番外953 現世と常世
「では――気を付けて。私達にとっては領域外の事。加護を通してでしか力を送れませんから」
ティエーラ達とも出発前の挨拶を交わす。魔道具を受け取り――俺達はいよいよ天弓神殿から冥府に移動する。
今日冥府に向かうという事でティエーラ、コルティエーラ、ヴィンクル、ジオグランタにメギアストラ女王といった面々が、グレイス達や城の面々と共に見送りに来てくれている。
「みんなから力を借りられるのは有難いよ。冥府だと環境魔力を取り込むやり方も外部で練る必要があるからね」
ティエーラの加護を受けているなら、現世の力を引っ張ってくる事もできるだろう。
俺の返答にティエーラは静かに微笑んで頷き、ヴィンクルが留守の間は任せて欲しいと声を上げていた。
「ヴィンクルが……守りについてくれるなら安心」
と、コルティエーラ。確かに。ヴィンクルの戦闘能力は現時点でも図抜けているし。
「魔界の迷宮に関してだけれど、テオドール達が戻ってくるまでは正式な解放は待つ事にするわ」
「そうだな。最大の功労者やラストガーディアンを抜きに解放の日を迎える事はできまい」
と、ジオグランタとメギアストラ女王である。ジオグランタやティエーラが使うための迷宮の補助システムについては構築済みなので、俺が不在の間でも迷宮を動かす事はできるとは思うが、待ってくれるというのは義理堅い事だ。
「では、解放日を楽しみにしています」
「ありがとう……!」
「うむ。期待していてくれ」
俺やユイの言葉ににっこりとした笑みを見せるメギアストラ女王である。ユイも魔界迷宮の解放は当事者に他ならないので、嬉しそうにお礼を言っていた。
「いってらっしゃいませ、旦那様」
「お気をつけて、先生」
と、セシリアやシャルロッテも見送りの言葉をかけてくれる。
「ああ。行ってくる」
そう言って笑って応じる。オズグリーヴが隠れ里の住人と言葉を交わし、テスディロスとウィンベルグもフォレストバードと笑い合い、見送りの言葉とお礼を伝え合っている様子だ。
「行ってらっしゃいませ、ユイ様」
「うん、行ってくるね」
ユイとオウギも言葉を交わす。オウギは本体とスレイブユニットに分かれていて、冥府で活動すると割と目立ってしまうので、今回は留守番だ。
そうして一通り見送りに集まった顔触れと言葉を交わしてからグレイス達と向かい合う。改めて、みんなと抱擁し合う。
「伝えたい言葉や想いは――昨日の内に伝えています。どうか、ご武運を」
「ああ。みんなのいる所が俺の居場所で、帰るところだからね。必ず全員で無事に戻ってくる」
名残を惜しむように抱擁し合い、そうして離れた。
現地調査に向かうとは言っても水晶板モニターで顔を合わせられるし、折に触れて戻ってくる予定でもあるが……やはり行先が冥府というのが少し身構えてしまう所があるかな。
動物組や魔法生物組も、別れを惜しむように手を振ったり核を明滅させてくれたりして。その反応に表情も綻ぶのが分かる。帰ってくる場所、か。そうだな。もうすぐもっと賑やかになるのだし。
「それじゃ、行こうか」
そう言うと同行する面々が真剣な表情で頷いた。
迷宮のシステムの力を借りて、まずは天弓神殿へと飛ぶ。光に包まれ――それが収まるとそこはもう神殿だ。
区画内部を移動している間に幻術魔道具や対策呪法、消臭の術等を施し、祭壇に到着する。
ちなみにウロボロスに関してはやはり亡者が持つにしては目立ってしまうので、偽装パーツを纏わせ、簡素で古ぼけた木の杖のような見た目にしている。木枝の洞の中からウロボロスの目が覗いていたりするが。
「それじゃアルファ、ベリウス。行ってくるからね。戻ってくるときは連絡を入れるからノーズの事もよろしく」
俺達が冥府に行っている間、天弓神殿にはアルファとベリウスが待機していてくれる。祭壇の守りを担ってくれるというわけだ。ノーズが目印となって天弓神殿に戻って来られるが……現世と常世の間での映像、音声の中継ができるので、基本的にはフォレスタニア城の作戦室に詰めて貰っておく。
アルファとベリウスは俺の言葉に揃ってこくんと頷いた。
移動前に最後の確認を行う。同行者は揃っているか。準備は大丈夫か等々。
アルファ、ベリウス、オウギに見守られる形で、俺達は祭壇の奥へと並ぶ。冥府へ移動させるなら祭壇の手前から。自分達が移動するなら奥、というわけだ。
「それじゃあ、飛ぶよ。準備は良いかな?」
「問題ない」
「何時でも大丈夫だよ……!」
「お願いするであります!」
と、アンデッド風の姿になったみんなからいつも通りの返答がある。
ウロボロスの石突を床に突き立て、同行者全員を包めるだけのマジックサークルを展開する。祭壇が術式に反応し、転送の術が起動する。俺達全員の身体が光に包まれ――そうして、俺達は冥府へと飛んだのであった。
視界が光に包まれ――高速で身体が流されるような気配がある。光の流れの中を移動していたのは数瞬だけの事。上から降り注ぐように顕現して、俺達は空中から降ってくるようにしてそこに降りる。におい付着防止の術式を起動しているから、足元を覆う空気のクッションの感覚がある。
「ここが……冥府」
ユイが少し感動したように呟く。
暗い場所――納骨堂の……袋小路になっている通路だ。環境魔力が天弓神殿とまるで違う。静かで暗い納骨堂は、強い夜の気配――静かで穏やかな気配を湛えていた。調査魔道具で回収した環境魔力の通りだ。
亡者達の抜け殻――骨が収められた棺がいくつも通路に並んでいて……実態が墓所ではないにしても何とも言えない雰囲気がある。
サウズがその場で待機している事を確認しつつ、すぐに持ってきた魔道具を起動して、通路に誰もいないように見せかける幻影を展開。それから同行者が全員揃っているかを確認していく。
「……全員ちゃんといるみたいだね。体調に変化は?」
「問題はないようです」
「大丈夫だよ」
ヘルヴォルテとユイからそんな返答がある。テスディロス、ウィンベルグ、オズグリーヴも手を握ったり閉じたりしていたが「問題ない」と揃って返答してくる。
デュラハンとガシャドクロ、ヘルヴォルテやリヴェイラに関してはホームグラウンドという事もあって、寧ろ好調であるようだ。ユイも場の魔力と相性は悪くなさそうだな。
「……何と言いますか。とても身体が軽いであります。肝心の記憶の方は……戻らないようでありますが」
申し訳なさそうなリヴェイラであるが、そこまで気にする必要もない。冥府に戻ってきたからと言って、即座に記憶が戻るというのは些か楽観的な考えに過ぎる。
「記憶については追々で大丈夫だよ。でも、リヴェイラのいた場所が冥府だっていうのは間違いなさそうだ」
リヴェイラの言葉に頷いて答える。精霊が自分の領域にいる場合の魔力反応も……テフラやフローリアを見て知っている。リヴェイラが冥府出身の精霊という事に間違いがないと裏付けが取れたわけだ。
さて。死者の国の地下納骨堂に移動したのが確認できたところで、ウィズの変装部分を一時的に解いて素顔を出してから水晶板モニターを起動する……と。グレイス達がモニターを覗き込んでいるのが映し出された。
「そっちからも見えてるかな? 声も聞こえる?」
そう尋ねると、モニターの向こうのみんなの表情が明るくなる。
『はい。ちゃんとお姿も見えていますし、声も聞こえています』
『ん。顔を見ながら話ができて良かった』
と、アシュレイが嬉しそうに微笑み、シーラはサムズアップしてくる。俺からもジェスチャーを返すと耳と尻尾をぴくぴくと反応させ、みんなも笑顔で手を振ったりサムズアップで応じてくれた。うむ。
現世と常世の間での双方向通信も問題ないようだ。こっちにいるサウズには俺が魔力補給し、フォレスタニア城にいるノーズには城にいる誰かが魔力補給すれば良いから、魔力切れの心配もないだろう。