番外967 ヘスペリアの想い
「分かりました。僕も明かせる事を明かしていきます。偽名を使った事は申し訳ありません。少しばかり名前が知られ過ぎてしまったので」
そう言って――まずは隠蔽術のフィールドを展開。室内の魔力が外から感知できないようにしてから自身の迷彩を解く。広がる魔力にヘスペリアが驚きの表情を浮かべた。
「――すごい魔力。それに複数の……高位精霊の加護……?」
「はい。流石に精霊界ではこの状態では目立ってしまいますので」
と、苦笑してから「改めて自己紹介をさせて下さい」というと、ヘスペリアは驚きの表情のまま頷く。
「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと言います」
「噂に聞く境界公――」
噂、ね。やはり、冥府でも亡者から情報が伝わるから名前が伝わってしまっているか。
ヘスペリアは俺の顔をまじまじと見てくるが、すぐに気を取り直したようだ。
「悪いね。あたしもそれが良いと思ったから提案もしたし、分かっていて黙っていた」
「まあ、流石にこれはね」
リネットの言葉にヘスペリアは苦笑する。改めて騙すような事をして申し訳ないと伝えるとヘスペリアは笑って首を横に振った。
「確かにそうしないと、まともに話を進められないと思うし。うん。偽名とか魔力を抑えてるのとか、色々理由も分かるような気がする」
こちらの意図としてはその通りではあるのだが、理解を示してくれる事はありがたい。死者の国の冥精を纏めているのにフランクな性格なので、逆に色々と恐縮してしまうというか。
「だがまあ、これなら話も進められそうじゃないか?」
「確かに」
リネットの言葉に同意すると、ヘスペリアも頷いて俺に視線を向けてくる。「では――」と前置きをしてから話をしていく。
「先日、僕達は墓参りの為に、母の墓所を訪れていました。そこに……傷付いた冥精が突然に出現したのです」
「それは――」
ヘスペリアを見て頷く。
「何故その場所に突然出現したのかは……分かりません。ただあの時は墓参りの後で、みんなで過ごしていたので場の魔力が高まっていましたし、墓地である事から冥精と相性が良く、それで現世に顕現する場として引き寄せられるように流れてきた、という事は考えられます」
母さんの墓所は魂が留まっているという特殊な事情も関係しているかも知れない。
何らかの事情で魂が現世側に留まるという事も知られているが、デュラハンによればそれで冥府側が積極的なリアクションを起こす事はないそうだから、その事も安心して伝えられる。母さんのような例は寧ろ冥精側としては生前の善行を奨励する存在として好意的だし歓迎されるそうだ。
母さんの事情についても話をすると、ヘスペリアは真剣な表情で耳を傾けていた。
因みに……デュラハンは道案内役なので彷徨っている霊、悪霊と化してしまった存在を見た場合は積極的に冥府に導く役割を担う。
だがまあ、冥府の精霊という事もあって、現世側に召喚術師との繋がりがなければ現世側に常時顕現できるわけではないから、積極的にそうした霊がいるか調査して誘導するというところまでは冥府も行っているわけではないようだ。
自然に任せるならば、いくつかの条件が整った時に一時的に顕現していられる程度らしいからな。デュラハンやガシャドクロは召喚獣としての契約を結んでいるし、リヴェイラの場合は、高位精霊達が顕現し続けられるように協力してくれたから……これらの方が特殊な例だったりする。
「彼女の名前は、リヴェイラと言います。かなり弱っていて……出会った時は意識がありませんでした。高位精霊達の力を借りて回復し……程無くして意識は戻ったし現世に留まり続ける事も出来たのですが……大半の記憶がない、という事が判明しました」
ヘスペリアは洞穴の奥へと向かったはずのリヴェイラが現世側に流されてきた事に驚きつつも明るい表情になったが、弱っているとか記憶を失っていると聞くとすぐに顔を曇らせる。
「そうだったんだ……」
「律儀な性格や口調でしたから、冥府で誰かに仕えるような立場だったのでは、とは思いました。彼女が幻術の魔道具で見せてくれた記憶の断片が――こうした光景です」
幻術を使って、リヴェイラの記憶の断片を再現してヘスペリアに見せていく。どこかの建物を進んでいくリヴェイラの視点であるとか、逃げろと伝える誰かの記憶であるとか。
そして――視界を埋め尽くすように膨張する白い閃光。
「何か気付いた事はありましたか?」
そう尋ねるとヘスペリアは首を横に振る。
「ただ……リヴェイラと一緒に行動していたのは――恐らく上層の誰かじゃないかな。記憶の中にある建物も上層のもの、かも。最後の白い閃光は、多分洞穴の奥での出来事だと思うけれど」
そう、だな。リネットと話をした時にその辺の推測もしたが、ヘスペリアから見ても同意見という事なのだろう。俺達より背景に詳しいだけにその辺は多分間違いない。
「プルネリウスという名も……リヴェイラの記憶を刺激するものだそうですが」
「……その方は――爆発から免れた護衛の方が発見し、連れて脱出したと。未だ意識が戻らないそうです」
……そうか。では、塔の冥精達が口にしていた「プルネリウス様の一件」という話は、正確に言うなら「プルネリウス様の事故や大怪我の一件」か、或いはそれに端を発する一連の騒動を指す一件という事になるのかな。そうなるとプルネリウスとは別に目覚めていない誰かがいる、という事になるか。同様に爆発に巻き込まれたか、或いは何か事情があるのかは分からない。デュラハンにしてもヘスペリアにしても、プルネリウスの名は知っていても面識はないようだし。
……リヴェイラはと言えば――洞穴に同行していたらしいプルネリウスの意識が戻っていない事に、一瞬複雑な表情を浮かべるも、すぐに真剣な表情になっていた。やはり記憶が戻らないのだろうが、みんなに心配をかけまいとしているようだ。すぐ近くにユイが寄り添ったりして、力づけようともしているようだが。
リヴェイラの記憶とプルネリウスの容態……共々、上手く回復の手助けをできたらいいのだが。
「まだ、分からない事は多いけれど……ありがとう」
と、ヘスペリアがお礼を言ってくる。顔を上げた彼女に視線を合わせると、嬉しそうな笑みを見せた。
「リヴェイラという子とは面識がないけれど、私達の同胞を助けてくれたし、その子の事を心配して冥府に駆けつけてくれたというのも分かるよ。変装したり偽名を使ったりして、冥府の事情を探ろうとしていたのも、その子が私達にとって、どういう立ち位置か分からなかったから、だよね?」
「そう意図しての行動ではありました。結果として非正規の方法での侵入や、偽名を使ったり情報を伏せたりといった事になってしまったのは申し訳なく思っているのですが」
質問に対して率直に答えると、ヘスペリアは首を横に振る。
「ううん。その子の安全を第一に考えてくれていたからだし……記憶がないっていうのなら、私が同じ立場だったとしても、そうやって慎重になると思う」
『……ヘスペリアさんや冥精の皆さんが優しい方で良かったです』
ヘスペリアの言葉にアシュレイが微笑んで目を閉じる。そうだな。冥精達と敵対するような事にならずに良かったというか。
「リヴェイラは……今現在僕が保護している状況です。記憶はともかく体調は回復して、元気にしていますよ」
「ああ、そうなんだ……! それは嬉しいな……!」
リヴェイラの現在の状況についても伝えるとヘスペリアは我が事のように喜んでいた。古文書の解読の事もあるが、記憶を回復してもらう一環としてリヴェイラとヘスペリアを引き合わせる事になるかな。