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番外969 冥府上層

「映像と音声……。うん、分かった」


 中継機の魔道具を渡して使い方を説明する。水晶板モニターに自分の姿が映っているのを確認すると、ヘスペリアは笑顔で画面に向かって手を振っていた。

 塔の一角も水晶板モニターを配置、簡易の寝台も作って、そこに持ち込んだ毛布や寝袋を置く等、滞在しやすいように手を加えている。

 その他、冥府に足りない生者用の設備を隣接する部屋に配置したりしていく。


「やはりきちんとした建物だと過ごしやすく感じますな」


 と、オズグリーヴが笑う。


「今までいたのが納骨堂の通路だったからね」


 石棺の中の骨は遺骸とはまた少し違うし墓所というわけでもないが、気分的なものが違うというか。まあ、塔の方が過ごしやすいというのは間違いあるまい。


「それじゃあ、行ってくるけど……現世から来た人には、冥府の食べ物や飲み物は出しちゃだめだからね」


 と、ヘスペリアは自分が不在にしている時の注意事項を他のランパスやブラックドッグ達に伝えていた。冥精達はそんなヘスペリアの言葉にこくこくと揃って頷いたりしている。

 話題になるのは分かるけれど、亡者達には生者がいる事は伝えない事、とも念を押していた。当然ながら俺達も街を出歩く場合は偽装を続けて欲しいという事だ。


 というのも冥精達の見解としてもやはり生者がいるとなると、立ち直れずに自我を失ってしまった亡者は攻撃的に振る舞いそうだという事なのだそうで。

 上層は別として、下の階層にいる亡者達も……恐らく生者に対しては攻撃的になるだろう、との事である。


 そうしてヘスペリアは上層に出かけて行った。俺達としては様子を見ながら待つ事になるだろう。上層は特別な理由がない限り別階層の亡者の立ち入りができないので、リネットはそのまま留守番、という事らしい。折角なのでこのまま話し合いに参加してもらおう。


「では、何かありましたらお気軽にお申し付け下さい」


 マデリネという名前のブラックドッグが俺達に言ってくる。ヘスペリア不在中に俺達への対応を任されたとの事であるが、名前や声質、纏っている衣服からすると女性型のブラックドッグのようだ。

 表情からの細かな感情は分からないが、尻尾を横に振っているので割と歓迎してくれている、のだろうか。


「では、あなた達も行きますよ」


 マデリネが他のランパスやブラックドッグに声をかける。モニター越しにコルリスやティール、改造ティアーズといった面々と手を振りあっていたランパスとブラックドッグであるがマデリネの言葉に頷いてやや名残惜しげに退出していった。


『ん。良い人達』


 と、そんな様子を見てシーラが言うとマルレーンもにこにこしながら頷く。


『とはいえ、ヘスペリアもわたくし達に状況を知らせる事ができるようにしていたし、冥精達も一枚岩というわけではなさそうだけれど』


 ローズマリーが言うと、デュラハンが頷く。


『それぞれの階層ごとに事情があるから、目的は同じでも意見が分かれる事はあるようだ。階層ごとに目的や意義が異なるから優劣はないが、上層は神格を有した者達もいるからな』

「ヘスペリアとしては、リヴェイラの立場が悪くなりそうなら守ってあげて欲しいって言ってたからね」


 リヴェイラは正規の手順で洞穴に向かったが、負っていた役割や爆発の原因如何によっては責任を問われてしまう可能性がある。だが、そのリヴェイラは記憶がないので、そうした責任を負わせるのはヘスペリアとしても忍びない、というわけだ。

 リヴェイラ本人としては自分が間違ったことをしてしまったのならきちんと責任は取りたいと言っていたが、まあ……記憶がない時点では、な。


 それに、冥府の問題の後始末を俺達に押しつけてしまうような事も本来ならしたくはないと、ヘスペリアはそう言っていた。

 上層下層の意向がどうであってもヘスペリア個人としては俺達に対しては協力したいという事らしい。中継魔道具を受け入れてくれたのも、その辺が理由だ。


「今回の事は性質上、冥精や亡者達では対処できない事態、というのも考えられるからね。ヘスペリアとしては押し付けちゃ悪いとは思っていても、テオドールとの繋がりは残しておきたいって考えたんだろうよ」


 と、リネットが肩を竦める。


「そう、かも知れないな」


 ヘスペリアは申し訳ないとは思っているようだが、俺としては別にそれを不快とは思わない。

 冥府の事は誰しもが他人事ではないからな。生者だからとか冥精だからというのは理由になるまい。

 上層、下層の冥精からの協力は得られない可能性というのもまだあるが、ヘスペリアが助けてくれるというのならいくらでもやりようはあるので有難いというのが正直なところだ。


 リヴェイラの安全についてもそうだし、洞穴の調査、潜入にしてもそうだな。


 モニターに目をやれば、ヘスペリアが外壁内部を通って上層に続くゲートを潜っているところだった。

 モニターの映像が光に包まれ……そして世界が一変する。緩やかな風のそよぐ草原――そんな場所にヘスペリアは移動したようだ。太陽があるわけでもないだろうに、周辺は明るい。


 冥府上層――所謂、天国だ。現世の長閑な風景にも似ている。精霊界として人の望みが反映されるというのなら平穏で長閑な光景というのは……わかるような気もするが。ランパスが楽しそうに飛び回っていたり、石造りの建物――ゲート付近を翼の生えた子供が警備していたりと間違いなくこの場所が冥府である、という事が分かる。


「あれは天使の一種だな。下層で見たのは大人の姿をしていたから、子供の姿をした天使ってのは初めて見るが」


 リネットが教えてくれる。天使は冥精の一種であるらしい。

 ランパスの中にも大きさ等に違いがあるように、天使にも所謂キューピッドのような姿をした者と、成人した姿のものと、色々違いがあるそうだ。


『さっき、中層で騒動があったって聞いたけど、大丈夫だった?』

『みんな撃退に頑張ってくれたから、早期に何とかなったよ』

『また何か報告?』

『うん。騒動とはまた別だけど、関係のある事だね』


 といった調子でヘスペリアは天使達と言葉を交わし、ゲートから草原の方向へと繋がる道を進んでいく。空に――島が浮かんでいたりもするというか……。ああ。中層からのゲートがあるのも浮遊島なのか。魔界にも浮遊島はあったが、冥府上層は全体が浮遊する島々で構成されているらしいな。自生している植物等は……半霊体なのだろうか?


 ともあれ、天使やワルキューレが天国にいるというのなら、浮遊島で構成されていて転移ゲートでも移動できるというのは、セキュリティの高さにも繋がるかも知れない。


「そちらの光景は見えています。他の階層に行っても、きちんと中継魔道具は機能するようですね」

『うん。聞こえてるよ。これなら洞穴の中を魔道具で見る事もできるかな?』


 と、上機嫌そうなヘスペリアの答えが返ってくる。


「そうですね。アイオーンに洞穴への潜入実績があるのなら、調査用魔道具と中継機を一緒に持ち込んでもらう、というのも良いのではないでしょうか?」


 アイオーンを見ていないから何とも言えないが、ゴーレムを潜入させるという手もあるだろう。

 そうして話をしながらヘスペリアは道を進んで行き……また別の石造りの祠に入る。そこもどこかに続いている門があって……光に包まれると別の浮遊島に移動したようだ。


 一際大きな浮遊島で――祠から続く道の先に都市がある。上層……天国の都といったところか。さて。どんな人物が待っているのやら。

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