番外964 冥精との接触
「――なるほど。その話を踏まえた上でこっちの状況を見に来たってわけか」
リネットは真剣な表情で俺の話を聞いていたが、やがてこちらの事情を伝え終わると、目を閉じて言う。
「確かに……その話を聞く限りだと、そのランパスと洞穴の関係は気になるとこだが」
「問題は、これからどうするか、かな。俺としてはリヴェイラを守る方向で考えているから、事態の解決に協力する事はできても、リヴェイラが不当な扱いを受けそうならそこは譲れない」
「そうかい。まあ、その辺は納得できるようにするのがいいさ。あたしは自分の目で見てないものに多くは言わないが、手を組む相手なら尊重ぐらいはする」
リネットの性格は……魔人化が解けても自分の道を行く、という印象ではあるな。独立心が高い分筋を通そうとしてくるから、俺としてもやりやすいのは確かだ。
その言葉に「十分だ」と頷いてから、言葉を続ける。
「纏めると留意すべきは二点かな。まず生者が冥界に来た場合の扱い。それから、リヴェイラという名のランパスについての冥精達の考えについて」
「その辺はあたしが探りを入れて来ても良い。あたしの知る限りで最も腕の立つ者を味方に引き込めるかどうかって局面だ。冥精達の考えを知らない以上、交渉が上手くいくように働きかけたと言えば建前として成り立つし、実際にそうだからな」
「だったら筋として俺も同行するべきだな。事前に冥精にとって拙い可能性があると知っていて融通を図ったと見られたら、冥精達からの心象も悪くなるだろ」
交渉が決裂したら逃げ出す事も視野に入れている。問題が起きている場所についてリネットの話から把握している以上、何をすべきかの輪郭は見えてきているのだ。
冥精達が非協力的でも独自に動きやすくなっているのは間違いない。
それと同時に……リネットが筋を通すというのなら俺もそうしなければ不義理というものだろう。協力してもらう相手にばかりリスクを押しつけるつもりはない。
「あたしは構わないが……そうした方が納得できるって言うならそうしよう。だが、そういう方向で話を持っていくのなら、お前の技量については伏せた上で冥精の出方を見るべきだな」
「力量を伏せる事で本音を探る、と?」
「そうだな。死者の国の冥精達はそれなりに信用できるが、他の階層の冥精達まではあたしは知らないし、あたしがある程度知っている相手でも、お前は面識があるわけじゃないだろ? あくまで現世の知り合いで、役に立つ奴という方向で伝える」
なるほどな。生者に対して基本的な決まり事があるとするなら、手順に則った対応ができる程度の相手であれば冥精達もそれに従った対応をするはずだ。それはつまり冥精達全体の考えを知る事に繋がる。
面識があるわけではないから慎重になるように勧めているわけだ。リネットは自分自身ならこう、という流儀で通すという事らしいが。
では、冥精達との話を想定してリネットと少し話を合わせておくか。こちらもリスクを背負っている以上は、はっきりした事がわかるまで自衛の為の予防線を引いておく必要があるしな。
『ん。気を付けて、テオドール』
『我らも、状況に応じて対応する』
というわけである程度話も纏まったところでリネットと共に塔へと向かうことになった。水晶板モニターを通してお互いの状況は把握できているので、フォレスタニア城の作戦室や納骨堂地下からみんなが俺の事を心配する言葉をかけてくれたり、これからの事について確認を進めていた。
『その……私も出ていくべきなのではないかと思うのでありますが』
と、リヴェイラが申し訳なさそうに言う。俺やリネットの会話を聞いて、自分が安全な所にいる事を引け目に感じているのかも知れないが……。
『気持ちは分かるよ。冥精達が罪に問うかどうかは気になるけれど、事情がはっきりしてないからね。記憶の無いリヴェイラが、自分を賭けなければいけない局面ではない、と俺は思う。リヴェイラは洞穴の中にあるものの手掛かりを握っているかも知れないし、ここ一番の場面で力になってくれたら嬉しい。それに交渉相手と仲間の間では、また力になる方法とか考え方も違ってくると思うし』
そうする為には今は俺が単独で冥精の所に赴いて話をするというのが、最もリスクを抑えられる。脱出するにしても再潜入するにしても。
通信機でそう返答を送ると、リヴェイラは暫く考え込んでいたが、やがて決意を固めたような表情で顔を上げて言う。
『分かったであります。けれど、もし記憶を無くす前の私が間違ったことをしていたのなら、そこはきちんと償うであります』
一先ずはそのまま待機している事に納得してくれたようだ。それでも俺から見てリヴェイラの扱いに不当さや理不尽を感じた場合は、力になるつもりではいるが。
ユイもそんな俺とリヴェイラのやり取りを見て頷くと、胸の前で拳を握って魔力を高めたりと、かなり気合を入れている様子だ。
そうしたやり取りを中継映像越しに眺めつつ、死者の都をリネットと共に移動する。
リネットは当然、外に出る時はレイスとしてフードを被って顔を分からないようにしている。俺も亡者の姿に偽装中だ。
街の様子はと言えば……一先ずは落ち着きを取り戻している様子だな。鬼火の襲撃があったばかりで人通りがかなり少なくなっているのは致し方ないとは思うが。
代わりに冥精達があちこち忙しそうに飛び回ったり走り回ったりしていた。都市部の外まで新しくやって来た亡者を迎えに行ったり……やはり色々と亡者に対して気遣っている印象があるな。
そうして――リネットと共に塔の正門前までやってくる。
「少し待っててくれ」
と、リネットはそう言い残して先に塔の中へ入っていった。暫く待っているとランパスとリネットが連れ立って戻ってくる。
「その人が何か話したい事があるって?」
「そうだな。生前はあたしと敵対関係にあったから……ま、ある程度信用しても良いんじゃないか? こっちで巡り合うとは思ってもみなかったが」
と、肩を竦めるリネットである。その言葉に合わせるようにしてランパスに軽く一礼する。
「……生前の知り合いね。その感じなら敵同士だったといっても、良い再会になったみたいだけれど」
「ま、驚きはしたさ」
そんなリネットの反応にランパスは小さく笑って、塔の奥へと入るように促してくる。
「どうぞ。どんな話かは分からないけれど、重要な事なんでしょう?」
「そうだな。あたしはそう判断したから紹介した」
リネットが答えるとランパスはにっこりと微笑む。リネットはそんなランパスの反応にそっぽを向いたりしている。というか……ランパス側はリネットを結構信用しているように見えるな。
魔人化が解けたリネットと接してきたわけだからな。リネット自身は仕事はきっちりこなすという印象があるから、まあ……信用されて仕事を任されるというのは分かる気がする。
と言っても、冥精達が冥府の管理をしている立場である以上、生者に対してどういう対応になるかが分からないから、俺に対しても友好的とは限らないが。
偽装の為の魔法を調整して、程々の魔力が感知できるようにしてあるし、動きも体術の心得がないように見せかけているが、ランパスからはどう映っているのやら。
塔の内部は――取り立てて変わったところはない。1階部分に昇念石を生成したり取引を行う為と思われる受付カウンターのようなものがあるが……先程の騒動もあってか、今は亡者達もいないようだ。外周に沿うようにして2階、3階へとリネット、ランパスと共に進み、そうして一室へと通された。
では、冥精との交渉という事になるかな。気合を入れて臨むとしよう。