番外959 レイスとの接触
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
『はい。おやすみなさい』
『ん。おやすみ』
そうして、その日はサウズ自身とフォレスタニア城の作戦室にいるティアーズ達にモニター監視を任せて、就寝の前の挨拶を交わす。
納骨堂の通路は外から見れば幻影で何も異常がないように見えるし、隠蔽術――人払いの結界も展開されている。外から見て通路内が平常通りと認識してしまうと感覚や認識を騙して素通りさせてしまう、という寸法だな。
この辺の術式が精霊の類にも有効なのは既に実証済みだ。
内側には小型の天幕と男女別の間仕切りを置いて、空気のクッションを展開する敷布をベッド代わりにして配置。眠りにつけるようにしている。
風呂や洗面所はないが、生活魔法で身体や口腔内を清潔に保てるのでさっぱりしたところで就寝というわけだ。デュラハンとガシャドクロが交替で見張りについてくれるので、誰か来た時も安心である。
天幕の中は暖かで毛布も柔らかだ。場所を考えるとやや複雑ではあるが意外と寝心地が良く、俺達は眠りに落ちていくのであった。
そうして――俺達の感覚的には朝方の時間帯、だろうか。作戦室のティアーズ達が水晶板モニターの向こうから音を出して知らせてくる。
「ん……」
サウズからの中継映像を見てみれば、子供達の住んでいる区画のレイスが交替するところだった。纏っている布の装飾や体格を見ると……件のレイスだな。
「……おはよう。待っていたレイスかな」
「どうやらそのようですな」
と、テスディロスやオズグリーヴもティアーズの警告音に目を覚ましてくる。
「おはよう」
「はい。おはようございます」
「おはようであります」
間仕切りの向こうではユイやヘルヴォルテ達も目を覚ましたようだ。
「また交代するまで同じ区画の警備をするのは分かってるから、先ずは身支度を整えてからにしようか」
「うんっ」
間仕切りの向こうからユイの元気のいい返答がある。そんなわけでモニターを見ながら着替えたり、生活魔法の魔道具を用いたりして身支度を整える。
そうして天幕等を片付けて朝食の準備まで進めていると、フォレスタニア城の水晶板モニターの向こうでもティアーズの警告音を受け、グレイス達も作戦室に現れたようだ。
サウズが魔道具を中継してくれるので、偵察任務で街中に出ていても、俺達の映像と音声は作戦室に届いている。
「おはよう」
『はい。おはようございます』
と、朝の挨拶をするとグレイス達がにっこりと微笑む。ティールも声を上げてモニターに向けてフリッパーを振ったりして、中々に和むというか。
冥府が些か殺風景なのでフォレスタニア城のみんなや動物組、魔法生物組の姿を見るのは精神的にも気楽になるように思う。
「みんなの体調は大丈夫?」
『問題ないわ。みんなも調子が良いみたい』
と、イルムヒルトが笑顔で応じる。うん。循環錬気も毎日していたので暫く効果も残るし、高位精霊達の加護もあるからな。
ルシールやロゼッタも定期的に問診してくれるので俺としても安心だ。まあ、数日中には一旦フォレスタニアに戻るとしよう。
さて。そんな調子で調査班と作戦室の面々で顔を合わせて朝食をとったところで、みんなに伝える。
「それじゃあ予定通りに動いていくよ。バロールは残していく」
そう言うとみんなが頷いて応じる。
「テオドール公なら大丈夫とは思いますが、お気をつけて」
「いってらっしゃい……!」
『気を付けてね、テオドール』
みんなもそんな風に言ってくれて、見送ってくれる。モニターの向こうで手を振るマルレーンやコルリス達といった面々に手を振って出発だ。
というわけで早速納骨堂を後にして単独行動の時間である。サウズは街中だがカドケウスは一緒にいるので、地下区画から出る際はカドケウスを先行させてブラックドッグがいないか等、周囲の状況を確認して外に出る。
昨日と同じように迷彩フィールドを展開。路地裏まで行ってフィールドを一部解除してから、子供達が住んでいる区画を目指す。
死者の国の様子は昨日と変わらずといった所だ。昼夜の区別がないから大体一定数の亡者達が入れ替わったりして活動しているようだな。
亡者達は思い思いに生前の行動を模して生活しているし、部屋に戻れば昇念石を生成するために思索に耽ったりもするのだろう。
レイスや冥精達も同様だ。冥府の管理の為に動いている冥精達であるが、そもそも精霊としての在り方がそういう事なのか、管理の為に動いている、という意識はやや薄そうな気がする。遊んでいる冥精にしても、亡者達と一緒に過ごすのを楽しそうにしているしな。
そうやって死者の国の様子を眺めつつ移動し、件のレイスが警備している区画の近くまでやって来た。まずはレイスの姿を目視で確認し、路地にいるサウズの居場所を確認。中継機は持っているのでサウズには入れ替わるように納骨堂へと戻ってもらう。
転移ポイントを定める役割があるので、俺の正体が生者だと発覚した場合でもサウズには冥府に残ってもらわなければならないからな。納骨堂に待機してもらっておけば撤退した場合でも、いつでも納骨堂に戻って来られるというわけだ。
『サウズと合流したよ』
ウィズの中継映像で、納骨堂側にサウズが到着したとユイが伝えてきた。これで準備は完了だ。
「分かった。それじゃあ、レイスと接触してみる」
みんなにそう伝えてから路地から出てレイスの所へ向かう。レイスは――見晴らしの良さそうな建物の屋上にいた。性別は女性なのだろうが、不釣合いに巨大な剣を肩に担いでいるな。視界に入るところまで行って一礼する。
「ええと、おはよう?」
「あー……おはよう。まあ、冥府じゃ昼夜もないがな」
と、そんな感じのやや気怠そうな返答がある。
「そっちに行っても良いかな? 少し、レイスの人と話をしてみたかったんだ」
「ふうん? ま……あたしは構わないがね」
俺の言葉に肩を竦めるレイスである。疑っている節はない、かな。魔力反応等々を見ても、警戒している様子は見られない。階段を使って屋上へと登ると、レイスはこちらを一瞬見て頷き、俺を視界に入れつつ周囲の監視を続けようとしているようだ。
警戒感を抱かせないように、敢えて体術の心得が無いような動きを心がけつつ、相対する。
「で、何の話だって?」
「ええと、聞きたい事があるんだ。冥府に来たばっかりで色々な事がよく分からないから」
「ふむ」
「実は俺、元冒険者で魔法が使えるんだけどさ。それを活かして冥精の手伝いとかできるんじゃないかって迷っててさ」
「ああ。それであたしに話を聞きたいと」
といった感じに話題を振って話を進めていくわけだ。今まで得た情報で冥精達が亡者に仕事を手伝ってもらうというケースがあるのは分かっているからな。
冥精との仕事の実体が分からないし迷っているのでその辺の実情を知っているレイスに話を聞いてみるという体で情報収集を行うわけだ。
実際に冥精に紹介するという段階まで話が進んでしまうと困るので「迷っている」という言い回しをしておく。
「うん。冥精は昔の生き方を模倣するのが良いって言ってたからね。依頼を受けて、荒事をしたりするのは性に合ってるのかなって」
「……お前みたいな子供が、何も亡くなってからそんな面倒な事をする必要もあるまいに。いや……何に生前の安心を感じるのかはそれぞれか」
レイスはそんな風に言って納得している様子だった。あまり警戒している風でもないのは……俺達の変装が上手くいっているという事でもあるし、死者の国の平穏が続いているというのもあるだろう。
ともあれ、この流れで最近のレイスや冥精の動向について話を持っていきたいところだ。とりあえずこちらの話に納得してくれたようなので、このままレイスに話を聞いていくとしよう。