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番外948 納骨堂の管理者

 サウズを納骨堂のある方向に移動させつつ、街中の様子を見ていく。

 生前の暮らしを模倣しているとデュラハンは言っていたが、亡者達は生前に身に着けた技能を活かして仕事を行う者が多いそうだ。

 四六時中自身の内面と向き合うのも確かに大変だしな。生前の暮らしを再現したりするというのは今の状況を忘れたり、気分転換をしたりというのには向いているだろう。


 だからコミュニケーションが取れる亡者達同士で井戸端会議をしたり、自分の作った物を露店のように並べていたり、案外死者の国は活気がある。特に、生前仕立て屋であったり大工であったりした者は一目置かれたりするそうだ。

 とは言っても、亡者としての見た目が隠せるように、衣服に関しては露出の少ないものが好まれるそうで、最低限のボロ布でも構わないという者も多いようだが。


 食事の面ではどうか。これに関してはランパスが収穫してきた果実等が定期的に配給されているそうだ。亡者にとっては非常に甘露に感じるそうで、生者からの想いを受け取れない亡者が活動のための力を得る場合も、この冥府の果実に頼る事になる。


 ただ、果実だけではずっと亡者として在り続けるには足りない。だから冥精達としては心穏やかに過ごせるように昇念石を生成する事を奨励しているのだろう。

 昇念石を生成していれば精神的にも落ち着いてくるのか、通貨として使われていても結果的にあまり蓄財に励むような亡者はおらず、貧富の差による身分の違いというのも、そこまで顕著に生まれないという事だそうな。


 納骨堂は確かに人気の無い場所だった。

 石造りの立派な建物で――内部に入ると広々としていて、正面の奥に少し華やかな色使いの祭壇が作られている。


『新生に繋がるものだから、冥精達にとっては抜け殻が残るというのは祝福すべき事なのだな。普段から祈りに来るわけではないが、節目節目で冥精達が祭壇に祈りを捧げに来る点と、新しく納骨用区画を作っている者がいる点については注意をして欲しい』


 というのはデュラハンからの情報だ。何となく通信機への文字入力に慣れてきたのか、文章を打ち込むのが早くなっているデュラハンである。片手は自分の首を抱えているのでもう片方の手を使っての文字入力であるが、中々に器用な事だ。


「冥府から見送った次の人生の幸せを祈っているって事かな」


 俺が言うとデュラハンも手にした首を縦に振る。死を悼むのではなく、その逆という事なのか。控え目ながらも祭壇が華やかなのはそういう意味合いがあるのだろう。


「冥精のみんなは優しいね」

「こういう光景を見ていると嬉しいであります」


 ユイがにっこり笑うとリヴェイラもうんうんと頷く。そんな二人の様子に、みんなも表情を綻ばせている。


 ともあれ、警備のレイスはあまり巡回していない。祭壇に祈りを捧げに来るものの、抜け殻なのであまり重要性が無い場所だからだ。亡者達にとっても――嘆きの門付近や骨塚付近はあまり近付きたくないだろうしな。


 改めて納骨堂内部を見回してみるが――正面に祭壇と、地下へと下りる階段がいくつかあって……その地下部分に骨――というか抜け殻を収めてあるらしい。半霊体の器から魂が抜け出し、ただの物質として骨に近いものだけが残るという話らしい。


『右奥の扉からは確か、古い区画に通じていたはずだ』


 と、デュラハンが伝えてくれる。その言葉を裏付けるように、丁度左側の扉から何かが出てくる。赤い目をした黒い犬獣人だ。……二足歩行をしているが、ここが冥府である以上は獣人ではないか。獣人の亡者なら街中で既に目撃しているしな。


『冥精――ブラックドッグだな』


 どうやら冥府の住人であるらしい。

 ブラックドッグ。現世で墓地を守ったという逸話もあり、その時は二足歩行ではなく黒犬の姿だったと聞いている。

 やや剣呑な姿をしているものの、子供を守った等という逸話から人に友好的な種族と認識しているが……まあ、冥精であるというなら納得だ。


 骨塚から骨を回収して納骨堂に納めたり、新しい地下区画の拡張を行っているらしい。

 となると左側は新しい区画という事になるだろう。外に出て行ったブラックドッグを見送って、右側の扉から奥へと進む。


「納骨堂を管理しているなら……俺達が行く時は嗅覚を誤魔化す方法を考えておく必要があるかな」


 サウズは周囲の建材と同化ができるから嗅覚は誤魔化せるとして。


「精霊とは言っても犬の姿をしているし、残り香から辿られたら見つかるという事も有り得るものね」


 ステファニアが頷く。

 迷彩フィールドは、あくまで内部の物を分かりにくくするというものだ。犬は聴覚も優れている傾向があるが、そちらは迷彩フィールドで音を遮断できるから問題はないとしても嗅覚対策はしておく必要がある。


 さて。古い区画は手狭になったという話だが――まあ、外の骨塚と違って整然としていた。

 納骨堂ではあるが埋葬しているわけではないのだ。

 石造りの細かな装飾が施された大きな棺が壁にずらりと並んでおり、壁に掘られた浅い横穴に収められたりしている。


『亡者達の感謝の念は冥精達にとっての力にもなる。冥精達が送り出した者達の足跡でもあるという事だな』

「冥精にとっての施設、というわけですね」


 エレナが納得したというように目を閉じる。

 外の骨塚は――冥府にとっての日常だ。ここに収めるのは冥精達にとって、自分達が仕事をしてきた証であり、見送った者達の幸福を祈る意味合いがあるか。俺達にとっては埋葬のようにも見えるが冥精にとっては違う。日常的に亡者と交流のある、冥精との感覚の違いという事かも知れない。


 ともあれ、死者の国の街中や、納骨堂内部の環境魔力や空気、土の組成等をサンプルとして回収し、向こうに移動する際の安全度を調べておく必要があるだろう。




 天弓神殿での回収と、迷宮核に持ち込んでのサンプル解析ももう慣れたものだ。神殿で召喚と送還を行い、移動してサンプルを解析に掛けてから、工房へと向かった。

 後は……ブラックドッグの嗅覚を誤魔化す魔道具を用意しなければならない。


「――嗅覚を誤魔化す魔道具か。仕組みをどうするかだよね」


 事情を説明すると、アルバートは腕組みしながら思案してそう言った。


「迷彩フィールドには風魔法を組み込んで周囲を覆っているから……展開さえしてあれば空間に残る匂いを辿ってくるのは無理だね。後は……手袋や靴底に細工をすればいいのかも知れない」


 事前に手袋、靴底に薄い浄化された空気の層を纏っておくというような術式を展開しておくわけだ。これならば触れた箇所、歩いた足跡に残ったにおいを察知する、という事はできなくなるだろう。

 においの正体というのは……微細な化学物質の分子が空気中に飛び出したものだ。風魔法で清浄な空気の層を挟んで閉じ込めておけば、どこかに触れてもにおいの元となる物質を付着させずに済む。


 後は……においの成分自体を発酵魔法でどうにかしてしまうという手もあるか。体臭等、成分の分かっているものはこれで消せる。敢えて干渉力を低めに抑える事で生体そのものに影響が出ないようにする。治癒魔法やその裏の術式等は干渉力が高いから他者の器に影響を与えられるのだしな。

 ウィズと共に簡易のシミュレーションを行って安全性を確かめ、消臭術式の方式が纏まったところで、術式の内容を紙に書きつけておく。


「即興でこういう術式を組めるのは流石だね」


 と、アルバートが笑みを見せる。


「この術式、案外色んな所で需要がありそうだけれど……気軽に広めるのは少しまずいかしらね」

「ん。一般に流通させるには少し危険」

「便利そうではあるけど、小さい魔力で行使できる事や悪用の危険性を考えるとね」


 俺もローズマリーやシーラの意見に同意する。

 においというのは香りであれ悪臭であれ、その場所ににおいを発する何かがあると分かるわけだ。衛生や安全の面で判別の手掛かりとするのに重要となる時がある。何でもかんでも消臭すればいいというものでもあるまい。

 そうした注意事項を伝えるとアルバートは頷く。


「確かにね。傷んだ食べ物を消臭したり、特徴的な薬品の臭いを消したりできたら問題があるか」


 アルバートは納得したように頷いた。まあ、一般に流通させられない魔道具ではあるが、俺達だけで適切に使う分には問題ない。冥府調査で活用させてもらうとしよう。

 嗅覚というのは慣れると麻痺しやすいものだ。代わりに嗅ぎ慣れないにおいの場合は意識しやすい。逆に言うと……無臭である事は相手からは意識しにくいという事で、ブラックドッグの嗅覚を誤魔化すだけではなく、変装して亡者や冥精達から直接の情報収集する時にも役に立ってくれるだろう。


 迷宮核に渡した諸々のデータも、そろそろ解析結果が出てくるはずだ。ノーズとサウズの無人調査で必要とする情報を得られればそれに越した事はないが、まあ聞き込みができないと望みの情報が手に入るかどうかも運任せになってしまう。

 安全性が確保されたら現地へ赴く事も視野に入れて動いていくとしよう。

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