番外957 死者の都と亡者の暮らし
というわけで、あちこち巡って聞き込みをしていく、という事になった。
「テオドール公ばかりが聞き込みをしても目立ってしまうのではないですかな? 私も多少はお役に立てるものと存じておりますが」
と、オズグリーヴが言うと、テスディロスとウィンベルグも頷く。
「であるなら、俺達も役に立てると思う。商談や交渉は多少傭兵時代に経験している」
「最近では警備として街中で仲裁等のやり取りをする事も増えておりますからな。冒険者相手等には、お話もしやすいかと」
「分かった。俺の場合は外見的な特徴も少し変えられるけれど、年齢層までは変えられないから、交代していくのは確かに良さそうだね」
外見的特徴を変えても身長や年齢層に関しては共通するものがある。いくつかの証言を突き合わせれば情報を集めている者がいた、と気付かれてしまうかも知れない。
一方で街中の移動に関しては集団としての印象に残らないように隠蔽術の応用で注意が向かないようにしている。
これは意識を逸らす術なので予め警戒されていると効力は万全とは言えないが、通常の巡回や往来を行く者達の意識に対してはかなり印象に残りにくくなるというわけだ。
「私は……聞き込みには些か向いていないと思いますので、周辺の警戒等に集中しておきたいと思います」
ヘルヴォルテが言うと、デュラハンやガシャドクロも一緒に頷く。
「分かった。ユイは……そうだね。みんなの聞き込みの仕方や交渉を見て勉強するって事で」
「うんっ」
俺の言葉にユイは真剣な表情ながらもどこか嬉しそうに頷く。
聞き込み等のテクニックはラストガーディアンにとって必ずしも必要なものではないが……交渉術となればオウギを経由しても役に立つ場面があるかも知れないからな。ユイは物覚えも良いので、この辺もきっと色々と学んでくれるだろう。
それに、明るくて屈託のない性格なので聞き込みや交渉については結構適性があるかも知れない。
フォレスタニア城の作戦室でも、オウギが『不詳ながら、知識として勉強させて頂けたら幸いです』と、こちらに向かってお辞儀をしていた。勿論こちらとしても問題ない。
まずはオズグリーヴからという事で、先程得た昇念石を渡しておく。
それを元手に同様に商売をしている露天商達から買い物をして話を聞いたり、街角の広場で闘技大会めいた事をしている元冒険者達の所を巡って情報収集をしていく、というわけだ。
得た情報については俺達の中で共有されるので、知りたい情報は順次更新されていく。よって聞き込みの内容についても少しずつ変わっていくわけだ。
集団の内訳について理解していないと、誰がどんな話について聞き込んでいた、と証言を集めて足取りを辿るのが難しくなる……というのは、マークされるのを予防する措置でもあるか。
そう言った事をユイやオウギに説明しながら街中を巡って情報収集をしていく。
元冒険者達が闘技大会をやっている場所だとか、色々と見て回ったりもした。
「――ほう。場合によっては冥精に協力して事件の解決を手伝う事もある、と」
「そうだな。特殊な技能や戦いの心得があるならって話だが。冥精達としても俺達に干渉して無理矢理言う事を聞かせるってのは極力したくないらしいからな。生前鍛冶仕事をしていたって伝えたら、そう言われたよ」
オズグリーヴが聞き込みした相手は自作の武器や防具を売っている亡者の商人……というよりは鍛冶師の亡者だ。
武器防具の原材料となる鉱石だが、やはりこれについてはブラックドッグ達が採掘してくるらしく……街の一角には採掘場に通じる地下道への入り口も存在していた。
しっかりとした分厚い門があって、レイス達が警備についているという……なかなか立派な施設だ。地下道については石切り場や鉱脈等々あちこちで分岐しているらしいが。
まあ……地下資源が豊富、というのは良い事だな。
それに伴い、腕のいい鍛冶師はレイスの武器についても頼まれる事もあるそうで。
この場合は冥府特有の鉱石を冥精達から受け取り、レイスの扱いやすい武器を特注で作ったりするそうだ。
『レイスの武器ね。確かに、妙な光を纏って浮遊していたり、普通の武器ではないみたいだったものね』
イルムヒルトが水晶板モニターの向こうで頷く。そうだな。空を飛ぶレイスに緑色の光を纏った武器が追随したりという光景も目にしている。仕上げは冥精達が行ってレイス達それぞれの専用武器となる、との事であるが。
まあ、そうやって武器を鍛えたり防衛に協力する、という背景もあって、亡者達相手に武器防具を販売する、武装する事も許されているのだろう。もしもの事態においては、街を守る仕事を手伝ってもらう、という条件があり、それを了承しているわけだ。
まあ……死者の国は普通の人達の集まりだし、生命活動に由来する餓えや渇き、凍えといった切羽詰まった事態が発生しないために、武装が許されていても敢えて悪事を働くような者もおらず、治安の面で言うなら概ね平和であるらしい。闘技大会場についてもエンターテイメントというか、元冒険者や戦士達が集まって生前を懐かしんでいるという側面も強い印象であったし。
『とはいえ冥精の皆さんは、何かに備える事は怠っていないのですね』
「念の為以上の理由で、何かしらの事態を想定しているのかどうかだね。別の階層にも何かしらの備えがあるようだし」
グレイスの指摘は確かに気になるところだ。襲いかかってくる魔物は死者の国にはいないようだし、別の国との戦争があるわけでもない。住民同士での諍いもそれほどないという事なら、自衛の意味での武装は本来ならあまり必要がない。生前荒事に携わっていた者達の安心の為に、という事にはなっているけれど。
「他の階層はまた事情が変わってくるのだろうが、死者の国の亡者達は新生に向かう関係上、世代の入れ替わりがあるようだからな。あまり昔の事は分からないらしい」
と、テスディロス。この辺も聞き込みで分かった内容だ。亡者達の興味にしても先々の事に向いているようで、この手の話になると結構乗ってくれる者が多かった。
現世で亡者当人を記憶している世代が入れ替わると、黙祷等による活力供給が無くなる。だから……常世に長く亡者が留まる場合でも現世と同じぐらいの速度で世代が入れ替わっていくわけだ。
漂白された魂にしても原初の渦に戻ってもすぐさま新生というわけではなく、そうなるにはまた結構な時間がかかるらしいと、ウィンベルグが聞き込みをした亡者は「冥精から聞いた話」として語っていた。
精霊達も自分の働き、領域外の事はそこまで気にしないという性質もあってか、デュラハンも昔の事となるとそこまで詳しいわけでもないようだが……まあ、デュラハンが知る限りでも死者の国では亡者同士の喧嘩や小競り合い程度の事はあっても、大きな騒動はなく、かなり長い間平和が続いている、というのが実際の所であるらしい。
それだけに、最近になってレイスが他の場所に呼び出されたとか、冥精達が少し神経質になっているように感じるという証言もあって……色々見ていくと結構異例な事が起こっているというのが分かる。
そうしてオズグリーヴも聞き込みを切り上げて戻ってくる。
「一旦納骨堂に戻ろうか。休憩を挟んで、相談してから動いていこう」
そう言うと同行している面々、フォレスタニア城の作戦室の面々が揃って頷く。一先ず変装している面々は亡者達からは生者だと気付かれずに動けるようだからな。リスクは少し上がるが、冥精達にも怪しまれずに接触できるのならば、また得られる情報も変わってくるだろう。