番外944 死者達の国
天弓神殿に移動し、再び調査用魔道具を回収する。流れとしては前と同じだが検証、実験を更に前に進めないといけない。
戻した調査用魔道具の魔石を交換し、サンプルとして採取してきた川の水、彼岸側の土や石ころといった物品を回収する。
「土や水、空気は……流石に半霊体ではないみたいだね」
「そのあたりは朗報ですな」
「まあ、飲み水はこっちの物を持ち込む予定だけどね」
オズグリーヴが俺の言葉に同意するように頷く。
花畑で回収した花や土も向こうに送り返す予定だ。半霊体の花だとか冥府の物は……あまりこちらの世界に残しておくべきではあるまい。データを取ったら送還するぐらいで丁度良い。
もう一つ検証しておくべき内容としては――生体を事前に向こうに送り込んで冥府の影響を調べておく事だ。現世の生き物を冥府に送り込んで環境の影響を見るというわけだ。
冥府側の気候データも調査用魔道具のお陰で手元にあるからな。温度、湿度に対応可能な植物や昆虫等を送り込む、というわけだ。
花畑はそこそこ暖かかったが、今ノーズのいる彼岸側は冷涼だ。寒さに強く、生命力の高い植物を送り込む、というのが良いだろう。
生体への影響の検証は最初からするつもりだったので、いくつか候補を絞って植物園で栽培してある。気候に対応した植物を送り込めるように、というわけだな。
暖かい場所、暑い場所に対応した植物は元々植物園で育てていたので、主に寒い場所で育つ強い植物を集めておいたわけだ。季節柄冬になっていたのは幸いと言える。
「弱らないと良いな」
「そうだね。フローリアとプロフィオンが活性化してくれているから大丈夫だと思うけれど」
ユイの言葉に答える。これによりコンディションの良い状態で検証ができる。俺達は高位精霊の加護を受けているから、条件を揃えて加護による安全性を確かめる為の検証でもあるな。
同時に寒さに強い虫なり小動物なりをケージに入れて餌と共に送り込む。冥府側で現世の植物の葉等を食べて大丈夫なのかを検証しておけば、こちらから持ち込んだ食糧とそれを摂取した時の影響も調べる事ができるというわけだ。
常世の物を食べてもらうような実験――ヨモツヘグイは最初から避ける予定なので検証からは除外する予定である。あまりいい結果にならないと予想されていて、自分達が避けるつもりでいる事をわざわざ確認する、というのもなんだしな。
『安全のための検証が細かいというのは、留守番をするわたくし達としても安心していられるわね』
水晶板モニターの向こうのローズマリーが羽扇で表情を隠して言うとみんなも微笑みを見せる。
「植物と昆虫や小動物の転送に関しては、時間経過による影響を見る必要がある。人目のない所に移動して一晩明かしてもらう予定だから、転送ももう少し後回しになるかな」
とりあえずサンプルを回収し、魔石を入れ替えて調査用魔道具を転送する。後は――ノーズとサウズを入れ替える実験も進めよう。
手順としてはまずサウズをノーズの場所に送り込み、続いてノーズをこちら側に召喚する、という事になる。召喚は対象を指定しているので、一時的に冥府に二体とも移動していても問題なくこちら側に戻せる、というわけだ。
サウズにしっかりと魔力補給をしてから、マジックサークルを展開して調査用魔道具と共に冥府へと送り込み、続いて召喚術式を起動してノーズをこちらに引っ張ってくる。
水晶板モニターの映像が一瞬途切れるが――問題ない。サウズと調査用魔道具が彼岸側のポイントにいる事が水晶板モニターの映像で確認できた。
『ん。良い感じ』
「流石はテオドール公とアルバート殿下ですな」
シーラが言うと、ウィンベルグが同意するように目を閉じてうんうんと頷いていた。
転送と召喚の作業を行った後は再び迷宮核へ向かった。
戻ってきたノーズへの魔力補給を行い、回収したサンプルを迷宮核で調べる、というわけだ。
そのあたりの解析を迷宮核で進めつつ、ノーズの状態も軽く解析してもらった。冥府が魔法生物に与える影響を調べておくわけだな。
そうして天弓神殿と迷宮核を行き来し、やるべき事をやってからフォレスタニア城へ戻ったのであった。
時間的にはまだ仕事を続けられるか。中断した探索の続きと行こう。フォレスタニア城の一室に戻ると、みんなが笑顔で迎えてくれた。
「ただいま」
と、俺も笑って答え、椅子に座って調査用魔道具と同化したサウズを動かしていく。道から一定の距離を保ちつつ亡者達の後を追ってもらう。不毛な岩場が多いのでノーズやサウズにとっては花畑よりも目立たずに動きやすい場所、と言えるかも知れない。
「何と言いますか。ここまでの冥府の状況は、かなり静かですね」
「そうだね。もっと大変な状況も想定してたけど」
グレイスの言葉に答える。静かに任務をこなす渡し守の精霊や、黙々と歩く亡者達の姿は、確かに淡々としていて、不穏さや不気味に感じたりする者もいるかも知れない。
とは言え、精霊達も自分の仕事をしているだけだし、歩いているのは干渉を受けている故人の魂だからな。無闇に恐れる対象でもあるまい。
話をしながら亡者達の後を追跡していると……やがて霞がかっていた景色も見通しが良くなってくる。荒野に、まばらに枯れ木が生えているという……何とも殺風景な光景が広がっている。遠くに何やら、大きな城壁のようなものが見えた。かなり大きな都市部の外壁という事になるのか。
『あれは天国でも地獄でもない場所――死者の国だ。我が案内らしい案内をできるのは、あの場所ぐらいまで、だな』
デュラハンが教えてくれた。死者の国、か。
天国に行ける程に善人でもなく、地獄に落ちる程の悪人でもない。そんな人々の魂が、漂白されて根源の渦に還るまでを過ごす場所、という事らしい。
処遇が決まった者達は意識も戻るそうだ。だから死者の国では聞き込みも可能だろう。無人調査での情報収集もしてみるが、どうなる事やら。
「あっ」
「リヴェイラちゃんに似てるね」
と、リヴェイラが声を上げ、ユイが笑顔を向けた。
そう。リヴェイラと同じような姿をした冥精――ランパス達が空を飛んでいるのが水晶板モニターの視界に映し出されていたのだ。
「確かに……似ているであります」
「リヴェイラの事、知ってる子がいるといいね」
俺も声をかけると、リヴェイラはユイや俺に大きく頷いて笑顔を見せる。ユイがリヴェイラを励まそうとしてくれている事をきちんと分かっているから、明るい笑顔だ。
ランパス達はと言えば……楽しそうに追いかけっこをしたりと、割と自由に遊んでいるように見受けられる者も大半だが、そうでない者もいるようだ。
外壁の内側から出てきて枯れ木の枝に降りると手にぼんやりとした光を宿したりと、何やら作業をしている者もいる。
見ていると、枯れ木に林檎のような赤い果実を実らせ、それを都市内部に持っていくという作業を行っているらしい。
ランパスは……そんな事もできるわけか。宮仕えで色々な雑事をしているとは聞いていたが。
「他の場所の性質を考えれば、あの場所が潜入するのも楽そうに見えるかな。実験が終わって安全性が確かめられたら、実際に冥府に移動するのも視野に入れて動いていこうか」
そう言うと同行する面々が頷く。
では――サウズをできるだけ人目に付かない場所に移動させて、現世の植物や虫等を向こうに送る事から始めよう。
都市部に近付かないと門のあたりでどうやって選別しているのかが分からないが……隠密フィールドや遁甲札があればサウズを密かに送り込むぐらいは何とかなるだろう。得てして内部に潜入してしまえばチェックも緩くなるものだからな。