番外949 レイスと子供達
「――冥精達は死者の国の亡者達に対して保護する立場を取っているって考えると、冥府内のごたごたは……あまり亡者達の前では話をしない、かな」
「それはあるかも知れんな。問題があってもそれが混乱を招くなら伝えずに事態収拾に当たるであるとか」
「冥精達は……いざとなれば亡者達の意識を薄れさせた状態で統率して、避難させたりもできるわけでしょう? 徒に不安を広げるのは死者の国の目的から考えても避けたいでしょうし、基本的には伏せる方向で動くというのは有りそうな話よね」
サウズによる街中での情報収集を続けつつ、フォレスタニア城の臨時作戦室にて今後の方針についての話し合いを行う。俺の言葉に、パルテニアラとクラウディアが真剣な表情で同意してくれた。ステファニアやアシュレイ、オズグリーヴも納得したように頷いている。
統治や共同体の運営をした事がある面々だからな。俺も領主の経験が長いわけではないが、こうした意見には頷ける部分は多い。
「そうなると、やっぱり冥精達が集まっているところで情報収集する方が効率は良さそうだね」
「ん。階層ごとに分かれているし、事情を知る者も移動が自由になるわけじゃない。行き来が制限されているのが当たり前な以上、噂としても拡がりにくそう」
シーラの見立てでも噂話が広まりにくい状況が最初からあるわけだ。亡者達の中で何かしら重要な情報を知っていそうなのは……冥精と連携していそうなレイス達ぐらいだろうか。
となると基本的には冥精達に注視して情報収集をしていくというのが良い。
亡者達に聞くのなら、冥精の様子が普段と違ったりしなかったかとか、そういう方向になるかな。
『冥府を管理するような高位の存在は、別の階層にいると聞いている。死者の国の冥精達が普段いる場所は――街の中央にある塔だ。あの場所で亡者達の様子を見たり、果実を配ったり、亡者達の昇念石の生成等を手伝ったりしているな』
デュラハンが教えてくれる。別の階層……要するに天国と地獄だな。塔については――街の中央に位置しており、どこからでも見える。
石造りの塔で、建築様式も街の家々と同じだ。デュラハンの教えてくれた役割から考えるに亡者達にとっての役所みたいなものだろうか。
冥府もまた魔界と同じく昼夜の区別はない。冥精や亡者達が活動しやすいので常時夜のようなものらしいが……冥精達と共にレイスも塔から出てきたり或いは戻っていったりと、定期的に休息と交代等しているらしい。
ランパスやレイスだけでなく、ブラックドッグも中央の塔を利用しているようだ。デュラハンも塔の一角で休んだりした事があるそうで、冥精やレイス達と塔で顔を合わせたりもしたそうだ。冥精とレイス達の実質的な活動拠点と考えても良いだろう。
「じゃあ、塔の構造が分かる部分もある?」
『一部ならば』
頷くデュラハンである。
そんなやり取りをしたという事もあり……マップ作りを兼ねて街を巡りつつ、最終的には塔の近辺へサウズを移動させ、冥精とレイス達から重点的な情報収集を行う、という方針に決定した。
残存魔力に余裕があるので、ノーズとの交代はもう少し待っても大丈夫そうだ。交代に際しては人目につかない納骨堂を利用させてもらう。
というわけで、サウズを移動させながら街並みを土魔法の模型にして写し取っていく。縮尺も合わせて死者の国の都――アプロノスの模型が段々とテーブルの上に出来上がっていく。
「都市部としてはかなり広いね」
『広い範囲の者達が集まる都市とも言える』
確かにそうかも知れない。冥精の普段の仕事や亡者達の暮らしぶりも情報収集して、実際に現地に向かう前に「死者の国の常識と日常」を頭に入れておく。事件に繋がるような内容でなくとも、聞き込みをする際にきっと役に立つだろう。
そうやって街中を移動していると、色んなことが分かってくる。子供達の幽霊が明るく笑って追いかけっこをしながら民家に入って行ったりする光景が目に付いた。その家からは冥精と子供達の歌声が聞こえてきたりして。
「冥府の人達は、区画ごとに分かれて暮らしていたりするのでしょうか? 子供達を集めて暮らしをしたり、というような」
『子供達については、冥精達が中央寄りの区画に住まわせて保護する形を取っているな。肉親が見つかればその限りではないが』
エレナが少し心配そうな表情を浮かべると、デュラハンが頷いて答えた。通信機の文字を見て、マルレーンがこくこくと笑顔で頷き、みんなも少し安堵したような表情になる。
冥精達は亡者の名前や生前の状況、希望を聞いて記帳し、探し人を引き合わせたり住む区画を調整したり、といった事もしているそうだ。色々と細やかな活動をしているので冥精達には頭が下がるというか。そういう気遣いをしているのなら、子供達も比較的安全な環境にあるのだろう。
亡者の姿の為に生前と見分けがつかなくなっている場合もあるし、結構大変な活動というのは想像ができるな。冥府の状況が落ち着いて、可能であるならデータベースを構築する魔道具等を提供すればその辺の仕事も支援できるかも知れない。
ともあれ、子供達が住んでいる区画についてはレイス達も警備についているようで、宙に浮いて周囲を見回していた。
『ただいま……! それからお帰りなさい……で良いんだよね?』
『あー、お帰り。ただいまだとか、私が言うのも変な話だがねぇ』
と、路地で遊んでいた子供達が現在住んでいるであろう家の戸口に戻ってきたところで、レイスに気付いて声をかける。応じるレイスは不思議な響きを持った声だ。子供達に答えて肩を竦めて見せた。どうやら――声の質や体格からすると女性のレイスのようだが。
レイスの身に着けている布は冥精達が支給したもので、顔や声を分からなくする効果があるらしい。レイス達の生前が分からないようにしているのだろう。
それでもレイスになってから面識を持った者には個体の識別もつくようだ。子供達とレイスはお互い面識のある相手、というのが今のやり取りから分かる。
『レイスのお姉ちゃん、暫く会えなかったけど、どうしてたの?』
『うん。ちょっと前に他のレイスさん達も街から少なくなったから心配してたんだよ』
『別の階層に呼ばれていただけさね。大した事じゃない』
『それじゃ、またここにいられる?』
『あー……。まあ、そうなるかもな』
レイスの態度は少しぶっきらぼうで投げやりながらも、子供達には結構慕われているようだ。
「子供達は平和そうで安心しましたが……今の会話は少し気になる内容でしたね」
グレイスが真剣な表情で言う。
「リヴェイラの事情を踏まえるとそうだね」
ちょっと前に街からレイスが少なくなったとか別の階層に呼ばれていたとか。俺達としてはリヴェイラの記憶の断片を見ているだけに、色々と背景を想像してしまう。
レイスの方はあまり事情を詳しく話す気もないようで、詳細は話さずに会話を切り上げたようにも見える。
この辺は相手が子供であれば当然の事だろう。水晶板モニターの映像の中では子供達がレイスに手を振り、家の中に戻っていくところであった。
「聞き込みをする時に掘り下げたい内容よね」
イルムヒルトが顎に手をやって言う。
「少なくなった時期については気になるかな。リヴェイラが俺達の所に現れたのと一致するなら事件に関連して動いた可能性は高いし、事件の詳細まで知らなくても、冥精達が何かの備えをしたり、上からの命令に連動して動いているって可能性は大分高くなった」
冥府側が事件を全く察知しておらず水面下の誰も知らないところで非常事態が進行中だとか――そういう最悪なケースは避けられたと言えるか。一時的に動員されたレイス達が戻されたからと言って、事態が解決しているとは限らないが。