番外970 天使とランパス
ヘスペリアが向かっているのは都市内部の中心にある塔、との事だ。大きさも中々の規模だが、逆に城のようなものがない。中心部だけでなく、街並みの中や、浮遊島にも幾つかの塔が建築されているようだ。
『上層の管理も私達だけど、為政者というのとは少し違うからお城はないの』
「代わりにああした塔が?」
『うん。神格を有する人には、塔に限らずだけど、落ち着ける環境を選んで住んで貰ってるよ。街には、神格はないけれど生前善行を積んだ人達、善良だった人達が住んでいたりするね』
ヘスペリアが上層の事を色々と教えてくれる。神格を持つ者は向けられる信仰に応える必要があるので静かに過ごせるように、という事らしい。現世と常世で想いが互いに届きやすい……冥府の中で最も現世に近い場所であるとか。
現世と交信しやすいというか、条件さえ整えば自身に向けられる想いを媒介に現世の様子を見たり、夢枕に立ったり姿を見せたりもできるという話だ。
『でもまあ、そういう現世との交信は中層や下層でも認めていないっていうわけじゃないんだ。現世と常世の間で交差する想いっていうのは昇念石の感じにも現れるから……』
それで必要があると判断すれば現世と交信できるように冥精達が取り計らったりもするらしい。中層はともかく下層の場合は悪人ばかりなので、そういうケースはかなりレアな事例になってしまうらしいが、いずれにしても冥精達は優しいというか、温情があるというのがよく分かる。
というか……上層は――街中にいる者達も総じて生前に近い姿をしているな。少なくともゾンビやスケルトンのような姿をしている者はいない。
そんな街並みを抜けてヘスペリアが中央の塔に到着する。
『ああ、ヘスペリア』
『中層で騒動があったと聞いたけど、大事にはならなかったみたいで良かったわ』
正門を潜って内部に入るとブレストアーマーを纏った天使達がヘスペリアを笑顔で迎える。武装しているところを見るとやはり、中層での鬼火達による襲撃が影響しているのだろう。
『上層は大丈夫?』
『一先ずは。魔力に変化も出ないし兆候である鳴動も無かったわ』
ヘスペリアと天使達はそんな会話を交わす。そうしてヘスペリアは真剣な表情で頷いてから天使達に伝える。
『それでそれに関する件で……少し進展があって、相談したい事があるんだ。今から言う子達に連絡を取ってもらえると助かるんだけれど』
『いいわよ』
と、天使達が快く応じる。ヘスペリアは頷いて、そうして連絡を取って欲しい名前を挙げ、洞穴の一件の解決の糸口になるかもと、重要性も伝えていた。
天使達は仲間達を集めると、門番を交代して手分けして名前を挙げられた者達のところに飛んでいった。
その間にヘスペリアも塔の一角――会議室のような大部屋に通されて待機する。
『さっき名前を挙げたのは上層の冥精で、私が洞穴の一件に関わっているのを知っている子達で、全体像までは把握してないんだけどね』
まあ、これでヘスペリアが話を通せば事情を知る者にもそれぞれの関係者同士で話を通してくれるだろう。
そうしてヘスペリアが会議室で暫く待っていると、程無くして部屋に関係者達が集まってきた。ここにいる者達だけで全員というわけではなく、現地に行っていてこの場にいない面々もまだいるそうだが、とりあえずすぐに集まる事ができるのはこの面々、という事だそうな。ヘスペリア達は挨拶をし合ってから早速話を始める。
『例の――洞穴の件について何か分かったという話だけれど』
『うん。まず伝えておきたい事として……探していた行方不明者の内1人が見つかったの』
と、そう前置きしてからヘスペリアは事情を話し始める。その冥精の記憶がない事。だが記憶が断片的に残っていてもしかすると洞穴の事情を知っていたかも知れないという事。そしてその断片的な記憶の内容について。
関係者である冥精達はヘスペリアの話に真剣に耳を傾けていた。
『その子の記憶が重要な鍵になるかも知れない、というのは分かったわ。でもどこでその子は見つかったの?』
『うん。それについても大事なお話があるの』
ヘスペリアは頷き、行方不明者であったリヴェイラが現世で保護された、という事を伝える。
『現世で……?』
『どうして現世まで飛ばされたのかは分からないけれど、リヴェイラと一緒にいた誰かが彼女を守る為に何かしたとか、洞穴の奥での爆発が何か影響したとか……色々原因は考えられるかな。そして……彼女を助けてくれたのは――あのテオドール=ガートナーさんだよ。現世から冥府まで連れてきてくれたの』
『……連れてきてくれたって……まさか、生身で?』
天使が驚きの表情を浮かべると、ヘスペリアはにっこり笑って頷く。
『流石というか……冥府でも度々噂になるだけの事はあるわね』
1人がそう言うと、他の冥精達も驚きを露わにして頷いていた。やはり……生者が冥府にいる事が即座に問題になる、というわけではないようだな。
というのも、ヘスペリアによれば冥府の生前の善行、悪行の結果が死後に反映されるのが事実だと周知する事にも繋がると考えているようなのだ。俺の名前が冥府でも良い意味で知られていて協力的というのもあるだろうが、生者が行動を律したり、過去の行いを悔いて悪行から足を洗ってくれるならそれはそれで冥府の実情を知ってもらうのは歓迎、という事なのだろう。
『うん。でもリヴェイラはその時とても弱っていて、記憶も無くしてたって』
ヘスペリアが話を続けると、冥精達は心配そうな表情になる。ああ。こういう反応なら、リヴェイラも大丈夫か。
『ああ、うん。記憶は戻ってないけれど、今の体調は大丈夫みたい』
ヘスペリアがそんな冥精達の反応を見て付け足すと、彼女達は安心したようだ。『良かった』と笑顔を見せる者もいて。
『テオドールさんは……リヴェイラの記憶を戻す手伝いをしたいって。他にも事件解決に手伝える事があるなら協力するって言ってくれた。みんなを呼んだのは、リヴェイラやテオドールさんについての見解や意見を聞きたいからなんだ』
『ヘスペリアさんの話の進め方は色々気を遣ってくれていますね』
その様子を見て、エレナが静かに言う。
「そうだね。集まった者達の反応を見る事ができるような情報の出し方をしてくれているのが分かる」
俺がそう言うと、みんなもヘスペリアの様子に頷いていた。
上層の冥精達も概ね俺達に対しては好意的だし、リヴェイラの事も心配してくれているというのは見ていて分かる。
いずれにしても俺と同行している面々についての話をしなければならないし、リヴェイラへの対応についても聞く必要がある。ヘスペリアとしてはここから詳しい話を交えていくつもりなのだろう。
『私としては――リヴェイラの記憶は重要な事なように思うし、元気を取り戻して欲しくもある。テオドールさんの協力も心強いから……できればリヴェイラともテオドールさん達とも、友好的でありたいと思っているの』
ヘスペリアは自分の考えを述べると、『もう少し詳しく話をしていくね』と、俺と会ってからの経緯について順を追って、詳しく話をしていく。
その話に、集まった冥精達は真剣な表情で耳を傾けていた。同行者である魔人やヘルヴォルテについての話などもするが、上層の冥精達と意見が合わなかった場合の俺達の対応については伏せてくれているようだ。ヘスペリアは力になろうとしてくれているのは間違いなさそうだし、有難い話である。
この分なら上層に行ってリヴェイラの記憶を辿ったり古文書の解読をしたりも、問題なく進められそうな印象だな。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
今月、2月25日に境界迷宮と異界の魔術師の書籍版11巻、及びコミックス版1巻が同時発売予定となっております!
詳細については活動報告でも掲載しておりますが、今回は同時発売という事で作者としても大変嬉しく思っております。
こうして同時発売を迎える事ができるのも、ひとえに読者の皆様の応援のお陰です。改めて感謝申し上げます!
今後ともウェブ版共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。