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番外955 冥府の住人達

「――ちょっといいかな?」


 と、みんなには少し離れた所で待っていてもらって、なるべく明るい声で露店を営んでいる亡者に話しかける。ウロボロスも、少しの間だけユイに預かってもらっておこう。

 露天商の亡者は骸骨の顔を上げて俺の姿を見る。それから、少しの間を置いて口を開いた。


「どうした、坊主?」


 露天商からはそんな返答があった。声の調子から俺の年齢がそれほど高くない、と判断したようだな。少し警戒感を下げてくれたようだ。少なくとも、生者だとは思っていない。

 亡者はスケルトンやゾンビ、幽霊ぐらいの分類分けは可能だが、器があるタイプの亡者の見た目も細かく見ると千差万別で、俺やみんなのしている変装も多分大丈夫だろうと思っていた。

 先程の露天商の一瞬の間は……客かそうでないかを見ていたような印象があるかな。もしかすると生前もどこかで店を構えていたのかも知れない。


「実はさ。自分で置物を作ってみたんだけど、そういうものの買い取りはしてないのかって思ってさ」


 俺も敢えて普段よりも砕けた口調で言う。


「あー。まずは物を見せてくれるか?」


 露天商は納得したというように頷くと、そう言ってきた。


「これとこれなんだけど」


 と、身に纏った布――に見せかけたキマイラコート――の懐から、石の花と小鳥の置物を取り出す。それを見た露天商は、少しだけ身を乗り出し……割合真剣な声色で言う。


「……ほーう。こいつは大したもんだな。坊主が自分で作ったって言ってたか?」

「うん。昔、土魔法を学ぶ機会があったんだ。売り物になりそう?」


 作り方に関しては明かしておこう。彫刻刀等のように、器具を用いて作ったものではない、というのは見る者が見れば分かるだろうし、生前身に着けた技能……魔法等も亡者達の中には使える者がいるという事は事前に情報を得ている。


「なるも何も……これだけ精巧なら結構な値でも売れるだろうよ。何せ冥府は殺風景だからな。こういうものを置いて心が和むなら昇念石を生成する助けにもなるか」

「……商人なのに値段交渉前にそんな事言って良いの?」

「良いんだよ。商売してる連中だって、一番の理由は大抵それが落ち着くとか、やることがあると安心するとかであって、別に稼ぎたいってわけじゃないんだ。それに俺は、売れるって思ったら積極的に優遇して取り込むってやり方で生前は上手くいっていたからな」


 なるほどな。生前のそれとでは商売の意味合いが違う、という事か。だがまあそういう事なら世間話で色々と聞く事もできそうだ。


「そういうの、よく分からないんだ。まだこっちに来て日が浅くて……。昇念石を稼いだりするのにあんまり意味がないなら、石って貯めて良い事があるの?」

「冥精達にはきちんと使い道があるらしいけどな。あいつらのところに持っていくと、落ち着いた環境の家に住めるようにしてくれたり、色んな物と引き換えてくれたりもするが……引き換えするにしても大して溜め込む必要はねえようにしてるみたいだな。街中での取引の相場もそれを大体の基準にしてはいるが」


 なるほど。個室で落ち着いた環境なら更に昇念石を生成できるだろうし……あまり価格が高くても石の生成は大変だろうからな。

 俺達としても落ち着ける個室を確保できるなら活動拠点として良さそうな気もするが……それをすると塔の冥精と接触することになるから、中々に難しい。


 というか、もしこの取引で昇念石を手に入れた場合も、冥精ならその気になれば石の所在が分かりそうな気もする。納骨堂に昇念石があるというのも注目されてしまいそうなので、これは隠蔽術で探知できないようにしておく必要があるな。


「冥精か……。レイスも一緒にいて迫力があるからなぁ……」


 と、冥精やレイスについての話題を振る為に布石を打っておく。


「まー……あいつらが俺達に言う事に、裏があったって話は聞かねえな。レイスにしても見た目は厳ついが、滅多な事じゃ実力行使に動いたって話も聞かないし、そこは気にしなくても良いと思うぜ」

「なるほどね」

「で、この置物についてだが……俺に売ってくれるならこんなもんでどうだ?」


 そう言って露天商が提示してきたのは……中サイズの昇念石といえば良いのか。それを各2個ずつで、合計4個、ではどうかという事だった。

 昇華させた想いの強さによって石の大きさは変わってくるらしいが、やはり大きいほど強い力を秘めたもの、という事らしい。

 露天商は置物を高く評価してくれていたので、値段としても相応なのだろう。


「うん。助かるよ」

「よし。じゃあ商談成立だ。とはいえ俺達の場合、生活も文無しでどうにかなっちまうからな。石も使い道は普通の金程多くはないが、中型4個は結構なもんだって思ってくれて構わないぜ。坊主とはこれからも取引したいし、それも込みでの値段だ」


 と露天商は置物を少し頭上に掲げて色々角度を変えて見ていたりと、大分気に入ってくれているというか高く評価してくれている様子であるが……まあ、置物のモチーフとしてはこの方向性が良いようだな。


「そうなんだ。なら、ついでに色々冥府の事、聞かせてもらっても良いかな? こっちも何か買っていくからさ」

「おう」


 と、露天商とそんなやり取りを交わす。とりあえず、冥府に関してはデュラハンからの情報や事前の無人調査で予備知識を得ているが、一般的な知識はそれで十分、とは思っていないからな。

 あまり冥府に関する知識がないという事を相手に理解してもらった上で、聞きたい情報に関する話をそれとなく雑談の中に混ぜて行くというわけだ。

 大体の物価に関する話や、冥精についての話をしつつレイスについての話題も振る。


「――レイスと言えば、ちょっと前に街からレイスが少なくなってたとか、そんな話を聞いたんだけど」

「あー。あったな。冥精の手伝いだったって話だぜ。この話は知り合いのレイスに聞いても口が堅くて細かい事は教えて貰えないんで、少し心配だっていう奴もいるな。ま、レイス達によればどんな仕事でも無闇に内容は話せないってことらしいが」

「へえ……。物騒な事じゃないといいね」

「そうだな。何事もないのが一番だ」


 と、そんな会話を交わす。無人調査の時も、あのレイスは子供とのやりとりの中でも言葉を濁していたからな。その辺りは……というかレイス達に仕事を持ってくる場合、冥精達から口止めされている、というわけだ。亡者達も……レイスとは普通に会話をするし仲が険悪なわけでもない、というのはこの話の中でもくみ取れる。


 レイス達も選ばれる者の背景を聞いていると、割と責任感が強そうな面々が多いような気もするしな。秘密にするのは内容に関わらずという事らしいが、そもそもレイス達が応援に呼ばれる事も滅多にないようだし……それなりの出来事があったのだろうとは思われるが。

 だがまあ……そうなるとやはり、直接レイスから事情を聞くのは難しい、か? こちらが事情を明かせば或いは、という印象もあるがそれは最終手段だしな……。


 あまりレイスや冥精の事ばかり聞くのも怪しまれる可能性がある。少し話題を変えて、現世と常世の暮らしとの違いについて等、色々露天商と話をした。

 死者の国では……生前の仕事をそのまま今の生活で再現したりする者も多いそうだが、あまり極端な善人も悪人もいないという事や、食事の意味が違うという事もあって、職業として選ばれなかったり、成立しない、というものもあるようだ。


 ともあれ娯楽に飢えているので音楽や芸術に携わっていた者は人気があるのだとか。変わったところでは元冒険者達が中心となって武術大会めいた事もやっているらしい。

 亡者達はまあ……怪我や事故死の心配もないしな。そうした荒事に心得があって善人でも悪人でもない、となると冒険者達が多いというのは何となく納得できるところだ。


 そういう亡者達の暮らしは冥精も容認しているという事になる。いざとなれば干渉できるのだとしても、結構亡者達に対しては自由な気風なのかも知れない。

 ともあれ、冥府の通貨代わりである昇念石も手に入れられたし、この調子で得られた情報を元にしたりして、他の亡者達からも聞き込みを進めていくとしよう。変装や作った置物等も充分に通用する事が分かったしな。

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