番外973 禁忌の地
「プルネリウス様は様々な術にも通じている方ですからね。冥府下層の洞穴に女王陛下が遣わした理由も分かります」
天使長のレブルタールが、プルネリウスが動いた理由を教えてくれる。
「下層に降りる理由については何か周囲に言っていなかったのですか?」
「重要施設があり、その保全を怠ると今回のような出来事が起こる為に、直接降りて手を加える必要があるのだと仰っていました。保全自体は定期的に行われているもので、危険は少ない、と言っていたのですが……」
なるほどな。保全を疎かにした時の出来事自体は知られていたわけか。
「では、僕達が中層で見たあれらについては、存在そのものは知られていて対策も取られていたと」
「そうですね。あれは生物でもなければ……何かの霊魂でもない。負の感情、そうしたものが何かに呼応してああした形を取って現れる、と言われています。あれほどに神出鬼没とは思いませんでしたが」
……なるほどな。撃退した時に環境魔力が浄化されていたのは昇念石を利用した術だけではなく、その辺も理由になっているか。
中層で負の感情を最も発散させているのは嘆きの門付近の新参の亡者達。続いて街角を放浪している忘我の亡者達、か。鬼火達の出現地点に偏りがあったのは……その辺が理由になるか。
『それは何というか……あれの材料が中層の亡者達が蓄積させた負の感情であるというのなら、もっと沢山の化物が出現した洞穴前はどうなっているのか、という話になるわね』
ローズマリーが眉根を寄せる。確かに……下層はもっと大量に、様々な形の化物が現れたと聞いている。
『下層全体の負の感情が呼応しているのか、或いは洞穴の奥に何かがいて、そいつの負の感情が原因となっているのか。……冥府の成り立ちや仕組みに起因する現象という考え方もあるかな』
カドケウスの通信機を通して俺の推測を伝える。フォレスタニアのみんなや中層でこちらの様子を見ているリネットは、揃って真剣な表情で頷いたり思案しているようだった。
「いずれにしてもあの場所は下層にあり危険が予想される場所なので……罪人に伝わる事がないように情報漏洩には気を遣う必要がありました。必要のない場面で詳しい事情を話せなかったのはその辺に理由があります。ヘスペリア達に心配をかけてしまった事は申し訳なく思っていますが」
「大丈夫だよ。レブルタールもいきなりの事で大変だったと思うし」
ヘスペリアはにっこりと笑って応じる。
冥精やレイス達、それに中層の亡者達に悪意がなくとも下層の罪人となるとその限りではない、か。悪意を以ってそれとなく聞き出そうとしたり、事態を利用しようとしたりという事は有り得る。下層に収監されている罪人については注意を払っておくべきだな。
「ふむ。施設の正体についてはどうなのですかな?」
オズグリーヴが尋ねるとレブルタールは首を横に振った。
「申し訳ありません。その事情を把握しているとしたら女王陛下か、保全指示を受けたプルネリウス様……。極々限られた面々になります。みだりに触れてはいけない禁忌の地、という事ですので……」
「……情報を伝える事、或いは広める事で何か問題が生じる可能性がありますね。古文書の解読を進めても、場合によっては伏せた方が良いのかも知れません」
「その可能性はありますね。仮に解読が進んでも、そう判断なされて伏せられた場合は、私達としてもそう認識して対応しましょう」
俺の言葉に静かに目を閉じて同意するレブルタールである。
上層……というか、冥府が抱えている事情については大体ではあるが、理解できたか。
「下層の、他の場所については大丈夫、なのかな? 中層でもあんなのが出てきたわけだし」
ユイが少し心配そうに口にすると、リヴェイラも頷いてレブルタールに視線を送る。
「他の場所……と言いますと囚人達と監獄の事ですね。これらの場所でも例の化物達の出現を確認していますが……下層の冥精やレイス達、それに上層からの皆の援軍が、よく対応してくれています」
それなら一先ずは安心か。条件さえ整っていればどこからでも出現する特性を持っていると判明した以上、中層にも戦力としてレイス達を戻した判断は正しかったな。
「これから僕達がしようと考えている事についてですが……まずは話にあった通り、古文書の解読を進める事は確定として、他にも幾つか手立てを考えています」
洞穴の奥にあるものの由来が分かれば対策を練りやすくなる。
それと並行して、リヴェイラの記憶を刺激できるようにプルネリウスやその同行者の見舞いをし、話ができる状態なら聞き取りをしていく、という事になるだろうか。
可能であるならば、意識が戻っていない面々の容態の診察もしたい。もし仮にリヴェイラが受けたダメージと同様の衝撃を受けてそうなっているのであれば……迷宮核で状態の比較を行う事で治療の目途がつくかも知れない。
その辺の事を掻い摘んで説明すると、天使達が顔を見合わせて明るい表情を浮かべる。
「おお……。それは素晴らしい……!」
「後手に回ってしまいましたが、プルネリウス様の意識がお戻りになれば対処法をご存じの可能性がありますね」
同僚の言葉に、他の天使達も各々大きく頷いていた。
確かにそれによって事態が収束するという可能性だって、まだ十分にあるな。
解析には少し時間がかかるとは思うが、多数の相手からデータが取れるならそれだけ比較と解析がしやすくなるし、逆に古文書からでも事態そのものの解決策や対策に限らず、リヴェイラの記憶やプルネリウス達の意識を取り戻す方法、或いはそれに繋がる情報が見つかるかも知れない。
眠ったままの冥府の女王に関しては――少なくともその辺のデータが揃ってからの方が診察する等、何らかのアクションを起こすにしても冥精達も安心だろう。
「では、書庫やプルネリウス様のところには私が案内しましょう。この会議室と隣の部屋については、滞在中自由にお使いください」
「ありがとうございます」
レブルタールに礼を言う。
「ならば、テオドールがそれらの場所に赴いている間、滞在の為の設備を整えておこう。古文書の解読や治療に関してはあまり力になれそうにないからな」
テスディロスがそう言うとウィンベルグも同意するように頷いていた。
「それじゃ、備品を渡しておくから、組み立てて配置しておいてくれるかな?」
「お任せを」
「では、私もお部屋の整備をしておきましょう」
と、笑みを見せるウィンベルグである。ヘルヴォルテも女性陣用の部屋を整えるという事で話が纏まった。デュラハンもヘルヴォルテを手伝う、というように自分の胸のあたりに手をやっている。
「その……可能ならプルネリウス殿の所のお見舞いに行きたいであります」
リヴェイラの気持ちとしては、そうだろうな。
「うん。リヴェイラとの面通しは早い方が良さそうだ。それじゃ、順番としてはお見舞いと診察を済ませてから書庫かな」
「分かりました」
レブルタールが頷くと、そのやりとりを見ていたユイが口を開く。
「私は――リヴェイラちゃんと一緒に行動するね」
ユイは――リヴェイラの護衛という事でその身の回りから離れるつもりはないようだ。ガシャドクロもユイと一緒に動く事にしたようである。
上層であっても油断せず、警戒を怠らないのは良い判断だと思う。危険性を論じるなら色々あるが、上層だからと言ってあの鬼火達が現れないとは言い切れないというのもあるしな。
ユイとリヴェイラにはカドケウスをつけ、部屋にはバロールに待機してもらえば相互の連絡と連係に問題はあるまい。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます!
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今後ともウェブ版、書籍版共々頑張っていきたいと思いますのでコミック版も何卒よろしくお願い致します!