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番外952 出発の前には

「――冥府での聞き込みもそろそろ、というところかしらね」


 フォレスタニア城上層――領主の生活区画にてローズマリーがしみじみと呟くように言った。今日の仕事も終わり、みんなで風呂から上がってのんびりとした時間を過ごさせて貰っている。


 工房での仕事も進み、対策となる魔道具類の準備もほぼほぼ出来上がったとの事だ。明日受け渡しをすれば何時でも冥府に向かえる。

 無人調査も現時点でできる事は頭打ちだしな。まだできる事がないわけではないというか、無人調査を継続していても得られるものはあるのだが、塔の冥精達の会話を聞いた限りではあまり悠長に時間をかけていられないように感じる、というのが正確なところだ。


「冥府でも何かしらの事態が進行しているみたいだからね。あんまり座視してられない状況かもって考えるとやっぱり現地で動く必要がある」

「別の階層と普段あまり交流がないというのなら、死者の国にリヴェイラの事を知っている者も少ないでしょうからね」


 クラウディアが目を閉じる。


「今後の調査次第だけど、場合によってはリヴェイラの身の安全のために現世にいてもらう、という事も有り得るかな」


 記憶がないし、性格も善良であるのは分かっている。例えば体制の変化等で冥府にいると拘束されたりしてしまう、などという状況なら、俺達としても積極的に保護するために動くつもりだ。

 まあ……リヴェイラの記憶の断片や冥精達の話を聞いている限り、そういう話でもないように思うのだけれど。


「リヴェイラさんの記憶が戻って……平和な暮らしに戻れると良いのですが」

「うん。そうなればそれが一番だと思う。死者の国の冥精達を見ていると、関係を悪くしたいとは思わないからね。リヴェイラが冥精側であるなら、俺としても安心できる」


 心配そうなエレナの言葉に同意する。リヴェイラが善良であるように、他の冥精達もそうなのだ。だから……記憶を失う前のリヴェイラの立場が冥精と敵対関係でないならそれが一番良い……と思う。ザナエルクのせいで国元を追われていたエレナとしても、リヴェイラの境遇には自分を重ねてしまうのだろう。


「うん……。冥精はみんな、優しいから……リヴェイラちゃんの帰れる場所だと、良いな」


 俺の言葉にマルレーンが声に出して同意する。デュラハンにしてもガシャドクロにしてもそうだな。冥府……冥精の常として恐ろしげな見た目をしているが、実際は思慮深くて優しい性格をしていると思う。


「ん。留守の間の事は心配しなくていい。思い切りやってきて」


 シーラがこちらに向かって軽く拳を出してくるので俺も笑って拳を合わせる。


「そうですね。同行できないのは残念ですが」

「領地の事も子供達の事も、みんなついているから安心だわ」

「だから……リヴェイラちゃんの力になってあげてね」


 グレイスが微笑み、ステファニアとイルムヒルトも俺を真っ直ぐに見て言う。


「でも……テオドール様も、無事に帰ってきて下さいね」

「そうね。わたくし達の事よりもテオドールが無茶しないかを心配するべきなのかも知れないわ」


 アシュレイがそう言うと、ローズマリーが羽扇の向こうで目を閉じて、そんな風に言った。みんなもその言葉に苦笑しながらも頷いたりして。


「あー、うん。まあ、その辺もね。心配をかけない程度にする」


 そう答えるとみんなは笑って、そっとグレイスから抱きしめられた。


「ええ。テオはいつでもみんなと無事に帰って来る為に、力を尽くしてくれますから」

「――ああ。今度も、みんなと一緒に帰ってくる」


 俺の言葉にグレイスは微笑み……そして口付けを交わす。

 柔らかな感触と温かい体温。ほのかな香り――。穏やかで優しい時間。暫く抱擁し合い、お互いの目を見て、頷き合ってから離れた。

 こういうのはまあ、俺達の場合みんな一緒にという事になるので、クラウディアやローズマリーは頬を赤くして咳払いをしたりしている。

 逆にシーラの場合は耳と尻尾に嬉しそうな感情が出ていたりする。アシュレイやマルレーン、イルムヒルトはそんな様子を見て、にこにこと微笑んだりしているのだが。


 そうしてみんなとも抱擁をし合い、口付けを交わしていく。ぎゅっと抱きしめてきたり、指で髪を梳くようにして軽く撫でてきたり。反応はそれぞれ違うけれど俺の事を心配していたり、大事に想ってくれているというのは伝わってきて。

 ああ……。出発前だからという事もあるが……気合が入るな、これは。




 そうして、夫婦水入らずの静かで優しい時間を過ごさせてもらった。循環錬気にも時間を使って、母子共に健康、順調で俺としても安心だ。

 一夜が明け……身支度を整え、朝食を取ってからフォレスタニア城でみんなと顔を合わせる。

 そろそろ俺達も出発する頃合いなので、メルヴィン王やジョサイア王子も出発前の見送りという事でフォレスタニア城に顔を出している。


「しかし……中々にままならぬものだな。誰しもの行く先に関わりがあるものだけに、冥精――リヴェイラ嬢を契機として事態を把握できなかった場合の事を思うと、空恐ろしくもあるが」


 と、メルヴィン王が目を閉じてかぶりを振る。


「ともあれ、テオドール公が留守の間の情報操作は任せておいて欲しい。少し領地から外している程度で、何かある、という事もないだろうが」


 ジョサイア王子もそんな風に言ってくれた。二人としては支援の態勢を整えてくれるという事らしい。


「ありがとうございます。お二人が応援して下さるのは心強いですね」

「流石に冥府に関しては何も働きかけができぬのでな。テオドールの支援だけに留まっているのが寧ろ心苦しくあるな」


 そう言って苦笑するメルヴィン王である。まあ……俺としてはそれだけでも十分に有難く思っているのだけれど。


「テオ君に頼まれたものも、出来上がっているよ」

「流石、仕事が早い」


 そう答えるとアルバートがにっこり笑って魔道具をテーブルに並べてくれる。消臭やヨモツヘグイの予防呪法。幻影の魔道具。

 冥府の状況を見た上で必要になった魔道具類の準備も……これでできたというわけだ。


 向こうで活動する為の、当面の食糧と水の手配も出来ている。ローズマリーから借りた魔法の鞄に収納して冥府に持ち込むわけだ。

 半霊体で構成されたものでなければ冥府で飲食しても問題はない。ただ……ランパスが実らせていた果実等は……調理しても生者が食べるには不適、というのには注意が必要だ。


 亡者達が新生に向かったりして魂が抜けるとその器である半霊体も物質に戻る。しかし冥府にいる亡者達は既に死者であるから、例えば器にダメージ――通常であるなら、生命維持が不可能な程度のもの――を受けてもそれは見かけ上の物でしかない。

 魂やその残滓がそこに残っていれば半霊体も抜け殻にはならないから、仮に食材として調理しても即座に抜け殻……ただの物体には戻らないという事だ。


 逆に言うと、地上の食材が突然半霊体に変質する余地はない。冥府の環境魔力は亡者の魂と相互に作用するものだし、環境によって既にある器が変質することもない。


 そうした点についてははっきりとした結果が出ているので、食材に注意をしていれば後はどうにかなる。あくまで、現時点ではというか、死者の国ではそうだな。別の階層――天国と地獄ではまた環境魔力を調べたりする必要もあるのだろうけれど。


 まあ、その辺は同行する面々にも留守番する面々にもしっかり伝えてあるので気を付けてくれるだろう。予防措置として呪法も組んだし魔道具も用意したからな。


 ともあれ下調べも準備も……現時点ですべき事やできる事は終わった。後は冥府に向かって出発するだけだ。

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