番外966 白い閃光
「伏せている、といっても具体的な部分が明かせないと信用できないと思いますので、最初にこちらの持っている情報の核心部分をお話してしまおうかと思います」
そう前置きをしてから、ヘスペリアに伝えていく。
「恐らくは結界か、封印のようなものの破壊。それに伴う白い閃光――爆発のような出来事があったのではないでしょうか? その事態に伴い、誰かを捕縛……或いは救助しようとしている、とか」
ヘスペリアは俺の話を聞いても努めて表情に出さないようにしているようだった。目を閉じて静かに聞いていたが、俺を見て首を傾げて尋ねてくる。
「その情報が正しいかどうかは別にして……どこでそんな事を知ったの?」
「情報を得たのは現世での事ですが……断片的な情報に過ぎません。冥府の異常を察知したことから、実際に調査をしにきた、というわけです。事前の情報と調査を踏まえて判断した結果からの推測も混ざっています」
「んー……方法については聞いたら答えてくれる?」
「具体的な方法については……まだ伏せさせてください。冥府の規則や掟、慣習等を知らないものですから、何が冥府にとって問題になるかが分からないので慎重にならざるを得ないと言いますか。ただ、可能であるなら協力したいと思っていますし、問題がないと判断できたのであれば方法についても明らかにしたい、と考えています」
俺がそこまで言うと、リネットが口を開く。
「あたしの見解としては……そいつは相当な魔法技術を持っているから協力を仰いだ方が色々な面で役に立つ、と思うがね」
「それは……生者がここに来ているという事を考えればそうなんだろうね」
と、ヘスペリアはリネットの言葉に同意する。
「んー。私達がしようとしている事を話せば、協力し合えるかどうか、伏せている部分を話せるか話せないかにも判断がつく、という事?」
「そうなります」
「確かに、私が現世に行って調査と交渉なんてなったら、どこまで明かして良いか慎重にもなるかな……。あなたが悪い人じゃなさそうなのも、何となく分かる。これでも……色んな人と接してきてるから」
冥精として亡者達と話をしてきた中での判断、か。
「……そうなんだよね。あなたは危険を承知の上で冥府に来ているし、自分から姿を見せてくれている。亡者達を沢山見ているもの。冥府を知らない子達がどれだけ死を怖がっているかは知っている。こっちに来るのは、不安もあったでしょう? だとするなら、歩み寄るべきは私達、なんだろうね」
ヘスペリアはそう言って目を閉じた。そんなヘスペリアの言葉に、水晶板モニターの向こうでもグレイス達やユイ達が静かに頷いているのが見える。
ヘスペリアは暫くの間そうしていたが、やがて再び目を開き、俺を見据えると言う。
「うん。他の階層の事だし、私も全部の事情を把握しているわけじゃないけど……知っている事を話すから、それで手を取り合えるかどうか判断して」
「分かりました」
そう答えると、ヘスペリアは記憶を思い出しているのか、言葉を紡いでいく。
「下層の一角で何か不測の事態が起こったらしくて……事態の対処に当たりたいから、態勢が整うまで場を繋いでほしいって、上層の冥精から指示を受けたの」
ヘスペリアは時系列順に話をしていく事にしたようだ。下層で起こった事についてはリネットから聞いた通りではあるが、死者の国の冥精を纏める立場であるヘスペリアの視点での話になるな。どこから指示が来ていたか等、リネットの知らなかった背景が分かりやすい。
「上層の冥精達も、完全に詳しい事まで察知していたわけでは無かったみたい。結構混乱しているのが見て取れたよ」
「あたし達の見ている前じゃ演技してたってわけか」
「んー。冥精のみんなは、あなた達のいるところだと張り切っちゃうからね。見栄って言うわけじゃないけど、私達がしっかりしないと不安がらせちゃうから。でも、リネット達は他の階層の冥精達を知らないから、逆に不安に思わせちゃったかも知れないね」
にやりと笑うリネットに、ヘスペリアが苦笑して答える。
『管理者……為政者としては保護している相手の前では弱音は吐けない、という事ね』
ステファニアが言う。そうなんだろうな。統治者や指揮官にも通じる話で、それは多分、冥精達の一貫した方針なのだろう。先程鬼火が出現した後の対応を見ていてもそうだった。冥精達の場合は精霊としてそうした役割を担っているというか、生来の部分にも起因しているように思うが。
「事情を知らないままでは納得して動けないだろうからって、私達も一応簡単にではあるけれど説明を受けているの。洞穴の奥には冥府の古い時代の遺跡があるらしくて……そこの機能を維持するために整備をする必要があったっていう話なの」
「はっきりしない点が多いんだねぇ」
「うん……。私達も伝聞形だし、上層の冥精も下層の冥精も、きちんとした事情を把握してないみたいだった」
リネットの言葉に、ヘスペリアは申し訳なさそうな表情になる。
「というのもね。上層から整備に向かった冥精達がいて……。同行した護衛の子が、爆発に巻き込まれて、かなりの怪我を負って帰ってきたんだって。その場所もそうなっちゃうと冥精や亡者にとっては気軽に踏み込めない場所になってしまう、とか。整備を担当する面々はもっと詳しい事情を知っていたようだけど、行方が分からなかったり意識が戻らなかったりで……」
ヘスペリアが痛ましげな表情で俯く。
「詳しい事情を説明できる者がいない、と」
俺が確認の意味も込めて尋ねると、ヘスペリアは静かに首肯する。混乱していた、というか、現在進行形で混乱中なんだろうな。
「だから、白い閃光とか爆発とか、そういう話を知っているのは驚いたよ。私達も聞かされただけで、レイス達は知らないはずの情報だったから」
「確認しますが、そこに誰か……不審者がいたという話は?」
「そういう情報は……入ってないかな。でも、状況から見て何か危険なものがあるって予想はされていたみたい。さっきの黒い靄に効果の高い術も事前に分かっていたみたいだし」
「ああ。確かに対応が早かったですね」
という事は、前例があってそれを知っている者がいた、という事になる。今行方不明になっている誰か。或いは意識を取り戻さない誰か。そうした面々が事情を知っているという事か。
それでも対応が早かったのは冥精達もレイス達も、下層で既にあの鬼火達を相手取っていたからだろう。出現の仕方までは知らなかったから、洞穴の前に防衛線を構築したり戦力が手薄な所を作ったりしてしまったりと、結果から見れば後手に回っているようだが。
だがまあ……色々と背景も見えて来たな。封印なり結界なりが破れたせいで立ち入りが難しくなった。防衛線を構築しつつアイオーンとやらを準備したのも、簡単に踏み込めない事を他の階層の冥精は知っていたか、或いは対策として使えるから急遽流用したか。
「行方不明……捜索対象の名前等は分かりますか?」
「何人か戻っていない子がいるみたい」
と、ヘスペリアは行方不明者の名前を上げていく。そうして――その中にランパス、リヴェイラの名前があった。中継映像の向こう……納骨堂の地下でリヴェイラは胸のあたりに手をやって目を閉じている。
そうか……。それは安心だが……そうなるとリヴェイラの記憶が重要になる可能性も出て来たな。それにリヴェイラはこの階層ではなく……上層にいた可能性が高い。上層に行けば記憶が戻る手助けになるかも知れない。
「上層にこの一件に関する古い文献があるらしくて、読む事のできる人材を探したりもしているの。古文書に詳しい亡者にも古代文字に心当たりがないか当たっているけれど、中々ね。そこにあなたが現れたから……」
「古文書の解読も期待したい、と」
俺がそう尋ねるとヘスペリアは真剣な面持ちで大きく頷くのであった。
さて。そうなるとこちらとしても明かせる事情が増えてくるな。俺の正体を明かし、知っている事もヘスペリアに話していくとしよう。