番外975 神格を持つ者
プルネリウス以外の意識を失っている護衛達の所にも見舞いと診察に向かう。
全員中央の塔で回復の為の処置を施しつつ、経過を見ているそうだ。精霊界だけあって、冥精達が手傷を受けた場合も回復させる方法が確立しているのだとか。
「とはいえ、そうした方法を使っていながら意識が戻っていないのが問題なのですが」
レブルタールは眉根を寄せる。プルネリウスや護衛達を回復させられない事にレブルタールとしても口惜しい気持ちがあるのだろう。
部屋に入ると、天使達が寝台の上に横たえさせられた状態で眠っているのが目に入ってくる。床全体に魔法陣が描かれており、部屋全体に清浄な魔力が広がっているようだ。それによって天使達の回復を早めているのだろう。
魔法陣は構成と実際の状況から察するに――場の浄化と共に、想いの力を集めて精霊の力を高める、というものだろうか。
となると、別のどこかで回復の祈りを捧げたりしている面々がいるのかも知れない。祈りの対象となる精霊の力を高めて養生させるための術式なので、俺達が立ち入る事に問題は無さそうだ。
「魔法陣の中に入っても大丈夫ですか?」
「はい。精霊の力を高めるものですが、術式の内容から考えると対象以外に影響はないと思うのでどうぞ」
確認の意味を込めて尋ねるとレブルタールから許可が貰えた。というわけで内部に立ち入り、順番に仮想循環錬気を用いて状態を調べていく。そうして循環錬気で得られた情報はウィズが残らず収集してくれているので、後で迷宮核での解析に用いる予定だ。
俺がそうして診察をしている間に、リヴェイラも護衛達の顔を一人一人見ていく事にしたようだ。ユイやガシャドクロと一緒にリヴェイラはまじまじと顔を覗き込んで、記憶を戻そうと努力をしているようだ。
「色々と胸の奥に何とも言えない気持ちが広がるのでありますが……それを言葉にしにくくて……」
記憶がないのに感情は刺激される、か。
「仲間として大切に思っていたのかも知れないね」
こうして意識が戻らない事や、思い出せない事、記憶の断片が刺激してくる感情が相まって……それでもどかしいような複雑な感情を覚えてしまう、というのは有りそうだ。
「そうだとしたら、リヴェイラちゃんの記憶にも刺激になっている、かな?」
ユイが少し心配そうな表情で言う。
「そうだね。記憶が戻る手助けになっているかも知れない。でも、焦って無理はしないようにね。その為に治療の手立ても考えているわけだし」
そう言うとリヴェイラはこくんと頷いた。よし。では診察を続けていこう。
天使達は女性型も男性型もいて。比率としては女性型の方が多い、かな? レブルタールも女性型だし。
その一人一人を確認していき、一先ずの診察を終わらせる。
「比較検証を行う為に天使の中からも、誰か循環錬気を行いたいのですが」
「では、私が。先程仰っていた、神格を有する方との比較についても連絡をしているので、誰か協力して下さるのであれば、そろそろ返答等も来ている頃合いではないかと」
と、レブルタールが即答で応じてくれる。
「ありがとうございます。それなら、書庫は後回しにして、一旦部屋に戻った方が良いかも知れませんね」
「私も全員のお顔はしっかりと拝見したであります」
リヴェイラが言う。では、部屋に戻り、返答の内容に合わせてレブルタールとの循環錬気も行っていこう。
「是非テオドール様に協力したいと仰る方々がおりまして、これから中央の塔に赴くとの事です」
と、伝令に行っていた天使が協力要請に関する結果を俺に伝えてくれる。
「助かります」
そう言って部屋で腰を落ち着ける。レブルタールとの循環錬気についても、説明を兼ねて協力してくれる面々の前で行うのが良いだろうという事で話が纏まっている。
『警備の天使達の様子はどうだったんだ?』
中層で待機しているリネットが尋ねてくる。
「これからの比較検討と分析が済むまでははっきりとした事は言えないけれど、多かれ少なかれ、リヴェイラが受けたのと同じような衝撃を受けているのは間違いなさそうだ。迷宮核でリヴェイラの傷を分析した時の痕跡に近いものがあった」
『やっぱりあの白い光が原因なのかしら』
「多分、ね」
表情を曇らせたステファニアの言葉に答える。浴びた相手を昏倒させてしまうような特殊な効果が付随されている可能性を危惧してアイオーンも結集させているようだしな。
意識が戻った者が他にいないので、リヴェイラの記憶喪失があの白い光の特殊効果に起因するものかどうかは分からない。
ランパスのような小さな身体だと、同じ衝撃でもより大きなダメージになったりもするだろう。副次的にそうなってしまった、という事は有り得る。
俺としては神格を持つプルネリウスと天使達で構成された保全任務に、ランパスであるリヴェイラが混ざっていた、というのがやや気になる。
そのあたりの事情は未だに不明だが……ランパスか、或いはリヴェイラ個人でないと出来ない事があった等という事は考えられる。推測の域は出ないのだが。
そんな話をしていると、扉をノックする音が響いた。こうした作法というか手順の踏み方は……現世のそれが常世でも採用されたりするのだろうか。
「開いていますよ。どうぞ」
そう返答をすると、案内役の天使がお辞儀をして、協力してくれるという神格者の面々を案内してきたと、部屋に引き入れてくれた。
部屋を訪問してきたのは二人の男だ。1人は柔和そうな白髪の老人。もう1人は精悍な印象の若い男であった。どちらも神格を有しているだけあって、強い魔力を秘めているようだ。身体も半霊体で構成されているようではあるが。
「初めまして、ですな。テオドール殿。お会いできて嬉しく思いますぞ」
「境界公とお見受けする。お初にお目にかかる」
と、二人はそう言って、俺の顔を見て明るい笑みを浮かべた。その表情に、何か意図を込めているように感じられて――。
「ああ。もしかして貴方方は――」
「お察しの通り。私はカイエンと申す者です」
「キョウ氏族の生まれで、ユウという。ここ最近の事について、礼を言いたいと思っていたところでな」
「冥府を訪問しており、協力者を求めていると聞き及び……喜んで志願させてもらったというわけですな」
二人が名乗ると、事情を知っているフォレスタニア城の面々も驚きの声を上げていた。
――聖王と、草原の王……。二人はいずれもホウ国では神として祀られているから、冥府上層にいても不思議ではないと思っていたが……まさか向こうから訪問してくるとは予想していなかった。冥府上層は――東西等に分かれていないのかな? 上層に来られるだけの面々がそれだけ少ないという事なのかも知れないが。
「初めまして。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します。後世になって、許可もなくお二方の事を劇にしてしまった事はお詫び申し上げます」
「構わない。というか、寧ろ、その事についての礼を言いたくてここに来た」
「その通りですな。ユウについては誤解をされている事も多かったのですが、テオドール公がかなり正確な情報を広めてくれたお陰で、届く想いの質も変わっておりましてな」
草原の王であるユウについては元々軍神や兵器神、部族の英雄と見る向きもあったそうだが……荒神や祟り神の類とする見方も強かった。そこを幻影劇で補ったというわけだ。神格を持つ面々は現世の様子を覗き見ることもできるから……そこで俺の事を知ったというわけだ。