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163 騎士団の新生

「私はマディール子爵家の家臣の娘の――」

「魔術師隊のガイエルと申します。お見知りおきを」

「王城で働いております、シヴィリアと申します」


 といった感じで色々な連中から挨拶があった。

 普段あまり王城に顔を出さないし、出しても王の直臣で仕事中だからと遠慮しているところがあったのだろう。

 晩餐会という祝いの席であるために、彼らとしても接触を図るチャンスであったらしい。

 こういう挨拶ラッシュに巻き込まれないように早めに来たところはあるのだが、それでもというところだ。


 ちなみに俺への挨拶もあったが、フォブレスター侯爵目当ての者も結構いた。

 フォブレスター侯爵は中央の活動より自身の領地に力を注いでいるために、あまりこちらでは接触の機会がないようなのだ。

 堅実な領地経営であるために仕官の口を求めるなら優良物件というところなのだろう。


「アルバート殿下もお見えになるのですが、一緒にそちらへどうですか?」

「そうかね。それは助かる」


 フォブレスター侯爵に言うと苦笑いして頷いた。フォブレスター侯爵もやはりこういうのは疲れるらしい。


 楽士隊が演奏を始めたのを切っ掛けに、メルヴィン王が姿を見せて演説する前に部屋に移動するという口実を作り、バルコニーの席を抜け出してきた。


「いや、やはり中央は疲れるよ。私は領地にいるのが性に合っているな」

「お父様が領地にいるから、普段は私がああいった方々と接しているのです。たまには頑張っていただかないと困りますわ」

「む。すまんな」


 フォブレスター侯爵は苦笑している。まあ、オフィーリアとの親子関係は良好なようである。


「それにしても、あまり大物は姿を見せませんでしたわね」


 と、オフィーリア。確かに、先ほどの挨拶回りは貴族家の家臣だとか貴族の子弟、準貴族クラスばかりで爵位持ちの者がいなかった気がする。


「それはまだ時間が早かったし、異界大使殿がいたからだろう」

「と仰いますと?」

「全員とは言わないが――彼らは斥候役だよ。大使殿に限らず、友好関係を結べそうか探りを入れて、それぞれの主人に報告するわけだ。メルヴィン陛下の目の届く場所で、直臣に取り入ろうとしているなどと思われるのも避けたいだろうしな」

「その点、彼らなら万一不興を買っても主までは累が及ばないと」

「そう。与り知らぬことと言い張れるからね。もう少し時間が経てば偵察が終わって本人達もバルコニー席に姿を見せるのだろうが、その時は挨拶も無難なものに終始することになるだろうね」


 なるほどな。繋がりができたと思ったら、後で個人的に招待したりするわけだ。

 その分、どうしても俺と関わり合いになりたいとまでは思っていない、動機の薄い者達ということだから、そこまで警戒する必要はないとも言えるが。


 そのまま侯爵を連れて部屋へと移動する。

 みんなを紹介すると、オフィーリアから話に聞かされているとフォブレスター侯爵は笑みを浮かべた。


「ご無沙汰しております、マルレーン様」


 それから、侯爵は恭しくマルレーンに挨拶をすると彼女も侯爵に笑みを向けた。

 やがてアルバートも部屋に顔を出す。


「お久しぶりです。アルバート殿下」

「これはフォブレスター侯爵。ご無沙汰しております。いつこちらへ?」

「先日です。マルレーン様のことを頼まれております故、挨拶に向かわねばと晩餐会に合わせて顔を出した次第です」

「なるほど、そうでしたか」


 フォブレスター侯爵領はタームウィルズの北にある。ステファニア姫の領地の近くだな。

 挨拶と自己紹介を終えて、窓際に配置されたテーブルへと皆で移動する。

 みんなで茶と砂糖菓子をやっつけながら談笑していると、高らかにラッパが吹き鳴らされ、騎士の塔のバルコニー席にメルヴィン王が姿を見せた。


「皆の者、大儀である」


 一旦言葉を切り、居並ぶ諸侯を見回してメルヴィン王は言う。


「知っての通り、タームウィルズは幾度かの魔人の襲来を受けた。先だってデュオベリスの信徒達による襲来があったことも皆の記憶に新しいであろう。だがしかし、度重なる困難にあっても我等は乗り越えて今日という日を迎えることができた。この日、この時に宴を開くことができたのは、救国の英雄と、ヴェルドガルに剣と杖を捧げた皆の者の働きあってこそである」


 去年は――メルヴィン王は俺を見て笑ったんだよな。情報操作をしているから魔人殺しが云々とか、俺がどうしたとか具体的なところには言及しなかったが……救国の英雄という文言は俺のことを指しているのだろう。

 演説は続いている。劇場のことにも触れるようだ。


「また街に境界劇場もできた。既に足を運んだ者も中にはおろうが、先鋭的な機構もさることながら、演者達も素晴らしい才を余に示してくれた。劇場に限らず、新しく吹き込まれた風は王城にも及んで騎士団や魔術師隊に恩恵を運んでおる。ヴェルドガルは天下にあまねく賢人、傑物、才知を歓迎する。皆も今日は存分に飲み食いして英気を養い、明日からの研鑽に努めてもらいたい」


 杯を掲げて「ヴェルドガルに栄光を!」と、酒を呷れば、メルヴィン王を称える歓声が巻き起こる。いや、異界大使を称える声もあるが。

 晩餐会開会の挨拶ではあるが、所信表明演説でもあるか。劇場を擁護する立場を明確にすると共に、そこで歌っていたイルムヒルト達を歓迎して保護する方向性を、みんなの前で打ち出したというところか。孤児院への支援にも繋がってくる言葉だろうな。


 早速騎士と兵士達が試技に移っている。

 行軍を模したマスゲームだ。歩兵の横列が空中戦装備を利用して空中に踏み出し、向かい側からやってきた兵士達と立体的に交差すると、観客達から驚きの声が上がる。


「話には聞いていたが……」


 フォブレスター侯爵も目を見開く。


「テオ君が考案したんですよ」

「やはりか。陛下のお言葉から分かっていたことではあるが驚かされるな」

「私はテオドール様に我が領の騎士や兵士達を鍛えていただきたいと思っているのですけれど」

「それはどうかな。大使殿もお忙しい身であろう」


 侯爵は苦笑するが、俺は頷いた。


「侯爵の領地に足を運ぶようなことがありましたら、僕でよければ」

「本当ですか? ええ、是非。その時は歓迎致しますぞ」


 まあ、それぐらいのことは別に。

 フォブレスター侯爵に関しては、王家派というか、メルヴィン王の味方だったりするからな。アルバートの婚約の話もそうだし、マルレーンの降嫁の話もそうだ。メルヴィン王が信用しているから侯爵に色々と話が行くわけである。


「あ、メルセディアさんですよ」


 マスゲームが終わり、演目は次のものに移っている。空中戦装備を身に着けた騎馬に跨り、メルセディアが空中を駆ける。騎馬に空中を走らせる訓練は大変だっただろうと思うが――馬の動きに乱れはない。

 空中を滑空する飛竜隊とはまた、違った意味で迫力があるというか、絵になる光景だ。


 飛来した藁束の人形を、すれ違いざまに闘気を纏った剣で真っ二つにしていく。藁の人形は地上から魔術師隊達が飛ばしているようだ。

 その光景に歓声が一際高くなる。メルセディアは生真面目に兜を脱いで、観客達に一礼していた。


 更に地竜隊の演武。彼らも空を走る。


「騎馬や地竜が直接塀や城壁を越えてくることになるわけか。なかなか空恐ろしい話だ。演目ではやっていないが弓兵が高所を取り放題になるだろうしな」


 侯爵は真剣な面持ちでそれを見ている。侯爵のような立場の人間からすると、対応策も考えないといけないわけだ。


「その分費用も嵩みますからね。大部隊に普及させるというところまではいかないと思いますが……」

「確かに」


 飛竜隊――チェスターの出番だ。こちらは元々空を飛ぶから変化がないかと思いきや、レビテーションを組み込んで更に空中の機動性を高める工夫をしていたり、落馬ならぬ落竜しても空中に騎士が留まり、飛竜と連携したり復帰したりということができるようになっている。


 鋭角に飛竜が曲がったり、逆さのまま飛んでいったり……はたまた飛竜と共に別方向からのランスチャージを見せて、交差と同時に藁人形の標的を破壊したりと――去年とは明らかに違う飛竜隊の動きに、観客達は大盛り上がりだ。

 一糸乱れぬ編隊飛行を行って空中ですれ違う様は、空軍の航空ショーを連想させる。


「陛下の仰っていた、王城に吹き込まれた新しい風というのは、これのことですか」


 フォブレスター侯爵は歓声に応えて手を振っているチェスターを見ながら、そんな風に俺に尋ねてくる。


「いえ、僕は騎士団の訓練内容については特に何もしていませんよ」


 馬や竜達をああやって仕上げてきたのは大したものだ。全体的な錬度も去年見た時より上がっている気がする。


「まあ、テオ君がいなかったらああはならなかったと思うけどね」

「もしテオドールが監督したら、多分すごいことになる」


 アルバートとシーラの言葉に、俺は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

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