番外972 冥府の管理者達
小天使達と挨拶を終えたリヴェイラは遠くを見回しながら、何かを思い出すように目を閉じたり、また目を開いて周囲を見回したりといった仕草を見せていた。
「リヴェイラちゃん、どう?」
「何となく……ではありますが、落ち着くような気分になるであります」
ユイが尋ねると、リヴェイラからそんな答えが返ってくる。
「ただ……記憶は戻ってこないのでありますが。長閑な光景だからそう思っているだけ、という事も有り得るであります」
リヴェイラは目を閉じて首を横に振る。心配かけさせまいとしているのか、不安げな表情は浮かべず、真剣な表情ながらも静かに伝えてくる。
「都市部や塔の中だとか、プルネリウスさん当人、それに同行していた護衛の面々に会えばまた何か分かるかも知れないね」
俺からもそう言うと、リヴェイラはこくんと素直に頷いていた。ゲートを警備している小天使も目撃しているから……リヴェイラがプルネリウス一行に同行していた、というところまでは間違いない。プルネリウスの見舞いであるとか、護衛達からの証言が刺激になって記憶が戻る、という事も考えられるだろう。
というわけで上層の中心部となる都市部へ向かおうとすると、道の向こうから二人の天使達がやってくる。頭上の光輪と鳥の翼が、実際に見ると中々にインパクトがある。
……なるほど。ヘルヴォルテに魔力波長が似ている、かな。冥精として、ワルキューレと近縁であるのは間違いなさそうだ。
「ようこそ参られました、テオドール殿。それにリヴェイラ殿、皆様も」
「歓迎いたします」
そう言って天使達は自己紹介してくる。
「これは御丁寧にありがとうございます」
一礼してから俺達も自己紹介をして、そうして迎えに来てくれた天使達と共に都市部への転移ゲートへと一緒に移動していく。
「お二人は、リヴェイラとの面識はありますか?」
ユイがリヴェイラと話をしながら景色を楽しんでいる様子なので、その間に天使達にリヴェイラの事を知っているか尋ねてみる。
「いえ。申し訳ありません」
「存じ上げません。お力になれず、申し訳ない」
出迎えに来てくれた天使達に尋ねてみると、小声でそんな答えが返ってくる。
んん……。すぐには知り合いが見つかるというわけでもないか。肩透かしになるのも悪いからリヴェイラには聞こえないようにしたわけだしな。
同じ組織に所属しているからと言っても、部署が違えば名前や顔を知らないというのはよくある話だ。やはり期待をするならプルネリウスの身の回りの者達、という事になるだろう。
浮遊島の道を進み、転移ゲートを抜けて俺達は件の都市部へと向かう。
上層では住民達も生前に近い姿をしているという事もあり、偽装する必要はないと言われた。寧ろゾンビやスケルトンの姿の方が住民達を驚かせてしまうとの事だ。
「綺麗な街並みですね」
上層の建物は中層と建築様式自体はそこまで代わりはないが、上層が明るく、白い石材で作られているので壮麗な印象がある。住民達が生前の姿を保っているという点でも全体的な雰囲気が変わってくるか。
俺の言葉に水晶板モニターの向こうでもマルレーンがこくこくと頷いていたりする。
「過去に建築を生業としていた住民がいたと聞いています。ブラックドッグ達と頑張った結果ですね」
と、天使が教えてくれた。冥府はかくあって欲しいという人々の想いが反映されるということなら、冥精達もそれに応えたのだろう。
そんな話をしながら都市の街並みを抜け、中心部の塔に辿り着く。正門から内部に入ると、そこには先程ヘスペリアと話をしていた面々が俺達の到着を待っていた。
「お待ちしておりました。私は天使長の一人、レブルタールと申します」
「ヘスペリアから話は聞いております。今回の事態に協力して下さるとの事。テオドール殿のご厚意に感謝申し上げます」
「これは――丁寧にありがとうございます」
一歩前に出た天使達がそう言って一礼してくるので、俺も一礼して応じる。
「立ち話というのもなんですから、まずは奥で腰を落ち着けて話をするとしましょう」
と、レブルタールは柔和な笑みを見せ、俺達を塔の奥の部屋へと通してくれた。先程ヘスペリアと話をしていた、会議室のような場所だな。
「本来なら食事を用意し、歓迎の意を示すところなのですが……状況も状況ですし、皆さんが生者となると、中々ままならないものですね」
「大丈夫ですよ。お気遣い頂きありがとうございます」
飲食物は受け取れないし、中層であんな出来事があったばかりだからな。早めにするべき話をして方針を決めてしまうというのが良いだろう。
「冥精の方々が親切なので僕達としては安心しています。一先ずは――必要な話をしてしまいましょうか」
そう言うと天使達も同意してくれる。と言っても、俺達がここに来た経緯についてはヘスペリアが既に説明してくれている。天使達に信用してもらう意味でも、自己紹介を交えつつこちらの事情を把握しているか確認していくというのが良いだろう。
俺に関しては冥府でも噂になっていると言っていたが……やはり魔人達との戦いやドラフデニアの悪霊退治等々、冥府でも噂になりやすい出来事に関わっている事から有名であるらしい。魔人達から俺の名前が出たりして、それで注目されて冥精達も情報を追っていたというわけだ。
「テオドール殿の行いは物語のようで、冥精達も喜んでおりましたよ。戦いの場に身を置く方ではありますが、その行いは善行ではありましたから」
「動機としては自分自身の為、と思っているので恐縮ですが」
「ふふ、実際の行動と結果が伴うからこそ尊ばれるものなのですよ」
と、冥精達とそんなやり取りを交わす事となった。
テスディロス達やヘルヴォルテも天使達から歓迎されている様子で、この辺は何よりだ。ただ、やはりこうした面々の中でもリヴェイラを知る者はいなかった。
「リヴェイラさんはプルネリウス様の身の回りのお世話をするとか、そうした立ち位置なのかも知れませんね」
レブルタールが推測を口にする。
「プルネリウスさんという方についてはお名前をよく耳にしますが、一体どういった方なのですか?」
質問すると天使達は頷いて応じる。
「理解してもらうには、経緯について説明する必要がありますね。私達は冥府を管理していますがあくまで精霊の身。生者と亡者の気持ちに寄り添い、より多くの者に納得してもらえるような対応ができているか。そこまで確信を持つ事はできません」
そこで、冥府の女王は基準となる法を元人間であった者達に求める事にした、という事らしい。つまり……プルネリウスは元々現世の出身という事だ。仁君、名君、賢君として名を馳せ、且つ死後に神格を得た者達の間で、罪に対する罰の重さを、冥精と話し合った上で定める立場、というわけだな。
プルネリウスはその中でも最古参の一人、という事なのだそうな。亡者達の処遇に際し、決められた法だけでは判断に迷うような内容の場合に何人かで合議と精査が行われたりするそうで。最古参という事は様々な例を見て来ただけに他の者達からも一目を置かれるとか。
……実質的に冥府の裁判官か。或いは法を定める立場という事なら為政者かも知れない。あくまで亡者達に対する法であるから、管理者という主体は冥精側にあるというのも、権力の集中のし過ぎを防止するのには良いのかも知れないな。
それに……納得のいく処遇をするには元生者だった者の意見というのは必要かも知れないな。判断を誤るかも知れないという危惧をするからこそ、そうした体制を整えているのだろうし。
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