番外935 東国視察
ホウ国は今基盤を再建している状態と言えるが、試算や話し合いでその道筋はつけてあるようだ。今は再建計画を実行に移し、概ね想定の範囲内で推移しているとの事で……一時期よりはシュンカイ帝やゲンライ、門弟達を取り巻く環境も大分落ち着いているらしい。
その辺は何よりというか。今は復興や再建で各地の需要が高まりを見せ、ショウエンの圧政からも解放された空気や実際に減税されているという背景も手伝って、ホウ国全体で活気に溢れているらしい。
「とはいえ、そうやって状況が大きく動くと、あちこちで問題が起こらないわけではないですからね。その点シュンカイ陛下は締めるべきところは締めていますし、子供達や怪我人、病人の救済と復帰に力を注いでいるので、私達としても安心ですよ」
「太守様達はシュンカイ陛下の見識に驚いていましたね。若いのに自分達でも気付きにくいような、色んな問題を良く見ていると」
「実際に国内を旅して実情を見て来た経緯があるからでしょうね」
ゲンライの門弟達の言葉に俺も頷く。そうした社会保障だけでなく、役人や商人が状況につけ込んで無茶をできないように、ある程度の規制を設ける策も同時に打ち出しているらしい。
ショウエンのように強権的に過ぎず、かといって弱腰というわけでもなく。その辺のバランス感覚が素晴らしいと太守達からは絶賛されているそうだ。
「老師と共に各地を見たり、文献で過去、こういう場合に起きた問題を調べたりしてきたから、というのは有るかも知れないな。それに、太守達や各地の者達も協力的だし、瑞獣にしてもそうだ。様々な人達に助けられてのものだと思っているよ」
シュンカイ帝は笑みを浮かべ、隣の麒麟がこくんと頷く。
ショウエンに徴兵された兵士達は元々農民だしな。瑞獣が姿を見せ、兵士達が降伏した後、咎のない者達は温情を受けて放免されたが……ショウエンが苛烈だった事も相まって、彼らはシュンカイ帝に相当感謝しているそうだ。
そういう点からシュンカイ帝への農民と軍部からの支持はかなり厚いらしく、太守達からの好感度や周辺の執務を行っているのが信頼のおける者達という事も相まって、即位後間もないのに基盤が強い王と目されている。政策に自由が利いて実効性もある、というのは大きいな。
そんなわけで最近のホウ国やシュウゲツ一家の状況については安心なようだ。
「ああ、それと事件の頃起こった事の影響といえば、全国的に二胡が流行りになっておるな。都でも時折聴こえてくるぞ」
「んー。みんなが喜んでくれたから、なのかな」
ゲンライが言うとリン王女ははにかんだように笑みを見せていた。
それに関しては間違いなく、リン王女が兵士達に聴かせた演奏や宴会で太守達に聴かせた事が影響しているのだろう。
それだけリン王女の演奏に感動した者が多かったという事で……音楽の力は侮れないというか。シュンカイ帝やリン王女への人気の証明でもあるから良い事なのではないだろうか。
そうしてシュウゲツ一家での歓談も一段落して、俺達はその足で近隣にある施設を見学しに行く。孤児院に顔を出してみれば、子供達が総出で出迎えてくれた。
子供達は総じて顔の血色が良く……身形も施設も明るく清潔な様子だ。この辺、孤児院の子供達が大事にされているのが窺えるな。
シュンカイ帝を見て嬉しそうな表情で駆け寄ってくる子供達である。普段からシュンカイ帝もここに顔を見せているのかも知れない。
そうして子供達は俺達にも挨拶をしてくれた。
「ショウエンの奴は……父さんのかたきなんだ」
「あいつを、やっつけてくれてありがとう」
真剣な目をして、俺にそう言ってくる子もいる。
「ん。そっか」
彼らに手を差し出す。少し驚いたような表情を浮かべて、おずおずと手を前に出す子供達と、握手を交わす。
「俺も……同じような事があったから気持ちは分かる。苦労する事もあると思うけれど、シュンカイ陛下のように助けてくれる人もいる。きっとここで学べることは力になるから、焦らずに力を蓄えていくといい」
悲観して自棄になったり、焦ったりせずに前に進んで欲しいと、そう思う。きっとそれは自分自身を助ける力になる。
まあ……俺自身も基本的に自分の為に動いていたし、あまり世の為だとか人の為だとか、そういった事は他人には語るまい。
子供達は俺を真っ直ぐ見返して、真剣な表情を浮かべていた。頷き返すと、改めて一礼して戻っていく。
「テオドール公と引き合わせる事ができて、良かったかも知れないな」
「良い方向に影響が出るといいのですが」
と、シュンカイ帝の言葉に苦笑して答える。みんなもそんなやり取りに微笑んで頷いていた。
それから――先程シュウゲツの屋敷で話をしていた内容も相まってというわけではないが、孤児院で何か歌や演奏を披露する場を設ける予定になっている。
リン王女も二胡は持参してきているし、イルムヒルトやユラも乗り気だ。
というわけで子供達と共に大部屋に移動して、そこで孤児達や静養院で療養中の面々も合わせて演奏会となる。
昼食の仕込みが終わったコウギョクも顔を出し、みんなで演奏会の鑑賞だ。
大部屋に用意された檀上に登って拍手を送られ、リン王女はぺこりとお辞儀をすると、椅子に腰かけて二胡を奏で始めた。
目を閉じて二胡を奏でるリン王女は――相変わらずこういう場では一曲一曲大切に弾いているという印象があるな。リン王女は別段自分の演奏技術は卓越しているわけではないというが、演奏を通じて奏者の感情を込めて伝えるという面では優れていると思う。
それに自身の演奏がシュンカイ帝の力になれたという事もあって、リン王女としても二胡の演奏には思い入れがあるのだろう。演奏技術の面でも前より上手くなっている。
幽玄に響く二胡の音色は幻想的な旋律なのにどこか温かく、優しげな曲だった。子供達に聴かせるという事で郷愁を感じさせる曲ではなく、安心感のある曲を選んだようだ。
「春の訪れを喜ぶ曲だね」
シュンカイ帝が曲が始まる前に言っていたが、確かにそういう情景が思い浮かぶ気がするな。春に霞む街並みと……色とりどりの花々であるとか。平和な世の訪れという意味も込められているか。
リン王女の浮かべる表情も優しげで……集まった面々もそれに聞き惚れている印象があった。
そうして――リン王女が曲を奏で終わると、大きな拍手が起こる。そこにイルムヒルトとシーラ、ユラも加わって音楽を奏でていく。
合奏としては東西が混ざって変則的ではあるが、孤児院に来た時に一緒に演奏できる曲をと、事前に練習していたのだ。東西で弦楽器、撥弦楽器、木管楽器、打楽器といったパートを持つ曲をそれぞれ性質、音色が近い楽器に合わせて奏でるというわけだな。
演奏できる曲目の幅も色々で……日常の喜びを表現した楽しげな曲であるとか、狩りの昂揚を表現した躍動感の溢れる曲だとか、色々な曲調の曲を用意しているようだ。
ユイやリヴェイラも、そうした旋律に耳を傾けて身体を揺らしながらも、篠笛や塤を収めた布の袋に手を重ねたり、指を演奏する時の動きにしたりしていた。
二人とも音楽の力というか、魅力をしっかり感じてくれているようで、それは良かったと思う。
そうして演奏会も終わり、大きな拍手が巻き起こった。子供達も嬉しそうだ。アウリア等、立ち上がって拍手喝采を送っているが。
「良い物を聞かせて頂きました。宮中にて、心づくしの料理を用意しておりますので、是非」
コウギョクも言う。演奏会を鑑賞した孤児院や静養院の面々も招待して料理を振る舞う、という事になっているのだ。では、この後はコウギョクの料理も楽しませてもらうとしよう。