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162 もう1人の侯爵

「準備できました」

「じゃあ、そろそろ出ようか」


 晩餐会の当日。着飾ったみんなに声を掛けて、城から迎えに来た馬車に乗り込む。

 グレイス達は例によって、決まった相手がいることを示すために揃いの花の髪飾りを付けている。

 シーラとイルムヒルトも髪飾りを付けているのは面倒事を避けるためである。

 特に相手がいない場合でも都合によって髪飾りを付けるというのは、社交界でも割合行われていることだそうな。このあたりの情報はアシュレイを通してオフィーリアが教えてくれた。


 シーラは盗賊ギルド所属なので、王城の人間とあまり関わり合いになりたくないそうだし、イルムヒルトの方も劇場で顔が売れてしまったからということらしい。

 セラフィナは――1人だけ付けていないのが仲間外れみたいで嫌だからという理由だったが。


「去年と違って、今年は騎士団の方達とも知り合いが増えたから随分気楽に感じますね」

「確かにね」


 アシュレイが微笑みかけてきたので苦笑を返した。

 去年は騎士団が腹に一物ありそうで警戒をしていたからな。今年はそういうこともないし、王城に出向くこと自体も慣れたものだ。

 とは言え、解毒の魔道具やら破邪の首飾りは常備している感じではあるのだが。


「予定としてはどうなっているのかしら?」


 クラウディアが尋ねてくる。


「迎賓館の一室を貸し切りにしてもらっているから、まずは催し物を楽しんでほしいってさ。一通り終わってから王の塔に招かれるはずだよ」

「分かったわ」


 面識のある相手ぐらいは部屋まで挨拶に来るかも知れないが、いずれにしてもクラウディアの氏素性を喧伝して回るわけではない。逆にあまりあからさまに人目を避ける方が勘ぐられるし、こちらが普通にしているのに探りを入れてくる相手は要注意となるわけだ。


 やがて馬車が王城に到着する。

 馬車から降りて迎賓館前の広場へ向かうと、既に騎士団の準備は粗方終わっている様子であった。鞍や鐙を身に着けた騎馬に地竜、飛竜と、そのパートナーの騎士達が完全装備で待機している。


 何というか……耳目を集めてしまっているな。着飾った彼女達が人目を惹いているところがある。クラウディアのことを抜きにしても個室の席を宛がってもらったのはありがたいところだ。


 視線を巡らすと、チェスターもいた……が、何やら着飾った女の人と楽しそうに話をしている。そういえば、去年も貴族の子女から声援を受けていたような気がする。

 相手は花の髪飾りを付けているのが少々気になるな。


「これはテオドール様」


 そこにメルセディアが通りかかった。


「ああ。メルセディア卿」

「皆様お揃いのようですね。今日は私も試技に出ますので、是非見ていっていただけると光栄に思います」

「迎賓館の方から拝見します」


 と答えると、メルセディアは相好を崩した。


「ところで、チェスター卿は――」


 俺がチェスターの話題に振れると、メルセディアは一瞬チェスターの方に視線を送り、言いたいことが分かったのか苦笑いを浮かべる。


「ああ。あの方ですか。先日、デュオベリス教団と戦った際に、半魔人から助けたという話ですよ。商家のお嬢さんだそうです。どうやらチェスター卿が招待したようですね」

「なるほど……」


 タルコットとはまた違う形だがチェスターにも春が来たというところか。

 聞きたいことは聞けたしメルセディアも予定が詰まっていそうなので、世間話もそこそこに、迎賓館の方へと向かう。去年は迎賓館のバルコニーから騎士団の演武を見せてもらったのだが、今年は個室からゆっくりと見る形だ。


 案内を受けて部屋に通される途中で、ブロデリック侯爵家の長男であるマルコムが、バルコニーへ向かって廊下を歩いていくのを見かけた。

 どうやら侯爵領から戻ってきたらしい。となると、あっちでの仕事にも一区切りついて、正式な報告をするために戻ってきているというところか。後で俺だけでもそっちに軽く挨拶に行ってくるか。

 胃の調子やアロマキャンドルの具合はどうか聞きたいところだしな。




「これはテオドール様。ご無沙汰しております」

「お久しぶりです、マルコム卿。その後お加減はいかがですか?」


 バルコニーの席へ顔を出して尋ねると、マルコムは満面の笑みを浮かべた。


「いやあ。あれはよく効きますな! 少々痛むこともありますが、随分と助けられておりますぞ! 蝋燭の香りの方も、夜はぐっすりと眠れるので重宝しておりますぞ!」

「それは良かった」


 それでもストレスとは無縁というわけにはいかないのが涙を誘う。

 いずれにしてもマルコムはブロデリック侯爵とノーマンの後始末をしていかないとならない。今後もあの2つが役立ってくれると良いのだが。


「侯爵領の方はどうなりましたか?」

「つい先日戻ってきて、報告すべきことは全て報告しました。後は陛下の裁可を待つばかりですな」


 なるほど。予定が押しているから晩餐会が終わってからということになるのだろう。祝いの席でブロデリック侯爵を呼び出して処罰を言い渡すというのもなんだしな。

 バルコニーの席には他にも、去年に引き続き冒険者ギルドの副長オズワルドが座っていた。今年はアウリアも来ているようだ。


「おお。こっちの席が空いておるぞ」


 俺の顔を見るなり、アウリアが笑みを向けてくる。


「お誘いは有り難いのですが、申し訳ありません。僕は迎賓館の一室の方から見させてもらうことになっていますので」

「今年は珍しいものが見られそうだから、考案者にも話を聞きたいところだったのだが」


 と、オズワルドがやや残念そうな表情を浮かべた。この人の興味はやっぱりそっちか。


「ふむ。確かにあの顔触れではそちらの方が無難か。否が応にも注目を集めてしまうであろうからな」


 アウリアは納得したようにそんなことを言う。


「そんなところです。アウリア様、オズワルド様。こちらはマルコム卿です。マルコム卿。こちらは冒険者ギルド長のアウリア様と、副長のオズワルド様です」


 苦笑してアウリア達とマルコムと、互いの紹介を済ませてしまう。今後マルコムが領地経営するにあたり、冒険者ギルドと連携する部分も出てくるだろう。知己を得ておくのは悪いことではないはずだ。


「お初にお目にかかります。マルコム=ブロデリックと申します。お二方のご高名はかねがね」


 マルコムは丁寧に礼をする。


「ふむ。これも何かの縁。どうせならこちらの席で見ていかれては?」


 ブロデリックと聞かされたアウリアとオズワルドは僅かに反応したが、他ならない俺がわざわざ引き合わせたというところに思い至ったのか、マルコムを隣の席に誘っていた。

 ブロデリックという名ではなく、自分の目で見て人となりを判断するというところか。


「では、お言葉に甘えまして。テオドール様、ありがとうございました」

「いえ」


 まあ、マルコムならそのへんの心配はいらないか。冒険者ギルドの幹部として色んな相手と接するだけに、2人とも見る目はあると思うし。

 後は部屋に戻って晩餐会の開始を待っていればいいだろう。


「お父様、異界大使様でいらっしゃいます」


 ――などと思っていたら、そんな声が聞こえた。

 今のは――オフィーリアの声だ。視線を巡らすと、丁度バルコニーにやってきたところらしい。髪の色の似た、身なりの良い男性と共に、向こうから近付いてきた。

 オフィーリアの父親は……つまりフォブレスター侯爵ということになる。


「お初にお目にかかります、テオドール様。ラディエゴ=フォブレスターと申します」

「これはご丁寧に。テオドール=ガートナーと申します」


 フォブレスター侯爵より一歩退いたところで、オフィーリアもスカートの裾を摘まんで令嬢らしい挨拶をしている。

 メルヴィン王はマルレーンを降嫁させるにあたり、一度養子に出す形を取ることにしたのだが……その相手がフォブレスター侯爵家だ。将来的にはフォブレスター侯爵が俺の義父ということになってくるだろうか。


「陛下よりお話は伺っております。この度はマルレーン様とのご婚約おめでとうございます。中央にはあまり足を運ぶ機会がないために、挨拶が遅れてしまったこと、お許しください」

「ありがとうございます。こちらこそ、ラディエゴ様にそう言われてしまっては立つ瀬がありません。どうかこれからもよろしくお付き合いのほどを」


 笑みを向けて、どちらともなく握手を交わす。うん。話に聞いていた通り感じの良い人だな。同じ侯爵家でも大違いで、フォブレスター侯は非常に立派な人格者だとは聞いていたが。

 それにしても……フォブレスター侯爵家当主に、ブロデリック侯爵家の次期当主。更にギルド長と副長か。簡単な挨拶回り1つ取っても大物が多くなってきた気がするな……。

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