番外941 石と道標
「ノーズはここ、サウズはこっちだね」
と、立つべき場所を指定するとノーズとサウズはこくんと頷き、それぞれ祭壇の手前と後ろに移動する。祭壇自体にもノーズ、サウズの内部に組み込んだ特徴と同じような紋様を刻んであり、まあ、双子と祭壇の結びつきの他に東西南北に対応しているというか。
ノーズと共に石を向こうに送り、サウズは映像と音声の中継機を担当する。ノーズとサウズは感覚共有によって能力差がないので、残存魔力量に応じて役割を入れ替えたりするかも知れないが、とりあえず初回はノーズが石の調査魔道具を冥府に運ぶ、という事で良いだろう。
「では、私達は警戒態勢に移ります」
ヘルヴォルテが静かに言うと、デュラハンも俺の護衛をするというように斜め後ろに控える。テスディロス達も封印術を解いてあり、視線が合うといつでも戦闘に対応できる、というように頷き返してきた。
緊張した面持ちのリヴェイラのすぐ隣でユイとガシャドクロもきっちり守る、というように付き添っている。
「迷宮核の試算では大丈夫だと思うけれど、こっちの想定を上回ってくる可能性もないわけじゃないからね。各々、護衛と迎撃に関してはそのまま担当してもらえるかな」
「うんっ」
俺の言葉にユイも頷く。
自由に行き来できるようなゲートを開くのとは方式が違う。召喚と送還の術に近いので冥府側から亡者が溢れ出してくるというような事はないとは思うが、だからと言って油断して良いという事はないからな。
フォレスタニア城のみんなも水晶板モニター越しに俺達を見ている。こっちで異常が起こればすぐさま通達が可能だ。
「それじゃあ始めようか」
祭壇に向かい合い、ウロボロスを真正面に構えて石突を神殿の床に突き立てる。
そうして祭壇の向こう側にまで広がる大きなマジックサークルを展開した。祭壇、ノーズ、サウズがそれぞれ反応して燐光を纏い……冥府の住民に特徴的な魔力が広がっていく。
同時にノーズが石の魔道具を抱いたままで迷彩フィールドを展開していく。姿が一時的に見えなくなるが、その輪郭がこちらの術式の影響で光に包まれた。
一瞬後に光が四方に広がり――細い光の柱になったかと思うとノーズと石の魔道具の姿がその場から掻き消える。魔力の動きは召喚されたデュラハンが帰る時に近い。そうした魔力の動きを参考にして術式を組んでいるのだから当然と言えるが。
展開した術式による魔力の動きが完遂したところでマジックサークルを畳む。場の魔力の動きに注視して何か異常がないかを確認しつつ、サウズの中継機――水晶板モニターにも視線を向ける。みんなもやや緊張した面持ちで水晶板モニターを覗き込んでいた。
水晶板モニターにはノイズが走っていたが、それも少しの間だけだ。
すぐにきちんとした映像が送られてくる。何やら花畑に出たようだ。遠くは靄がかかったように白く霞んでいてよく分からないが。
「冥府の入り口、かな?」
俺の言葉にデュラハンが首を縦に振る。デュラハンにとっては馴染みのある場所のようだ。まあ……臨死体験で見るイメージという印象もあるが、そういうイメージが冥府という精霊界に影響を与えているのか。それとも精霊界がそうだから実際に死に瀕して垣間見てしまっているのか。その辺はよく分からない。
「何か思い出したら、すぐに伝えるであります」
リヴェイラも真剣な表情で食い入るようにモニターを眺める。
ともあれ迷彩フィールドを纏ったままでノーズは素早く調査魔道具の外観と同化を進めていた。ちょっとした土塊といった感じに表面の質感を変化させて、調査魔道具を起動。それから改めて周囲の映像を送ってきているようだ。
「む。あれは?」
と、テスディロスがモニターの一角を見て言う。
何やら……白い霞の中に蠢くものが見える。一つではなく複数だ。青白く燃える炎を纏った人影であったり、骨と皮だけになった痩せこけた姿やスケルトンのような姿をしていたり。
「なるほど。亡者か」
オズグリーヴが言うと、デュラハンが肯定するように頷く。
姿がまちまちなのは……きちんと埋葬されたかどうかだとか、生前に未練を残していたり誰かに恨まれていたりといった事で変わってくるらしい。デュラハンが通信機を操作してそんな風に教えてくれる。
ともあれ亡者達は互いの事が視界に入らないのか。緩慢な足取りで同じ方向に向かっているようだった。デュラハンによればこの光景も特に異常という事はないようで。亡者達の向かう先が冥府の更に奥――。俺達の調査するべき場所でもあるようだ。
「亡者達の向かう先にも興味はあるけれど……とりあえずは情報収集かな」
調査魔道具で情報を収集。データを受け取り、更に場所を変えて……と続けていく必要がある。ノーズが魔道具を展開して収集したデータについての表示を見てみると……生身で踏み込んでも空気の組成等には問題がない事が分かる。
これがこの場所だけなのか、それとも生身で更に冥府の中心部に向かっても大丈夫なのかはまだ分からないが……まあ、対策無しで移動しても大丈夫な所がある、というのが分かったのは僥倖だ。亡者達に気付かれないように工夫する必要はあるが、その気になれば拠点を造る事も可能だと思う。状況を見ながらその辺の必要性も判断していきたいところだ。
少なくとも、冥府の入り口に当たる場所でも亡者達はいるから、それ相応の偽装をする必要があるというのは分かるな。
調査魔道具の魔石に環境魔力を吸収させたりと、ノーズは丁寧に作業を進めてくれる。一先ずの情報収集が完了したところで、モニターに見える位置で手を振って教えてくれた。サウズも大丈夫、というようにこくんと頷く。
「よし。それじゃ調査魔道具を召喚してみよう」
これも早い段階でしておくべき実験の一つだ。ノーズを残したまま、調査魔道具を召喚してこちらに呼び戻す。調査魔道具の魔石を回収、交換したらノーズを目印にまた冥府側に送るという手順になるな。回収した魔石に関しても迷宮核による分析を行う事で、影響等を調べるというわけだ。
サウズに触れてノーズに五感共有を利用して指示を出すと、水晶板モニターの映像がゆっくりと上下に二回程動く。こくこくと頷いたわけだな。これが左右に動けば否定の合図だ。
調査魔道具が閉じられ、同化していたノーズが離れる。みんなが臨戦態勢を整えた所でマジックサークルを展開。呼び戻すための術式を起動させると、水晶板モニターの向こう側で調査魔道具の輪郭が光に包まれ、先程と同じように細い光の柱になって消えた。
代わりに祭壇の向こうに召喚されて調査魔道具が戻ってくる。調査魔道具を開いてはめ込まれた魔石を交換したら再度ノーズの所に送る。
迷彩フィールドで覆い、マジックサークルを展開。同様の光景が展開されて調査魔道具が消える。水晶板モニターを見やれば、ノーズの目の前に調査魔道具が送り込まれているところだった。
ノーズは戻ってきた調査魔道具と同化。問題ない、と、サウズと同時に首を縦に振る。
「良い具合ですね」
『きちんと組み上げた術式も機能しているようね』
「そうだね。調査の第一段階としてはまずまずだと思う」
頷くヘルヴォルテとモニター越しのローズマリーの言葉に、俺も頷く。ノーズとサウズに期待した役割分担もしっかりできていて、五感共有もきちんと作用しているのが確認できた。
こうして調査魔道具を行き来させたりもしたが、不審な魔力の動きも……今の所は感じられないな。
「私の方は……何も思い出せないであります」
リヴェイラは残念そうに首を横に振った。
「ん、分かった。行き来する術式の安全性については一先ず確認できたし、実際に現地に行けば何か思い出したり、手掛かりがあるかも知れないね」
「テオドール殿……。ありがとうであります」
リヴェイラは俺の言葉に真剣な面持ちでお礼を言ってくる。俺も小さく笑って頷くと、リヴェイラも笑みを返してくる。ユイはそんなやりとりに頷いたりして。
記憶が戻らずに残念に思っている気持ちも勿論あるのだろうが、リヴェイラとしてはそれよりも役に立ちたいという気持ちの方が強いようだ。それをこちらに責める気はないので、まあ、気に病む必要はあるまい。
まずは回収した魔石の解析。それからノーズに移動してもらって探索範囲を広げるという方向で無人調査を進めていくとしよう。