番外961 再会と約束
こちらの状況を見て、みんな驚きの色を浮かべていた。
魔人リネット。俺に前世の――景久の記憶が戻ってから、初めて戦った魔人、だ。タームウィルズ内部に潜入して暗躍していた。当時のカーディフ伯爵と結託して誘拐事件を起こしたりしていたんだったな。
リネットと戦った頃の俺は、公的な立場ではなかったので、事件後の旧カーディフ伯爵邸の後始末等に関わっていない。だが召喚術や死霊術等、様々な術に通じた魔人だったのだろう、と聞かされている。
少しの間無言で対峙する。リネットはしてやったりといった印象の笑みを見せていて……不思議なほどに緊張感はない。
再会した事や俺を驚かせた事を喜んでいるといった風で、敵意を感じないのだ。
実際……そう、なんだろうな。魔人の業から解放されているという事は。
みんなも俺達のやりとりを見守っているようだ。話や交渉の邪魔にならないように。或いはこれからの話の行く末を見極めようとしているようだ。ならば……俺もリネットとの話に集中させてもらおう。
「まあ、何だ。殺された恨み事を言おうとか、謝ってもらおうとか、そういうつもりで正体を明かしたわけじゃないんだ。敵対する種族として互いにやるべき事をしていただけだから、謝られても興醒めだ。それにあの戦いは――今から思い出しても面白かった。目を奪われたよ」
リネットはそう言って、懐かしそうに目を閉じる。敵対する種族として、か。
面白かった、というのは……それはきっと、魔人の業から解放される前の、リネットの感情なのだろう。思い返せば戦った魔人達は皆そうだったように思う。自分を倒した者を祝福するような、そんな散り際を見せていた。
「魔人の業から解放されているとか、そういう事情は……分かる。あれから、魔人達との間で色々あったから」
「そうかい。あたしはこうなって初めて、魔人達が抱えてる衝動が何だったのかを知った気がする。お前がそれを知ったのなら……冥福を祈る想いが時折あたしにさえ届いていたが、あれはお前や、お前の仲間達だったって事か」
「俺達だけじゃ、ないかも知れない」
「そんな奇特な奴がいるもんかね」
「いるかも知れないだろう」
そんな俺の返答にリネットは小さく笑う。
例えばヴァルロスは……自分が手にかけた者達や、自分の掲げた理想の下に集まって散った者達を、一人として忘れずに抱えて進んでいくつもりだっただろう。ヴァルロスから力の使い方を受け取った時に、あいつの想いも受け取った、ようにも思う。
そうしてリネットは、思考を切り替えるように真剣な表情を浮かべると、こちらを見据えてくる。
「ま、それは良い。まずは礼を言っておく。ガキ共を守ってくれたからな」
「ああ。それはまあ……居合わせたからってところが大きいが」
そう答えるとリネットは頷き、更に言葉を続けて尋ねてくる。
「それと……さっき言っていた事は本当かい? 冥精に協力したい云々の」
それを聞いてくるというのは……今のリネットの、レイスの立場としては俺にも協力を仰ぎたい、と考えているという事か。
「ああ。それはある意味で本音だ。ただ……こっちにも動きにくい事情があって、冥精達に伝えるのは、まだ待ってもらえると有難いんだが」
「それは構わない。事態は動いちゃいるみたいだが、一先ずは落ち着いているようだしな。戦いの時間も短く済んだし、巻き込まれた亡者がいたとしても、あの程度で壊れたりはしないだろうよ」
そう言って頷く。そんなリネットに、今後の展開についての覚悟を決めてから切り出す。
「――情報交換をしないか? 誤解させている部分もあるから、そこははっきりさせておきたい。もしかしたらそこで不快に思うかも知れないが。その上で構わないというのなら、こっちの事情を聞いて、色々と判断をして欲しい。多分、今の冥府に関わる話でもある、と思う」
誤解というのは……リネットが俺に対して敵対心を持たずに接してくるのも、もしかしたら俺も死んだと思っているから、そういう意味で仲間だと思っているのかも知れないという点だ。
明かす事にリスクはあるが……その辺を伏せたままで情報を引き出すのは、魔人に対して不誠実、だと思うのだ。ヴァルロスやベリスティオとの約束もある。リネットも先に自分の正体を明かしたわけだしな。
「誤解ってのが何かは分からないが……まあ、良いだろう。レイスとして課せられた規則も時と場合による。重要な情報を握っていそうな相手なら少しぐらい規則破りをしても情報交換をするだけの価値はあるだろうよ」
そうしてリネットは自分の顔に手をやって、再び暗闇で覆う。
「まあ、長々と話をしているのもな。まだレイスとしての仕事もある。冥精に報告したら戻ってくるから、空き家で待っていると良い。そこまで案内する」
「分かった」
そうしてリネットは家々を回り、子供達の様子を確認してから俺を区画の空き家に案内し、冥精達のところへと戻っていった。報告を行ってからまた戻ってくるとの事らしい。
俺と会った事、これから話をする事等はまだ伏せると約束すると言っていた。
さて。空き家と言ってもテーブルと椅子、寝台といった最低限の家具は入っているようだ。こうした場所は一応あちこちにあるそうだが……まあ、何時冥精達が亡者を住民として案内してくるか分からないし、そうなった場合に周辺住民に周知をするし見回りもあるとの事で、潜伏先としては不適として除外していたわけだ。落ち着いて話をするぐらいはできそうかな。
外の様子も――カドケウスで確認してみる。リネットの事も気になるが先程の事態こそが俺達が冥府に来た理由でもあるように思うしな。
今の所は安全、原因は調査して自分達が解決する、と冥精達が亡者に伝えて回っている様子だった。
街中や道中の警戒度は低めだったように思うが……備えはしていたし、対応も早かった。冥精達にとっても予想外に事態の進行が早いとか……そういう事は有り得るかも知れない。或いは亡者達に不安を感じさせないようにしていた、とか。
ともあれ、冥精達は都市に至るまでの道中も見て回っているようだ。到着するまでの誰かが傷付くような事はないから安心して欲しい、と触れて回っている。
『しかしリネット殿とは……驚きですな』
納骨堂地下で待機しているウィンベルグが言う。
「ウィンベルグは……リネットと面識があるのかな?」
『名前と顔を存じている、という程度ですな』
『俺も同じようなものだな。様々な術を使えるから潜入任務に向かうと聞いてはいたが』
テスディロスもそう言って小さく頷いていた。テスディロスとウィンベルグの話を聞いていると、他の魔人達とはあまり反りが合わなかったらしい。独立心というか反骨精神が強かったとか何とか。……さっきも抗う気概、というような事を言っていたしな。
俺は戦いを通してしか知らないが、生前と今の状態と、何となく性格的な所は掴めてきたような気もする。思わぬところでの再会、か。確かに、驚きだ。
『私も、あの人の顔は見たことがあるわ』
イルムヒルトが静かに言う。シーラとアシュレイも神妙な表情を浮かべていた。シーラやイルムヒルトと出会う切欠の事件でもあるからな。アシュレイとの婚約の話が一気に進んだ事もカーディフ伯爵とのいざこざが一因になっていたりするし、その後のヴァルロス達との戦いも……俺にとってはあれが発端だったから、色々因縁深いというか何というか。
『他の方々もどこかで会えるやも知れませんな』
「そうだね。その辺も気になる所だけれど」
オズグリーヴの言葉に頷く。リネットが他の魔人達の所在を知っている可能性は……低いかも知れない。レイス同士の事を冥精が軽々しく教えるとも思えないしな。冥精なら所在を把握しているという事はありそうだが。
そんな話をしてから、リネットとの話がどうなるかであるとか、ケースに応じた対応をどうするか。先程の騒動に対する見解等々、今後の方針を含めてみんなと相談しながら待っていると、ドアをノックする音が響いた。
「開いてるよ」
返答するとリネットが姿を見せる。自身の顔に手をやって暗黒を取り払い、フードを脱いでその顔を見せる。
「待たせたな」
「いや。こっちも色々考えを纏める時間が欲しかったから丁度良い」
「ま、多少は落ち着いて話せる時間を確保したつもりだ。冥精には個人的に大事な約束ができたと伝えて、交代要員まで立ててもらった」
「……融通が利くんだな」
「あいつらは割と人情を重視するからな。こっちが不義理をしなきゃ話も通じる」
そういう事なら腰を落ち着けて話もできるか。鬼火の襲撃と言い、一気に状況が動いた気がするな。では……リネットと話をさせてもらおう。