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番外962 女魔人と魔術師と

 空き家の中で椅子に座り、机を挟んでリネットと向かい合う。防音の魔法や戸口への魔法の鍵等の術は既に展開済みだ。


「確か名前はテオドール、だったな」

「ああ。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアだ。あの時はテオドール=ガートナーだったけど」


 改めて名を名乗る。リネットと戦った後に短い言葉を交わしたが、俺もその時に名を名乗っている。あの時は確か――フルネームでは無かったが。


「何者かと思ってたが、ガートナー伯爵家の生まれか。となると、死睡の王を倒した聖女の子……。なるほどねぇ」


 俺が名乗るとリネットは顎に手をやって小さく頷き、納得したというような反応を見せていた。ああ。ヴェルドガル王国に潜入していたから国内事情にも詳しいわけか。


「まあ、あれから色々あったんだけど、それは後で触れよう。まず、誤解されている事について話をしておく」


 そう言って立ち上がり、自分の頭部に手をやる。ウィズとキマイラコートが変形して、本来の形になった。幻術は解くが、まあ、外から感知されても問題だし、隠蔽術はそのままにしておこう。


「これは――」

「少し前に現世側でも冥府の異常を察知する出来事があって……変装というか亡者に偽装して調査に来たんだ。まだ、生きている」


 リネットは驚きに目を丸くしていたが――。


「生きている……? そう、そうか」


 驚愕の表情のまま呟く。そうして、目を閉じて少し俯くリネット。生者を羨む者もいると……そういう話は聞いている。怒らせてしまう可能性は、十分にある。

 小さく、肩が震えているのが見えた。笑っているのだ。最初は小さく。段々と堪えきれないというように笑い声を上げて。


「くく、くっく、あはははっ! やはり、あたしを倒しただけの事はあるな……! しかも生身で冥府にやって来た? そうでなくっちゃあな!」


 と、愉快で堪らないというようにリネットは笑っているが……こういう場合、俺としてはどういうリアクションを取れば良いのか。想定していた反応より劇的ではあるが……裏の意図はなく、普通に喜んでいる、と受け取って良いのか?


「ああいや、気を悪くしたら済まないねぇ。くくッ。まあなんだ、生きていて良かったよ。あたしを倒した奴にそう簡単に死なれちゃ困るからねぇ」


 認めた相手が生きていて良かった、という事か。そういう事なら、反応も分かる気がする。


「ありがとう……?」


 そう答えるとリネットはにやりと歯を見せて笑みを浮かべる。


「まあ何だ。所謂アンデッド共は生者への妬み嫉みで攻撃的になる事もある。死者の国でも亡者に偽装してるのは正解だろうな。あたしとしては、誰が生きてようが死んでようが自分には関わりがないから気にしないんだが……お前に対しちゃ、いっそどこまでも突き抜けていって欲しいってとこか」

「なるほどね」


 俺がそう言うと、リネットも笑って頷く。


「で、あれからどうしてたって?」


 リネットは机に両肘をついて指を組むと、楽しそうに少し身を乗り出して尋ねてくる。話をする前に改めてウィズとキマイラコートを変形、幻術を展開して変装を元に戻しておくが、偽装の完成度を楽しそうに眺めている様子であった。


 そんなわけで偽装を施したら向かいに座る。あれから、か。他の事はともかく、ヴァルロスやベリスティオの事……魔人達との顛末とその後については話しておくべきか。


「あれから、か。少し長くなるけれど」

「構わないさ」


 そう言うとリネットは少し真剣な表情になる。古巣に関する話だけに真剣にもなるか。

 四大の精霊殿と宝珠の話。高位魔人達の襲撃と、瘴珠に関する話。シルヴァトリアでのいざこざと、母さんの出自。南方で知った、ヴァルロスと盟主に関する話――。


 その一つ一つがリネットにとっては驚きだったらしい。


「――あの化物共を打ち破って計画の変更までさせるか。とんでもない話だね」


 瘴珠をこっちの手に委ねるように送り込んできたというのは、リネットから言わせると計画の変更であるらしい。俺としては時限爆弾を内側に抱え込まされているようで、さりとて目的がはっきりしないとその処理も出来ず、嫌な手だと感じていたのだが。

 ともあれ、俺達の調べた情報に関してはリネットも知らない過去の事も含まれていて「そんな事まで調べたのか」と、かなり感心していた。


 そうして、話はヴァルロスとの決戦に移っていく。その直後のイシュトルムの横槍やヴァルロスとの約束の話。


「あいつにも……何か残せるものがあったのかねぇ」

「分からない。でも約束は守ろうとは思っている」

「そうかい」


 リネットはヴァルロスと交わした約束の話を聞くと、目を閉じていた。リネットは他の魔人達とはあまり親しくはしていなかったという話だが……呼び掛けを行ったヴァルロスに関しては思うところがあるのだろう。


「他の魔人達とはその後、こっちでは会っていない?」

「会ってないね。あたしと同じならレイスになったりもするのかも知れないが……そういうのを、冥精達はわざわざ知らせたりしない」


 ……そう、だろうな。でなければわざわざレイスの姿を隠す配慮もしないだろうし。

 ともあれ、リネットは一つ頷くと、俺に視線を向けてくる。話の続きを、という事だろう。

 俺も頷いて応じ、その後の顛末――月でのイシュトルムとの戦いについて話をする。


「ミュストラ……イシュトルムか。得体が知れない奴だとは思っていたが。まさか最初の魔人、とはね」


 ああ。やはり魔人達の間でも警戒されるような対象だったわけか。テスディロスやウィンベルグとの話もそうだが、魔人側の視点というのは色々と興味深いな。

 そうしてミュストラを倒した事、ベリスティオと言葉を交わした事を伝える。

 その後の事もだ。テスディロスやウィンベルグが今は俺達の仲間になっている事だとか、オルディアやオズグリーヴとの出会い。魔人化の解除についても成功したと、話をしていく。


「それはまた……共存と魔人化の解除か。考えた事もなかったが……いいんじゃないか? 魔人の業から解放された身としちゃ、応援するよ。あんたはその分、苦労をしそうな気がするけどね」

「自分で約束した事だからな」


 自分でも納得しているからそれは別に構わない。


「まあ、魔人との話はそんなところだよ」

「なるほどねえ。あたしの方はそんな波乱万丈じゃなかったな。気が付いたらこっちにいて、罪ではないが業は抱えているからレイスとなるように持ちかけられて……今に至るってだけだ。ただ……そうだな。魔人としての呪いは解けたからか、冥府が殺風景でも、見るもの聞くもの、皆新鮮で悪くはなかった。以前のあたしならレイスとなるって事も選択しなかったとは思うが」

「その辺は、ウィンベルグ達と同じか」

「そう、なんだろうな。話を聞いている限りでは」


 リネットは生まれながらの魔人という世代だろうし、魔人ではなくなったのなら封印術を使ったテスディロスや、魔人化を解除したウィンベルグ、隠れ里の住民のように、色んな物事を新鮮に感じたというのは、分かる気がする。


 と、お互い再会に至るまでの経緯を話し終わったところで……他にも色々あったが、と魔人に直接関わりの無い出来事は割愛しつつ本題に入っていく。


「冥府にやって来た理由はさっきも少し触れたけれど……現世側でも異常を察知できる出来事があったからだ。大事になってなければいいと、調査で済むならそうするつもりだった」


 そこで先程の騒動に巻き込まれた、というわけだ。


「その出来事っていうのは?」

「説明が少し難しいんだけど、冥府の事情が分からないと話して良いものかどうか判断がつかない。特に、レイスとしての立場もあるだろうから聞いて知らない振りってわけにもいかないだろうし」


 そう伝えるとリネットは暫くの間思案を巡らせていたようだが、やがて顔を上げて言う。


「なるほどね。まあ、あたしの立場とかは割とどうでもいいんだが、一応礼を言っとこうか。そういう事ならあたしの方から知っている事を話した方が、そっちも判断が付きやすいかも知れないね」

「構わないのか?」

「亡者には伏せるように言われているが、現世の相手に話をしてはいけないとは言われてない」


 と、リネットはにやりと笑う。それは冥精の想定外というか。まあ……現世の者は本来関わりの無い出来事と見ていいのか。


「冥府の問題である以上、冥精達も敵としては見てないだろ。あたし達にして見りゃ、強力な味方を得られるかどうかってとこか。決裂しても落としどころがありそうな相手なら、降って湧いたような幸運と見るべきだ。あたしはこういう場合、前に進む方を選ぶ性質でね」


 なるほどな……。そういうリネットの考え方はこちらとしても話が早くて助かる。

 では、リネットから話を色々と聞いてみるか。

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