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番外965 冥精との対話

「まず、自己紹介するね。私はヘスペリア。一応、この街の冥精達を纏める立場だったりするの」


 と、リネットと共にやってきたランパスは微笑んだ。俺も「マティウスと言います」と、偽名での自己紹介をする。

 リネットによれば俺の名前は色々な場面での戦いだとか鎮魂の儀式で、結構冥府でも有名であったりするらしいからな。まあ……現世と繋がっているのでは仕方がない。


 しかしヘスペリア、か。確かにリヴェイラや他のランパス達よりも身体が一回りほど大きくて、感じる魔力も強いように思う。俺の知る中で似たような例を探すなら……普通の妖精とドラフデニア王国の妖精の女王……ロベリアぐらいの違いがあるかな。


 死者の国の冥精達を束ねる立場にいるヘスペリアがリネットと関わりが多そうなのは、やはりリネットが元魔人だからという事もあるか。


 死後に魔人化が解除される、というのは冥府では昔から分かっていた事だろう。ただ……魔人化が解除された後の性格はまたそれぞれで異なるから、同じ組織で上手くやっていく事を考えるなら、その人物の性格を見極め、当人が変化に慣れるまで補助する過程も必要になってくる。


 その辺、魔人化を解除した隠れ里の面々は日常の中でゆっくりと模索できる方向で進めているが、冥精達にも過去の例があるからその辺のノウハウもあるか。まあ、リネットとの関係は良さそうだし、冥精達の関わり方は上手くいっているのだろう。


「それで……もしかするとさっきの出来事に関わる重要な事を知っているかもって話だったけれど」


 と、ヘスペリアが尋ねてくる。門前では「何か話したい事があるって?」と、具体的な内容については伏せる方向で話をしていたが、人払いできているこの場所ではそういう聞き方になるわけだ。持っている情報の重要性についてはリネットが説明してくれたらしい。


「まず……詳しい話をする前に紹介した手前、あたしから最初に確認しておきたい。冥府にはあたしが聞かされていない、禁則事項……掟のようなものはあるか? ああいや、これはさっきの騒動に繋がってる出来事とはまた別の話でな。情報提供をしてもらうにあたり、マティウスの抱えている事情に、少し気を遣う必要がある。あたしとしては、できるなら円満に話を進めてもらいたくてねぇ」


 リネットが言うと、ヘスペリアはその言葉の意味を考えるように首を傾げて思案していたが、やがてリネットに確認するように尋ねる。


「よく分からないけど、その子に関する事?」

「ああ」

「んー。一般的な事は、レイスであるあなたには伝えられていると思う。私達が管理してきた中で、よく起こる問題っていうのは把握していて、より良い対応の仕方っていうのも分かっているし。けど、わざわざそう尋ねるって事は、判断に迷うような何かがあるって事だよね?」

「そうだな。あたし達が聞かされている規則以外での、一般的ではない事情だ」

「さっきの事件とは無関係の話なんだよね? そういうのには臨機応変……かな。何が冥府の管理にとって最善かはその時によって変わるから」

「合理の追及か。つまり、理由のない伝統や因習みたいなものはない、と?」


 リネットが尋ねると、ヘスペリアは思い当たる事がないか考えていたようだが、やがて頷く。


「そう、だね。これは私達が心がけている事でもあるんだけれど……亡者と関わる中で色んな出来事に直面するから。裁くためとか管理するための決まり――そういう法っていうのは人の世に倣ったものではあるけれど、それだけでは割り切れない事もある。だから……落としどころになるのはみんなが納得できるかって事だと思うの。合理性っていうのも、その判断基準の一つにはなるよね。絶対ではないけれど」


 なるほどな。それが理念だというのなら……俺が正体を明かしても、いきなり攻撃に転じるような姿勢は取らない、か。


 俺がリネットを見て頷くと、リネットもヘスペリアの返答に納得したというように「それなら、あたしから確認しておく事としてはこんなところだな」と言って目を閉じた。


 では――俺からも話をしていくか。


「リネットは想定外の事情があると言いましたが……ここに来るまでで規則に触れているかも知れません。その点については申し訳ないと謝罪させて下さい。僕としても冥府の事情が分からなかったので、色々と危険性を減らす為に考えておく必要があったのです」


 そう前置きしてから、迷彩フィールドと偽装の一部を解く。ウィズを変形させて素顔を露わにすると、ヘスペリアは驚きの表情を浮かべて固まった。


「現世側で冥府の異常を察知する出来事があり、こうして訪ねてきた次第です。もし生者がこの場にいてはいけないというのなら、退去する事も視野に入れています」

「……それは……決まりがないからまだ何とも言えないけれど。それより、一体どうやってここに?」


 決まりが無い。そうなると事情を聞いた上で臨機応変に、ということか。


「独自の研究結果による儀式……ですね。方法に関しては、誰かに広めたり後世に残す気が全くないというのは、伝えておきたいと思います」


 そう答えるとヘスペリアは目を閉じる。


「色々と……気を遣ってくれているみたいだね。けど、そうなると規則に触れているかも知れないっていうのは、街の内部に入り込んだこと?」

「そうです」

「まあ……やむを得ない事情があるから侵入するっていうのは管理されている冥府では珍しいけれど、現世では情勢次第でありそうな気もするし。それに、基本的に冥精達や亡者を対象にした規則だもんね。けど本当、驚いたな。生者が生身でこっちに来るなんて」

「過去にも例がなかった事なんですか?」


 そう尋ねるとヘスペリアは思案するような様子を見せてから言った。


「ずっと昔の言い伝えというか……伝承や神話、みたいなものは一応あるけど。あっ、食べ物は食べちゃだめだよ。戻れなくなるなんて言い伝えがあるから」

「ああ、その辺は一応検証してきていますので気を付けています」


 そう答えるとヘスペリアは微笑んでこくんと頷いた。そうだな。冥界降りの伝説というのはこっちの世界にもある。ヨモツヘグイについてはそこから来る話だ。だから……過去には実際そういう事例もあったのかも知れない。

 ……まあ、そんな話をしてくれるという事は、冥府に入り込んだからといって即座にどうこうというわけではないし、事情を聞いた上で利害が一致しなくても帰してくれるつもりではいるのか。


 筋を通す性格というか、交渉する相手としては良いな。リネットが話を通してくれた理由も分かる。


 とりあえずは、生者を即排除という事でないのならこの後の話もできるか。「では」と前置きして話をしていく。


「これからお話する事は、冥府の事情が分からないので少し伏せている部分があります。その上で、協力できそう、或いは互いの事情を伝えあっても問題ないと判断したならそちらの事情も教えて頂ければ幸いです。僕の基本的な考えとしては、誰もがいずれやってくる場所であるからこそ、冥府の安定の為に協力し合えたら良い、と思っています」

「そうだね。私達も冥府で起こっている問題を解決して、安定を取り戻したいなって思ってるよ」


 ヘスペリアは俺の言葉を受けて真剣な表情でそう返してくる。

 ここからだな。リヴェイラの事を具体的には伝えず、冥府にとって彼女がどういう立場なのかを探ってからどこまで明かせるかを考えていかなければならない。

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