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番外930 篠笛と塤

 食事をして酒を酌み交わし、演奏や歌、踊りを楽しむ。宴に呼ばれた者達だけでなく、ヒタカの小さな精霊達も興味深そうに宴を見ていたが、レイメイに参加の可否を聞いてみると快く承諾してくれた。

 軽く手招きすると何人かがこっちにやってきて。


「よろしくね」


 と、小さく笑って握手をするとこくんと頷き、おずおずと応じる精霊である。そうして大丈夫だと分かると他の小さな精霊達も鬼の里や山のあちこちから顔を出して宴に混ざって踊ったりする。


 マジックサークルを展開し、その姿を一時的にみんなにも見られるようにすると歓声が漏れた。

 ヒタカやホウ国の精霊というのは、西――ヴェルドガルやドラフデニアのそれらと違い、かなり千差万別な姿をしている。オーラで形成された小動物のようだったり、球体から細くて短い手足が伸びて浮遊しているよく分からないものだったり……。


 この辺のバリエーションの多さは多分、妖怪達の成り立ちや性質にも繋がってくる部分だと思う。宴につられて出てくるあたりもヒタカの精霊らしいというか。


 ともあれ宴は更に賑やかになって、奏でられる音楽に合わせて妖精も精霊も踊って盛り上がる。

 その内、頃合いを見計らって、ユラとリン王女がユイに話しかける。


「ユイさんは東国の文化にも興味を示しているとお聞きしまして」

「私達でお土産を用意したの。誕生祝いだと思って、受け取って欲しいな」


 と、細長い布に包んだ何かをユイに渡す。絹糸……いや、オリエの糸だなあれは。蜘蛛糸で編まれた布の袋は細かな刺繍もされており、少し遠目でも良い物だというのが分かる。ユイは驚きに目を丸くしていたがやがて明るい笑顔になる。


「ん。すごく、嬉しい……。ありがとう……!」


 みんなから拍手が送られ、ユイはプレゼントを大事そうに抱える。


「中を見てもいい?」

「勿論」


 リン王女も嬉しそうに応じて……みんなの見守る中、ユイが布の袋から取り出したのは篠笛と呼ばれる横笛だった。


「わあ……」


 ユイが感動の声を上げる。

 竹が割れないよう籐で補強して漆を塗って……シンプルだが丁寧な造りであるのが窺える。……何やら割と強めの水の魔力を秘めているのが感じられるな。


「妾の地下水脈と繋がる場所で育った篠竹でな。今回の話を聞いた時に素材自体にも魔力を込めておいた」


 と、御前が笑った。なるほど。それは確かにああした魔力も秘めるか。

 木気であるユイとの相性は良好だろうが……それより何より楽器演奏をしたいと思っていたユイにとっては嬉しいプレゼントかも知れないな。


 プレゼントに篠笛が選ばれたのは――まあ、俺からの情報リークもあって、というところだ。

 東国の面々は、折角ユイが興味を持ってくれているのだから、訪れてきた時に誕生祝いという事で何か贈り物をしたいと俺に言って来たのである。

 ユイが音楽に興味を示していた事から魔力キーボードで色々な音色を聞かせたりして、ユイが気に入っていたのが篠笛の音色だった事からそれを伝えた、というわけだ。


「竹を細工したのは鬼の奴だな」


 というオリエの言葉に、みんなの視線がレイメイに集まる。「ありがとう……!」と、ユイがお礼を言うと、レイメイは自分の後頭部をがしがしと掻いて目を閉じる。


「あー、まあな。シホが少しばかり篠笛を吹けるからな。笛自体を作るのは慣れてるんだよ」


 その言葉にシホは朗らかな笑みを見せる。……なるほど。シホに篠笛を作ってあげていたわけだ。ぶっきらぼうだが愛妻家なレイメイである。


「それに漆だとか、その他の加工は都の連中に任せたが、まあ、発案はその二人だし、助言をくれたのはテオドールだ。感謝だったら儂よりその三人にしとくといい」


 その言葉にユラとリン王女が微笑んで頷く。


「ユイさんは楽器にも興味があるとお聞きしましたので……練習が必要な贈り物で良いのかと少し迷ったりもしたのですが」

「ううん。修業や勉強以外の時間もあるから。ちゃんと吹けるようになったら聴いてくれる?」

「ふふ、ユイちゃんの演奏、聴きたいな」

「そうですね。是非」


 と3人で微笑み合い、それからユイは俺にも丁寧にお礼を言ってきた。


「ん。気に入ってもらえたなら良かった」

「それと――リヴェイラさんにもお土産を用意したの」


 そう言ってリン王女はリヴェイラにも同じような布の包みを差し出す。リヴェイラのサイズに合わせたのか、少し小さめであるが。


「わ、私にもでありますか?」


 驚いたような表情のリヴェイラに、リン王女は頷く。


「うん。案外問題も大した事がなくて、冥府と行き来できるようになったら、すぐに帰れるかも知れないし……。それならお土産があった方が楽しいかなって」

「……か、感激であります……!」


 それから「中を見てみて」と促すリン王女に、リヴェイラは嬉しそうに頷く。

 リヴェイラが巾着袋の紐を緩めると――中から何か、光沢のある卵型の物が出てくる。

 石で作られているようで、表面に花や鳥の意匠が浅く掘りこんであるのが見えた。上部と側面に幾つか穴が開いているようだ。根付のように紐を付ける部分も作ってあって、携帯性も良さそうだな。


(シュン)っていうの」

「頑丈なようにと今回は石で作ってありますが、元々は素焼きで作る事が多く、ツチブエとも言うそうです」


 リン王女とユラが解説をしてくれる。なるほどな。形は違うがオカリナに近い楽器という印象だ。きちんとリヴェイラのサイズに縮尺を合わせてきている。術式で音の増幅と構造強化も施されている、という話だった。


「嬉しいであります……私も、練習してきちんと吹けるようにするであります!」


 リヴェイラは嬉しそうに塤を胸元に抱きしめる。リヴェイラも……ユイと一緒に何か楽器を覚えたいと強い興味を示していたからな。そんなリヴェイラの様子にみんなも表情を綻ばせる。


「ふふ。どんな音色がするのか、気になるわ」


 イルムヒルトが興味津々といった様子で言うと、居並ぶ妖怪、鬼、精霊達がうんうんと頷いた。


「気になるかもと思って……塤ならもう一つ持ってきてあるの」

「篠笛で良いならある程度はお聴かせできると思いますが」


 リン王女が普通サイズの塤を荷物の中から取り出し、シホも控え目に申し出てくれる。少なくともリヴェイラは初めて触れる楽器だろうし、小さいサイズでは他に吹ける者もいないだろうと、通常サイズの塤を準備してくれていたようだ。シホは先程の流れから言うと篠笛が吹ける事がはっきりしているので、好意から申し出てくれたのだろう。


 そうしてそのまま、シホとリン王女とで、篠笛と塤の演奏会と相なった。

 篠笛は横に構え、唇の下につけるようにして息を吹き込んで奏でる楽器だ。息の吹き込み方で音に抑揚をつける事が出来て……澄んだ音色は何とも幽玄な雰囲気があった。

 レイメイも目を閉じてシホの演奏に耳を傾けている。聴き慣れているのだとしても、シホの奏でる篠笛が好きなのだろうという印象がある。


 一方でリン王女の奏でる塤はと言えば――篠笛に比べるとやや素朴な音色という印象だ。東国の楽器特有の幽玄さがあり、こちらも何とも聴いていて耳に心地が良い。

 音色にそれぞれ味があるので、一緒に吹いても面白そうだな。一緒に練習するというのならユイとリヴェイラで合奏する機会もあるかも知れない。


「綺麗――であります」


 と、リヴェイラは感動した面持ちでリン王女の奏でる塤に耳を傾けていた。

 それぞれ演奏が終わるたび、里に集まったみんなから拍手と歓声が起こる。ケウケゲンも身体を揺らしてシューシューという呼気を漏らし、機嫌が良さそうだ。


 笛口といってどちらも吹き方にコツがあるらしく、ユイとリヴェイラはリン王女やシホに吹き方を教わっていた。そうして、宴の席は和やかに過ぎていくのであった。

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