわけだ」
と、ユウが教えてくれた。ああ。草原の王であるユウに関しては、当時は本当の事情を知る者も多かっただろう。ユウの出身である草原の民は勿論として、カイエンの配下となった者達にも、元々ユウの配下だった、という者は多いかもしれない。
ユウ自身の自分への評価と周りの見る目は別だ。カイエンの治世にしたって、ユウが初めに兵を率いて立ち上がったからこそ、暗君を打倒する下地ができたという部分はあるし、結局、内心の意思や善良さだけでなく、生前に何を成したかも重要になるのだろう。それにしても、レイスという期間を経てから上層に迎える、か。
『本当の事情を知っている当時の方々は――やはりユウ様の追悼も行っていたのでしょうね』
エレナが思いを馳せるように目を閉じると、カイエンとユウは首肯する。
「ふふ。ユウの気持ちを無駄にしないように真相を伏せるという事と、冥福を祈るという気持ちは矛盾しないと申しますか、臣達の気持ちを汲むならば、寧ろそうすべきでしたからな。世間に対しては祟らぬようにという名目で命日には慰霊を行ったりはしておりましたぞ」
カイエンが楽しそうに笑う。なるほどな。ユウを慕う者達が多かったから、神格化されたわけだし、そうした下地があったなら尚更か。
ユウが若者の姿なのに対してカイエンが老人の姿なのは――まあ王として善政を敷いて天寿を全うしたからか。民達のイメージも聖王はこうした柔和な印象があるという事も関係しているのかも知れない。
『それにしても……レイスから上層に迎えられるという形もあるのですね』
「ヴァルロス殿やベリスティオ殿達は――そうなる可能性もあるか」
アシュレイの言葉に、テスディロスが真剣な表情で言う。んー。まあフォレスタニアの神殿で祀ったりしているからな。魔人達の冥府での立ち位置や現世での神殿等の事情を考えると、たしかに、そういう可能性も十分にある。
とはいっても、今までの色々な出来事から考えると、ヴァルロスやベリスティオはまだ現世に留まって、俺との約束を見届けているように思うが。
そんな調子でみんなと話をしながら、まずはレブルタールとの循環錬気に移る。
「これから行うのは――循環錬気と言ってシルヴァトリア王国の魔法技術で、対象と自分の魔力と生命力を増強する、というものですね。これにより神格を持つ方の状態を比較検討する事で、昏睡しているプルネリウスさんの治療に繋げよう、というわけです。冥府の方々と循環錬気を行う場合は、通常のものと違って間接的になるので僕自身への増強効果はありませんが、危険性はないようです」
と、前置きをしつつ仮想循環錬気をレブルタールと行っていく。カイエンもユウも仙術の源流を使うし、ユウ自身も技術者であるから、こうした魔法技術には興味津々といった様子だ。
そうしてレブルタールと検証作業を行っていくと……昏倒している天使達との相違点も幾つか見受けられる。ここから昏倒している原因――術式の作用等を解析して逆算から原因を取り除こう、というわけだ。
「下層の騒動については我らも耳にしている。神格を有する者も危険という事で直接的な解決に動くのが難しそうではあったが……」
「テオドール殿の解析が上手くいけば、或いは昏倒の危険性そのものを防ぐ事もできますかな」
「その辺りは……首尾よくいけば、というところですね。対策ができたとしても準備と時間の兼ね合いも出てきますし、大人数での対策班を結成して洞穴に突入、というのは難しくなる可能性もあります」
ユウとカイエンの言葉にそう応じると、冥府の面々は少し思案しているようであった。中層にも影響が出た事を考えると、そこまで悠長にも構えていられないからな。対策は必須だが時間をかけ過ぎても良くない。
ともあれ、仮想循環錬気を二人とも行っていくとしよう。
まずはカイエンから。続いてユウと循環錬気を行う。二人は死後も相当研ぎ澄まされた魔力を有しているようで神格化してからの暮らしも長いとは思うが、衰えはないようだ。
それに……これならプルネリウスとの比較も、問題なくできそうだな。
そうやって循環錬気を済ませた後で、俺達は中央の塔にある書庫に案内されて移動する。カイエンとユウも手伝える事があるなら、と同行を申し出てくれた。
「過去の資料については――プルネリウス様の私室からそれらしき書物が見つかっていますね。古文書だけでなく過去の保全任務に関する記録も纏めてあったので、任務の遂行にあたり過去の事例を確認していたものと思われますが……肝心の古文書については解読ができていない、という状況です。解読ができれば年代が特定され他にも参考になる資料を見つけられるかも知れません」
レブルタールが教えてくれる。なるほどな……。
ともあれ、それらの書物については中央の塔に移されて纏めて置かれている、との事だ。古文書の解読も重要だが、読める文字で書かれた資料についても目を通して、予備知識として持っておいた方が良いだろう。
「ふむ。上層で日常的に使われている文字なら読めるのでお役には立てそうですな」
「気になる点があれば教えて頂けたら幸いです」
カイエンの言葉に答える。二人とも術者だし生前、修羅場を潜った経験も豊富だ。
そう考えると資料から重要な点を読み取って的確に伝える、等は二人としても得意分野かも知れない。
書庫は――中央の塔が存在する浮遊島の、地下部分にある区画のようだ。冥府が今の形になってからどれほどの時間が経ったのかは不明だが、相応にというか相当な資料、書物が溜まりに溜まっているらしく、巨大なホール内部に所狭しと書棚が並んでいた。
『これは壮観ね』
と、ローズマリーは上機嫌そうに言う。ローズマリーが嬉しそうなのでマルレーンもにこにことしているが。
「援軍としてハイダーとシーカーも連れてきて、現世でも解読できるようにしようか。どっちにしても一度解析結果をそっちに持ち込まないといけないし」
中継器を通せば現世の色んな面々に知恵を借りる事も出来るだろう。