番外951 境界公の冥府対策
迷宮核に持ち込んだものの解析と、そこからの検証もひとまず終わったので、それらを工房でみんなに伝えていく。
「冥府の――半霊体で構成されたものを食べるのは……やっぱり避けた方が良いみたいだね」
注意喚起も兼ねて説明すると、みんなが真剣な面持ちで頷く。動物組もかなり真面目な表情でこくこくと頷いていたりするのが割と微笑ましいが。
冥府で構築された半霊体を身体に取り込むと、それが自分の霊体にも影響を及ぼし、亡者になる――というわけではないが冥府の存在に近付いていく、というわけだ。
半霊体であるが故に、肉体と魂の仲立ちをしてしまうわけだな。食べるという行為自体が自分の血肉とするという寓意を持っているから、それが科学的にではなく魔法的に作用してしまうというのも良くない。
だから通常の生物の場合、亡者と同様に冥府から出る事ができなくなる。
だが、それなりの期間を冥府で過ごし、その間半霊体の物を食事として身体に取り込まなければそこまでには至らない、という解析結果も出ている。
要するに冥府に生身で赴いても、食事に気を付けて行動する分には問題がないという事だ。喫食による寓意が無ければ影響も出ないようだし。
精霊に近い性質を持っているのであれば、冥府に属する者であっても現世と常世の間を行き来できるというのは分かっている。まあ、だからと言ってわざわざ冥府に属するものを取り込む必要もないが。
それらの事をみんなに説明してから、対策についても触れる。
「それと……これらに関しては呪法で対策が取れると思う。半霊体に由来する性質変化を肉体が受け付けないように呪法防御するわけだね」
試しに術式を組んでみたが、自分に呪法を用いて半霊体の食物を摂取しても消化吸収ができないようにする事ができる。半霊体を取り込んだ際の作用を無効化するというか。
普通の呪法らしい呪法として使うなら食べても満たされずに痩せ衰えてしまうというような性質の悪い術式になるから悪用厳禁ではあるが……この場合応用術式なので食べたものが半霊体の時に限って作用する、というわけだな。
食事そのものを無意味なものにしてしまえばヨモツヘグイは意味をなさない。仮に冥府の食材が食糧に混ざっても安心、というわけである。
それを伝えるとみんなから「おおー」という反応が返ってきた。
「もう対策を練ったのは流石だね」
「これを指輪なりなんなりの魔道具にして、同行するみんなに装備してもらう、と」
予め術式を書きつけたものを感心しているアルバートに渡す。
「確かに受け取ったよ。早めに用意する」
アルバートは術式を書きつけた紙を受け取る。
因みに最近では、悪用された場合の危険性がある術式を書きつける場合は、魔石粉を溶かしたインクを使って情報漏洩対策をしている。許可のない持ち出しや閲覧をするとインクが紙面に広がって読めなくなってしまう、というわけだな。
一度魔道具化してしまえばオリハルコンのような媒体が無いと解析は難しいが。
「変装用の装備はもう出来上がっていますよ」
ビオラがにっこりと微笑んだ。実際に冥府の亡者達やその暮らしぶりを見て、直接調査を行う為に工房でも色々と準備を進めてもらっている。
亡者達が身体を隠すために纏っているような布を用意したり、以前ヴィンクル用に作った幻影魔道具を改造して同行する個々人に合わせたりしているのだ。
早速出来上がった魔道具を同行する面々に試してもらう。
「ふふっ、何だか面白いね!」
「おお……別人のようであります」
ユイが幻影の魔道具を起動させると身体に燐光を纏って足元がぼやけたりして幽霊のような姿になる。あくまで見た目だけ、ではあるが。
リヴェイラの方はと言えば……コマチの持ってきた手鏡を覗き込んで楽しそうに笑っている。見た目を誤魔化して本人だと特定されなければいいので、髪型や瞳の色、顔立ちを幻影で変化させているわけだ。
「なるほど。スケルトンのようになるわけか」
「くっく。これは愉快ですな」
幻影魔道具を起動させたテスディロスはスケルトンになったようだ。割合楽しそうに見た目が骨になった手を握ったり閉じたりする。
ゾンビになったウィンベルグと、ミイラになったオズグリーヴ。当人からどんな感じのアンデッドが良いか希望を取ったりもしたのだ。
リアリティはかなり真に迫っているものの、景久の記憶がある俺からすると、何となくハロウィンの仮装というイメージもなくもない。
俺も折角なのでウィズとキマイラコートの表面の質感と色、形を変形させて亡者に姿を変えてみる。布を纏ったスケルトンのような姿になった。後は幻影で補ってやれば良さそうだな。
「何も知らない人に見られると誤解を受けそうな気もする」
「確かに……死霊術のように見られるかも知れませんわね」
と、オフィーリアが苦笑していた。工房は色々と機密性の高い魔道具も開発する事が多いので、外から覗き見る事ができないように防御策を講じている。今も念のため外から見られないようにしているが、まあ、正解だったと言えるな。誤解を受けても魔法審問や実演で潔白を証明できるが、アンデッドの実験をしている等と思われては困る。
いずれにしても、変装用の装備の仕上がりは良さそうな感じだな。こうやって見た目を変える時は迷彩フィールドの一部を展開しているので魔力反応や生命反応――体温等の有無でバレる事はないだろう。においも誤魔化しているしな。
「私は鳥の獣人に準じる姿なわけですね。出自は冥府に関係があるのに不思議なものです」
と、幻影魔道具を起動させたヘルヴォルテが自分の姿を鏡で見ながら呟く。鳥獣人の亡者としての姿になるわけだ。翼の部分を不可視にするよりは違和感を持たれにくい。
「ワルキューレは――あの階層にはいないみたいだものね」
その反応にクラウディアが苦笑して答えると、ヘルヴォルテは静かに頷いて応じる。
その意味では魔法生物の器になっているものの、ケルベロスであるベリウスもそうだ。実際、見た目もケルベロスそのものだしな。
死者の国だと本来いないはずなのであの場所では目立ってしまうから立ち入るなら偽装の手段が必要になる。或いは後詰めとして現世側に残っていてもらう、というのも選択肢に入ってくるだろう。
デュラハンに関しては元々死者の国に出入りしていたからしばらく留守にしていた、という事で説明もつく。ガシャドクロは小さくなれるので目立たない。
「冥府の人達から見ると見知らぬ集団が増えるという事になりますが……その辺は大丈夫なのですか?」
と、エルハーム姫が尋ねる。
「住民の名前なども記帳しているようだけれど、死者の国はかなり広いし、顔や姿を隠している者も多いから紛れ込んでも大丈夫……だとは思うわ。その辺、詳しく調べられると拙いのでしょうけれど」
ローズマリーが顎に手をやって思案しながら言った。そうだな。亡者達は変わってしまった姿を隠すためにフード付の外套や布を纏ったりというケースが多く、冥精達もその辺の亡者の気持ちは尊重してくれるようだが、その辺は注意したいところだ。
幻影の魔道具は良い出来ではあるが、亡者達の間に騒ぎを起こしたりして、レイスや冥精に誰何された場合、些か問題がある。
集団で移動するのはまあ、死者の国の亡者達も気の合う仲間とそうしているから問題ないとしても……納骨堂から街中に出る時、戻る時はどこかで姿を現したり、消す必要があるな。
アプロノスのマップをウィズにも記憶してもらって、人目に付かない路地等もピックアップしておく必要があるだろう。
ともあれ、これで大体の準備も整った。情報収集にしても、具体的な状況は分からないまでも調べるべき事件、名前など、最低限のものは確保できたと思う。何かしらの事態も進行しているようだし、残りの魔道具が出来上がり次第、冥府に赴く、という事になるだろう。