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番外943 此岸と彼岸

 さて。そんなわけで無人調査も本格始動といったところだ。冥府に送られたノーズを移動させていく。

 ノーズは石の調査魔道具と同化して背負い、地表付近を結構な速度で泳ぐように進む。この辺はコルリスの使う術や一部の魔物から齎されたものだな。砂を泳ぐ鮫の魔物等が迷宮の区画にもいるが、その辺の術式も参考にしている。


 元々地面と同化して監視や索敵といった偵察を行うのがシーカーとハイダーの役目だ。マーカーとして広い範囲の探索や、拠点に適した場所への移動をする事を想定し、機動力の面でも色々と強化されているわけだな。


 ともあれ、ノーズとサウズには結構大きな容量を持つ魔石や出来るだけ効率化した迷彩フィールド等々、長時間活動を行うための技術が注ぎ込まれている。


 そうして花畑から亡者達が向かっている方向へと進んでいくと――大きな川が見えてくる。かなりの急流で普通に泳いで渡るというのは難しそうだ。……レテの川とか三途の川とか……これも冥府の浅い部分としては付き物というイメージがあるが。


「渡し守は……近くには見当たらないみたいだね」


 今は向こう岸に行っている最中なのか、それとももっと遠くにいるのか。その辺は分からない。亡者達はと言えば川岸に立ったり座ったりとぼんやりとしているようだ。


「もし決まった場所から船で渡るならその場所に誘導もされると思うのだけれど」

「その場で待つというのは……そうする事で変化があるのでしょうか?」


 その様子を見て、クラウディアとグレイスが首を傾げた。

 デュラハンによると『すぐに渡し守も現れるだろう』との事だが。


「少しこのまま様子を見てみようか。ノーズなら川底に同化して進めるけれど」


 その間に調査用魔道具を開く。川の水の採取だけは済ませておいた方が良い。空気の組成等には花畑に引き続き、変化……というか問題はない様子だ。

 水の組成も……毒性等はないという結果が出た。普通の水だ。


「性質は精霊界ではあるんだろうけれど、一つの異界として成立している気がするな、これは」

「魔界のように、ですか?」


 神妙な面持ちで尋ねてくるエレナに頷いて答える。


「うん。完全な精霊界なら領域に住む精霊以外の要素がないから、そもそも空気や水がある必要がないのに、冥府はそうじゃないからね。魔界は人為的な部分と偶発的な部分が重なって異界が広がったけれど、冥府の場合は――人や動物、魔物の意識も成り立ちや在り方に関わっているんだろうと思う」


 デュラハンに渡した魔道具が冥府と行き来しても残る事から、冥府がどうであれ魔法生物や魔道具なら送りこめる……とは思っていたが。少なくとも霊体や精霊、精神体以外でも冥府に存在する余地があるという事だ。


 故人の行く先が幸福であってほしいとか、そうした人に会いたいというのも……多くの者が願うような普遍的な想いなのではないだろうか。だとするならその可否に限らず、冥府もまた人や魔物が立ち入れる余地のある環境として成立するというのは分からなくもない。やはり、立ち入るならば精霊や冥府に近しい性質を持っている方が、より安全だとは思うが。


 送られてくる分析結果を見ながら思案していると、川岸に変化が訪れた。水の底から湧き上がる様に、青白く輝くオーラで形成された小船が現れたのだ。一隻や二隻だけでなく何隻もの小舟が、亡者達を迎えるようにあちこちから湧き上がる。


「……精霊かな、あれは」


 俺の言葉にデュラハンが手にした自分の首を縦に動かす。船そのものの姿をした……渡し守の精霊。複数いる時点でカロン等のイメージとは結構違うが精霊なら複数の渡し守がいても納得だ。亡者達はゆるゆると船に乗り込み、川を運ばれていく。


「流石に船そのものが精霊となると、船底にくっついたりして向こう岸に渡るという訳にも行かなそうね」


 ステファニアが顎に手をやって思案しながら言った。


「そうだね。迷彩をしていても、船体に触れたら気付かれる……と思う。その時に渡し守が攻撃的な行動を取るかどうかは分からないけど」


 やはり、密航するよりは川底を移動する方が良いだろう。そうと決まれば移動していこう。


『息を吹き返す余地があるならば渡し守が追い返し、そうでない者は向こう岸に連れて行く、と……当の渡し守に聞いた事がある』

「……なるほどね」


 デュラハンの記した文面に頷く。死者と生者の選別も渡し守の役目か。現世と常世を此岸、彼岸と例える言葉もあるが、川の向こうは本格的な死者の領域という事になるのだろうか。少なくとも川岸では霞がかっていて対岸の様子は分からないのだが。


「向こう岸についたら改めて環境魔力も収集して調べる必要があるね。川の水も資料として採取してあるし、また調査魔道具を一旦戻す事になるかな」


 代わりの魔石は何セットかヴァレンティナが用意してくれているので交換に関しては当面心配ない。


「天弓神殿に行くのなら我らも共をしよう」


 テスディロスが応じる。確かに冥府との間で魔道具を移動させる際は警戒度を上げておいた方が良いだろう。


 それも無事川を渡ってからの話だ。川を渡る船に近寄り過ぎず、かといって見失わない程度に一定の距離を保ちながら、ノーズには川底と同化させるようにして進ませる。

 非正規の方法で渡った時に何かしら妨害するような術式や結界があるという事も予想していたが……割合淡々と進んでいくな。


「ん。中々緊張感があるけど……意外と順調?」

「そうだね。白い光の件を受けて非常事態なら警戒度を高めている可能性も予想してたけど……」


 内部での出来事はこの辺りは関係ないという事なのか。非常事態であってもこうした亡者の輸送を止めるわけにはいかないだとか、情報自体隠蔽しているという可能性もある。

 冥府の外から生者が来るという事自体が相当なイレギュラーなのであれば、警戒していないというのも分からなくもない。

 デュラハンにもその辺の事を聞いてみれば『ここまで見てきた限りでは平常通り』という返答だ。


 やがて――水深が浅くなって、川の向こう岸が見えてくる。岸についた小舟から次々と亡者達が降ろされて、小舟も水底に沈むようにして消えて行った。


 ノーズも……無事に対岸に辿り着いて、川から上がる事ができた。

 そこで少し安堵の息をつく。渡し守の船でないと延々対岸につかないだとか、そういう事も有り得るかと思っていたのだ。


 少なくともリヴェイラの記憶に残っている白い光に関係する出来事は、現世と常世の境界に関わる部分での問題ではなさそうだな。


 そして対岸の様子はと言えば――花畑の広がっていた場所とはかなり違っていた。


「さっきまでの場所に比べると……かなり殺風景ですね」


 アシュレイが言う。その言葉通り、ごつごつとした岩場が広がっていた。相変わらずというか、遠景は霞んでいて見えないけれど。


 比較的歩きやすそうな道も続いており、亡者達は静かにそこを進んでいく。


「もう少し渡し守から見えにくい場所に移動したら、また情報収集をしてから魔石の回収かな」


 川の水や彼岸側の環境魔力等も解析していく必要がある。ノーズもそれなりの距離を移動しているので、ノーズを基点した召喚と送還の実験も兼ねられる。

 いずれにしても亡者はまだ干渉を受けているようなので自意識も薄いし、情報収集の場所としては適していないからな。

 その後は――道が続いているのなら、引き続き後を追っていけば良い。方針としては分かりやすい。


「それじゃあ、また同行するね」

「そうだね。少し行ったり来たりが増えるかも知れないけれど」


 ユイに答えると同行する面々も頷く。さてさて。道の先に何があるやら。

いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!




コミックガルド様のサイトにて、コミカライズ版境界迷宮と異界の魔術師第8話が配信開始となっております。


詳細は活動報告にて記載しておりますので楽しんで頂けたら幸いです!

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