番外939 神殿と回廊と
というわけで石の魔道具を受け取ったところで迷宮核へと移動し、神殿と炎熱城砦の接続区画――鏡の迷宮構築を行っていく。
接続区画が出来上がれば冥府の調査を始められる。最低限必要な物は揃ったし冥府に移動する際の準備もできているが、万一の事態を考えると接続区画もきっちり作っておかなければなるまい。
「新区画の神殿とばかり呼ぶのもなんだし、きちんとした正式名称が欲しい所よね」
「確かに、神殿も他にも色々ありますから通称というにもやや不便ですね」
迷宮核の外でステファニアが言うとグレイスもにっこり笑って同意する。
『確かにね。俺は接続区画を作っているから……今回はみんなに考えてもらうっていうのはどうかな。接続区画……鏡の迷路も、今の内に決めて貰って構わないよ』
迷宮核内部の術式の海から通信機で伝える。
「ふふ、そういう事でしたら。是非皆さんに名付けて貰いたいところですね。どんな名前になるのか楽しみです」
ティエーラが微笑み、みんなも笑顔で応じて新区画の名前を考える、という事になった。
割合新区画の名称を考えるのも楽しそうで和気藹々とした雰囲気だ。まずは神殿から決めていく事にしたようである。
「光と闇が特徴の神殿ですから……光明とか陰影とか……んー」
と、エレナは顎に手をやって思案を巡らせているようだ。
「他には虹や滝も印象に残りましたね」
「確かに。名前を付けるのならその辺の特徴から考えるのが良いかしら」
アシュレイが微笑んで言うと、クラウディアが区画の様子を思い出しながら答えた。
光と闇、現世と常世、虹や滝。そうした言葉からいくつか候補を出してその中から考えていくのが良いだろうという事になったようだ。
そうしてあれこれと単語を出して候補を決めていくグレイス達である。ティエーラとコルティエーラは「自分達は人の感覚での名付けというのはよく分からないから」と、それを見守る事にしたようだ。
ティアーズがお茶を淹れるとマルレーンもにっこり笑って応じる事でティアーズに感謝の気持ちを伝えたりと、ゆったりとした雰囲気だ。
そんな光景に和みつつも、俺も作業を進めていく。
鏡の迷宮に関しては――壁自体が動く事で順路を途中で変更したり大回りさせたり、大部屋に誘い込んで魔物に挟撃させたりと、ヴァルロス達を迎え撃った時や、深みの魚人族と共闘した時の要塞と同じような機能を組み込んでおく。更に光と可動式の鏡を複数使って通路に光を通し、鍵となるポイントに集める事で扉を開ける……という仕掛けを用意した。これはまあ、仕掛けとして放たれている光自体が浄化の力を持つ。
扉の開錠自体が冥府の住民……特に亡者に不利なフィールドを構築する仕掛けだ。亡者の軍勢によって侵攻するというのが非常に難しくなる。かといってそれを利用しないと先に進めず、進みやすい通路を選ぶと堂々巡りさせられたり……と、時間稼ぎも兼ねているわけだな。
そんな調子で基本構造を構築し、また月齢による迷宮構造の変化を考え、基本に沿うように迷宮核に迷路のパターンを生成してもらった。
幾つか評価点を用意し、パターンごとの攻略難易度を数値化する事で、一定の難易度以下のものは生成しないようにしておく。迷宮の構造は月齢で変わるので、事前の構造把握を防いだり、構造によって攻略難易度が偶々簡単になってしまう、というのを防ぐわけだな。
因みに、防衛用に分類される区画では転界石は生成させないし、転移用の石碑も置かない。そもそも管理者が許可した者以外は内部に立ち入る事を想定していない場所だ。俺達は管理者側だから移動に支障はないし、利便性を考慮する必要もないという事で。
鏡像から偽者を作り出して襲い掛かるデモンズミラーであるとか、さながら光弾のように飛び回るバレットウィスプ、平面に伸びていると鏡と見分けのつかないシルバースライムといった魔物を配置している。鏡の迷宮は呪法で攻撃を反射するからデモンズミラーやシルバースライムを警戒して鏡を虱潰しに割って回るという事はできないし、バレットウィスプについては高速で動く上に光の身体が風景に反射するので、視覚的には相当見切りにくくなるはずだ。
そうやって作業を進めていると、新区画の名前についても進展があった。
「うーん。虹……弓、とか?」
というイルムヒルトの呟きにみんなが反応したのだ。
「アルクスの名前も弓を由来にしていて、転じて虹の意味があるというし……虹が見えるあの区画には良いかも知れないわね」
ローズマリーが羽扇を軽く手の中で弄びながら言う。
「ん。空……天……天弓神殿、みたいな?」
シーラが言うとみんなもふんふんと頷いたりして。みんなの反応も好感触で、新区画の神殿はそのまま天弓神殿、という事で決定した。
続いて鏡の迷路についても名前を考えていく事にしたらしい。俺も接続区画の特徴や仕掛けを映像情報と共にみんなに伝えていく。
「亡者にとっては、厳しそう」
と、コルティエーラが言うとみんなも確かに、と同意する。冥府の精霊は浄化が効く対象とは限らないが……精霊はともかく亡者対策としてはかなり防備が厚いな。
勿論、普通の侵入者にとっても十分な防衛戦力として機能するだろう。
「今度は……光と鏡、迷路、に関連する言葉から考えると良いかな?」
「迷宮区画は名が体を表している、という傾向があるように思いますので、それが良さそうですね」
そう言ってユイが首を傾げるとオウギが答え、ヴィンクルも同意するように声を上げた。そんなやり取りをしてユイが首を捻っている様子に、みんなも微笑ましげな視線を向ける。
「なんとか回廊……みたいな」
「ああ。回廊は良さそうね」
「ん。いい感じ」
といった感じでユイが漏らした言葉にクラウディアやシーラも反応する。鏡の迷路の名称にはユイの意見も取り入れられる事が決定したようだ。
そんな調子で話し合いを続けていたが、やがて鏡の迷路に関しても名称が決まる。
「鏡像回廊というのはどうでしょうか?」
というアシュレイの提案が採用された形だ。
『天弓神殿と鏡像回廊ね。格好いい感じになったんじゃないかな』
迷宮核内部での作業を進めつつ通信機でそう伝えるとみんなも笑顔になっていた。
そうして俺の方もまずは鏡像回廊を構築し、天弓神殿と炎熱城砦、それぞれとの接合地点を整備して魔物を配置し、作業が一段落した。
『こっちの作業も終わったよ。少し鏡像回廊の仕上がりを見てこようか』
「ふふ、面白そうね」
俺の言葉に、ステファニアが笑顔になる。
そんなわけで鏡像回廊との接合部へと転移した。天弓神殿の区画内――外周部の一角に接合する建物を模した門が作られているわけだ。
扉を開いて通過すると……空気が変わる。湿度や温度の違いで、別の区画に移動した事が分かる。環境魔力は天弓神殿と同じく、清浄なものであるが。
通路は……大人数での突破が難しくなるようにと、やや狭く作られている。鏡やタイルの縁が発光していて内部は結構明るくなっているな。
「まあ、あんまり奥まで行くと罠もあるし戻るのも大変だから程々の所までね」
と、みんなに注意をしつつ内部に足を踏み入れる。
浮遊する光の球が、俺達を迎えるように寄ってくる。バレットウィスプだ。
管理者と代行。その招待客という構成なので防衛区画の魔物は俺達に攻撃はしてこない。俺達にとっては安全と言えるので内部に入っても緊張感はない。
壁に扮していたシルバースライムが盛り上がるように動いて、会釈するようにぺこりと動いた。そんな様子にみんなも笑顔になっていた。
「通路かそうでないのか、瞬間的に分かりにくいですね」
「速度を上げて動いたりすると、壁面にぶつかってしまう、というのはありそうね」
「時間稼ぎが目的でもあるからね」
通路が狭いのも敵を縦に引き延ばして人数を頼みに動けなくする効果がある。光と鏡の仕掛けも伝令を飛ばしたりするのに一々時間がかかるだろうしな。
ともあれ、これで冥府調査を始める準備も整ったと言えるだろう。