番外929 ジンオウの想いは
「その節は迷惑をかけました。今回は同行の許可を頂けたと聞いて、感謝しております」
ジンオウは俺達のところにも挨拶に来てそんな風に頭を下げる。
「いえ。ジンオウさんの立場には僕自身に重ねて思うところもありますから。修業は大事ですが、たまにであれば息抜きというのも悪くないでしょう」
俺がそう言うとジンオウは苦笑した。
「老師と同じことを仰る。ですが確かに。私はそこを偏重して道を誤りましたから、色々な物事に触れて考えてみるのは大事なのでしょうね」
言いながらジンオウは真剣な表情になって目を閉じていた。
ジンオウの性格だと、こうした宴に誘われても固辞して修業に打ち込んだりしそうだしな。実際、ゲンライからもジンオウを説得できたら連れて行ってもいいかと打診を受けていたが……まあ、結構説得には苦労したのかも知れない。
「実は……先日もそういった事に思いを巡らす出来事がありまして。そこに老師から今回の宴に誘われた次第なのです。その……テオドール公とは一度お話をしてみたいというのもありましたが」
ジンオウはそんな風に言った。ああ。そうだな。俺もジンオウの状況が落ち着いたら少し話をしてみたいとも思っていた。さっきも言ったが、生い立ちや力を求めた経緯について理解できるところもあるのだ。俺は自分自身が生きる立ち位置を確保する為で、ジンオウは世直しという違いはあるにしても。
もしかするとジンオウは、ヴァルロスあたりとは気が合ったかも知れないな。
ともあれ、ゲンライが宴に参加しないかと伝えてきたというのは、ジンオウの最近の動向を見た上で大丈夫と判断してのことでもあるだろう。ジンオウの言う「出来事」については、ゲンライがユイの修業を付けに来た時に色々聞いているので心当たりがある。
少し前に都で病人が出たそうだが……ジンオウが治療に必要な薬草に心当たりがあると、秘境まで赴いていったそうだ。
山に棲む危険な妖魔を退治しつつ、しっかりと薬草を採って戻ってきたジンオウに、ゲンライはこれも修業だからと薬草の調合と病人の治療まで手伝うように言って……そうして門弟達と病人の治療を進めさせたという。
ゲンライが言うには、幼い子供からお礼を言われて、ジンオウは言葉を噛み締めるように笑っていたらしいが。
「先日、病にかかった者達に仙術を用いて治療する機会があったのですが……その時に治った子供からお礼を言われ……それが何と言いますか……」
「嬉しかった、と?」
「そう――そうですね。私は自分の無力や世の理不尽を許せず、それを正す為の力を付ける為に修業を重ねてきましたが……もっと単純に、誰かの役に立てるというそれだけの事で、良かったのかも知れません」
ジンオウは疫病によって両親を失って天涯孤独の身の上となり、村の者に兄と共に農奴として売られて酷い環境での労働を強いられたらしい。
過酷な暮らしの中で兄さえも病で失って……復讐の為に刃傷沙汰を起こし、逃げ出して行き倒れた所をゲンライに助けられた。
そんな波乱万丈な経歴を持つジンオウではあるが……だからこそ同じように病に苦しんでいる誰かを助けられた事が何より嬉しかった、というのはあるかも知れない。
「ジンオウさんは……医者というのも向いていそうですね。患者やその家族の不安だとか、そういう気持ちも分かるわけですから」
俺がそう言うと、ジンオウは少し目を丸くした。
「医者……医者ですか。医は仁術等と言われますが、私などに勤まるものでしょうか。妖魔退治ならまだしも」
「仙術の厳しい修業にもついていけるのなら、大抵の事はできそうな気もしますが」
「それは……そうかも知れませんね」
俺の言葉にジンオウは苦笑しつつも、すぐに真剣な表情に戻して思案したりと、割と真剣に医者という道について考えているようだった。
仙人や道士は薬学、医術にも通じているが、それを専門にするならまた勉強も必要になるだろうしな。
「方法はどうであれ、誰か傍にいて助けてくれる人がいる。それだけで案外立ち上がって前に進めるものかも知れません。僕もそうでしたから」
俺にとっては近くにいてくれたグレイスがそうで、母さんの歩いてきた道……背中も、そういうものだった。それに俺を受け入れてくれた、みんなも。
「……そうですね。私にとっては老師や兄弟弟子がそうなのだと思います。一度は――間違えてしまいましたが」
そしてジンオウが助けた誰かにとっては、ジンオウ自身がそういう人になる、かも知れない。少なくとも病から助けられた子供は、ジンオウに感謝の気持ちを向けていたわけだし。
そんなやり取りを途中から聞いていたのか、ゲンライやレイメイも穏やかな表情で頷いたりしていた。ジンオウはそれに気付いて気まずくなったのか、咳払いをすると苦笑して「まあ……私も色々考えてみようと思います」と言って、ゲンライの門弟達の所に戻っていった。
「ん。さっきのテオドールの言葉は、嬉しい」
みんなもジンオウとのやりとりは聞こえていたのか、シーラがそんな風に言うとみんなも微笑みながら頷いていた。僕もそうでしたから、という部分だろうか。
「あー。うん。みんなには色々な面で支えて貰って、感謝してる」
「ふふ。それはおあいこですね」
俺の言葉にグレイスも笑顔で肩を震わせてそんな事を言った。
そんな話をしている間に宴の料理が運ばれてきて、そうして準備ができた所でレイメイが言う。
「今日は大所帯で賓客が顔を見せに来てくれた。これだけの人数ってのは鬼の里始まって以来だな。堅苦しい挨拶は柄じゃないから程々にしとくが、里や周辺に住んでる連中が狩りをしてきたり仕込んだりしている。酒も都から最高のものを運んできてくれた。客人も里の連中も、大いに楽しんで貰えると儂としても嬉しい」
レイメイの言葉に拍手が起こる。そうして各々のところに行き渡った酒杯を掲げてまずは乾杯と相なった。
乾杯も終わるとろくろ首が首をくねらせながら三味線をアップテンポな調子で奏でて、「はっ! よっ!」と妖怪達から合いの手が入る。化け狸達が太鼓を叩き、すねこすり達や鬼達も踊りを披露してと、鬼の里は一気に賑やかな雰囲気になっていく。
子蜘蛛達が糸を張ってそれを弾けば色んな音が鳴ったりして、御前やレイメイが拍手と歓声を送るとオリエも嬉しそうな笑みを見せる。
「はっは。これは楽しいな」
「いやはや、妖怪達の宴会は賑やかで良いね」
ヨウキ帝とシュンカイ帝はそんな妖怪達の歓待に笑顔になっていた。イルムヒルトやユラ、リン王女といった面々もリズムに合わせて身体を揺らしたりして。お返しの演奏披露についても考えていそうだな。
出された料理はと言えば――鬼達が狩ってきた猪を串焼きにしたり、猪肉と野菜も使って鍋で煮たりと鬼の里らしいワイルドなものであったりする。
串焼きが大きな皿に山盛りにされて運ばれて来たりして、いかにも御馳走、といった雰囲気だ。料理についてはヨウキ帝も協力を申し出ているらしく、串焼きに塗られているタレがほんの少し甘味ととろみがあって実に美味だ。焼き鳥やウナギの蒲焼きのタレに似ている……かも知れない。
妖怪達や河童達も山や川で山菜やキノコ、魚等々、山の幸や川の幸を獲ってきたらしく、タレを塗って串焼きの肉の間に挟んだり、香草を使って肉の臭みを消したり、魚の塩焼きを用意したりと、色々と工夫してくれている。
それと……稲作についてはヒタカでもあるので、俺が米好きという事もあって握り飯を用意してくれているな。具は鮭であったり梅干しであったり色々定番のものを入れているようだ。
良い具合に塩気の効いた握り飯がまた美味いな。宴はまだまだ始まったばかりだ。楽しんでいきたいものである。