番外938 偽装魔道具
転移門の光が収まり……ヴェルドガルに戻ってくると外は夜であった。転移門の起動を感知して照明の魔道具が反応し、施設内部が明るくなる。
「では、私達も今日は失礼しますね」
と、ユラがアカネと共に一礼してくる。
「お陰様で楽しかったです」
「ふふ、それは良かった」
ユラは頷くと、皆とも言葉を交わす。
「次にお会いできる日を楽しみにしています。皆様も大事なお身体。どうぞ御自愛下さいませ」
「ええ、ありがとう」
ステファニアが嬉しそうに笑ってユラに答える。そうしてマルレーンと手を取り合ったりして、ユラは楽しそうに笑う。
「篠笛の事、教えてくれてありがとう……! ちゃんと練習しておくからね」
「私も練習するであります」
「はい。楽しみにしていますね」
ユイとリヴェイラの言葉にそう答えて。ユラ達はにこにことしながら手を振りつつ、ヒタカに通じる転移門で帰って行った。
タームウィルズは夜なので静かだな。ユラ達を見送った後の余韻のようなものを覚えつつ、少し間を置いてからみんなに言う。
「それじゃあ……俺達も帰ろうか」
「ん」
俺の言葉にシーラもこくんと頷いた。改めて大型フロートポッドに乗り込んで、俺達は転移魔法でフォレスタニアへと向かったのであった。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥方様」
「うん。夜遅くまでありがとう」
「いえ。お戻りになる時間も予定通りでしたから」
と、出迎えてくれたセシリアと言葉を交わす。留守にしていた期間は短いものだが、念のため何か起こらなかったかを確認する。
「領地はいつも通り平和なものでした。文官達のお仕事も滞りなく進んでおります」
「ん。ありがとう」
礼を言ってから、もういい時間ということで「おやすみ」と声をかけるとセシリアは笑みを見せて「おやすみなさいませ」と応えてくれた。
それからは居城にて一晩のんびりと休ませてもらう。感覚的には昼寝に近いが、魔道具を使ってやれば生活リズムを戻すのは簡単だ。循環錬気もあるので生活リズムに多少の変化があったところで体調維持に問題はないけれど。
このままもう少し起きておいて、朝起きる時間も遅めにすれば時差からの調整として丁度良いだろう。
「それじゃ、みんなもおやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなさいであります」
と、東国に同行した面々とも、城の回廊で言葉を交わして分かれる。
「寝る前に、もう少しお部屋で笛の練習をしようかな」
「お付き合いするであります」
「ほんと? それじゃ一緒に練習しよう」
ユイとリヴェイラは楽しそうにそんな会話を交わしながら自室へと向かっていった。
「リヴェイラちゃんも、楽しかったみたいで良かった」
イルムヒルトがその背中を見送りながら微笑むとグレイスも頷く。
「ユイさんと、お互い仲良くしているのは安心です」
冥府に同行するから良好な関係を築いておきたいという事もあるのだろうが、ユイとリヴェイラはそれを差し引いても一緒にいて楽しそうだ。ユイはリヴェイラのことを気にかけているし、リヴェイラもそういう厚意を嬉しく思っているようで。
「性格というか歩調というか、そういうものが合っているのかも知れませんね」
エレナが微笑み、俺も小さく笑って頷く。そうかも知れないな。きっと二人にとっても良い事だろうと思う。
そんな話をしながら領主の居住区画に戻り、イルムヒルトのリュートとセラフィナの歌声に耳を傾けたり、みんなと一緒に寝台の上でカード遊びに興じたり、時間をかけて循環錬気をしたりと……ゆったりとした時間が過ぎて行ったのであった。
そうして一夜も明ける。やや遅い時間に起き出し、魔道具ですっきりと眠気を取ってから動き出す。身支度を整え、遅めの朝食をとってからアルバートに連絡すると『無人探索用の魔道具もきっちり出来上がっているよ』という返信があった。
これで冥府調査の目途も立ってきたかな。万全を期すなら神殿と炎熱城砦を接続する鏡の迷宮もしっかり仕上げてからというのが望ましいが……まあそちらの構想もできているから然程時間もかかるまい。
そんなわけでみんなと連れ立って工房へ向かうと、アルバート達が待っていてくれた。
「やあ、テオ君」
「おはよう、アル」
いつものようにアルバートと軽い挨拶を交わし、工房の面々とも朝の挨拶を交わす。
何やらコルリスと笑顔のコマチがハイタッチしたりしているが。
アルバートはそんな光景を小さく笑って眺めつつ、例の物はこっちの部屋にと工房の一室に案内してくれた。テーブルの上に鎮座している石が無人調査用の魔道具だ。
石に掌を向けてマジックサークルを展開すると、それに反応して石が内側から四方に展開して内部に収められた魔道具部分が露わになる。蜜柑か何かの皮を剥いて中身が出てきた、と言えば分かりやすいだろうか。
展開させるためのマジックサークルは専用のもので……まあ、合言葉というか鍵のような役割を持たせてある。
「中々良い具合に仕上がっているわね」
ローズマリーがにやりと笑うとステファニアとシーラも同意するようにうんうん頷く。こうした魔道具や仕掛けが好きなステファニアや、専門職であるシーラから見ても良いもの、という事だろう。
「ありがとうございます。こういう仕事は舞台の小道具を作っているようで楽しいですね」
と、その言葉にビオラが笑顔になった。自然な石に見せかけるのに拘ったという事だろう。確かに、映画や舞台の小道具作りというのは近いかも知れない。
魔界の調査に行った時も似たような仕掛けを作ったが、石に見える外見は完全な偽装だ。実際の運用ではマーカーの二人……ノーズとサウズが必要に応じて同化したりするので、表面の質感や色合いも周囲に合わせて変える事が可能になる。大抵の場所で運用が可能となるだろう。
さて、石の中身はと言えば……黒い石材で作られた立方体の表面に、いくつかの魔石が埋め込まれているというものだ。
その内の一つの魔石に触れると、魔道具が起動して立方体の表面に光る文字を表示する。周辺の大気等を採取すると、表面に組成等の解析結果を表示してくれる、という機能だな。
冥府でサンプルデータをとったら迷宮核で細部まで分析する事になるが、簡易ではあってもその場で情報を見る事も可能としている。使い切りでは惜しいので色んな場所でデータを取ってその場で確認できる。
今はまだ情報収集を行っていないから表示されている文字も通常の大気組成を示しているが、その辺の仕掛けもきちんと機能するのは確認済みである。
例えば炎熱城砦であれば高温である事をデータとして示してくれたし、大腐廃湖だったら各種衛生上の危険を指摘してくれた。水質の違い等々、色々と調べられる事にも幅がある。
中身に問題はなさそうだ。続いてマジックサークルを展開して石ころの形に戻し、ノーズに背負ってもらって色んな石と同化する実験を行う。
ノーズが花崗岩や安山岩、砂岩に潜り込むように同化すると……魔道具側も表面の質感、石ごとの割れ方、特徴等が様々に変わる。
「これなら大抵の場所でも安心でしょうか」
「送り込んだ先に人……というか亡者や精霊かしらね。その辺が沢山いるような状況だとしたら、大丈夫かしら?」
アシュレイがそう言うと、クラウディアが尋ねてくる。
「最初のタイミングは迷彩フィールドを展開するか、遁甲の札あたりで誤魔化そうと思ってるんだ」
俺がそう答えるとクラウディアは「それなら安心ね」と笑みを浮かべる。
「それじゃあ、予定通りに……接続区画が出来上がったらまずは無人調査からかな」
そう言うとユイとリヴェイラは勿論、みんなも気合の入った表情で頷くのであった。