161 異界大使の仕事
「というわけで、晩餐会の日取りが決まったんだけど。準備は進んでるのかな?」
アルフレッドから聞いた晩餐会の日をみんなに伝える。
「ドレスは仕立て屋に頼んである。期日までには用意できるはず。一応進捗状況を見に行ってくる」
「王城なんて……緊張するわ」
「私は楽しみ」
ドレスはシーラとイルムヒルト、それからセラフィナの分である。晴れの日に登城するなら、それなりの格好が必要だったりするので。
「ん。なら平気かな。クラウディアはどうする?」
デュオベリス教団戦での功労者は誰かと言えばクラウディアなのだろうが、恐らく全員でという中に、クラウディアは含まれていないというか、想定されてはいないだろう。
クラウディアの予定を聞いたのは、彼女が王城に顔を出したがらないだろうと思ったからなのだが――彼女は言った。
「晩餐会には、私も行きたいのだけれど。ヴェルドガル国王と自分でもきちんと話をするべきだと思うの。魔物達のことも、あなたとのことも」
「それは、大丈夫なの?」
ヴェルドガル王家は直接関係ないとしても、迷宮の外に関わりを持とうとしなくなったのが一度人間に裏切られていることに起因するのなら……王城に出向くというのはクラウディアとしても大きな決断なのではないのだろうか?
「会う相手……というより、素性を明かす相手を限定すれば問題はないわ。幸いメルヴィン王は賢王のようだし、ヴェルドガル王家と結んだ契約魔法も生きている。私も身の証を立てられるから」
「というと……?」
「聖域の扉を開くことができるの」
なるほど。それは確かにメルヴィン王とクラウディアにしかできない。
ヴェルドガル国王は治世を行うということで、クラウディアとの間に契約魔法を結んでいる。迷宮の深奥を王国側が手に入れようなどと望むと、これは契約に抵触してしまうだろう。
余計な相手と顔を合わせないように、メルヴィン王と話をする場をセッティングしてやるのが俺の仕事というところか。
クラウディアへの対応の仕方については――できる限り友好的にということでメルヴィン王から一任されている。魔人との戦いにおいて協力を得られるようになったことや、彼女があまり外と関わりを持ちたがっていないことなどは既に伝えてあるが……婚約についてもメルヴィン王に話を通さなければならないだろう。
クラウディアがメルヴィン王と直接話をしたいと自分から言い出したというのは、俺との関係が変わったのもあるだろうし、王国と迷宮の関わり方を再確認したいという意味合いもあるのかも知れない。確かに、メルヴィン王の協力を得られれば迷宮村の住人の話も進みやすくなるだろうからな。
「分かった。クラウディアの希望に沿うよう、道筋は俺が整える」
「ええ。頼りにしているわ」
と、微笑みかけられた。信頼にはきっちりと応えていきたいところだ。
とは言え、さすがに当日いきなり「連れてきました」では王城側の受け入れ態勢も心の準備もできないだろう。となれば、王城へ行ってメルヴィン王に話を通しておく必要がある。
「ある程度のことは、メルヴィン王に伝えて構わないのかな?」
「そうね。面倒なら私から全て話してもいいけれど」
「いやいや。俺の仕事でもあるし」
異界大使の仕事は変わっていないので。
「じゃあ今日は少し、王城に出かけてくる」
「分かりました。こちらのことはお任せください」
グレイスが頷く。まあ、カドケウスは残していくか。
「私はロゼッタ様がいらっしゃるので、今日は魔法の勉強をしています」
アシュレイが言う。
ペレスフォード学舎に通っているアシュレイが家でロゼッタと勉強、というのはつまり、治癒魔法の裏講義という意味になる。
となればロゼッタはアシュレイに今日一日ずっと付きっきりだろう。王城から帰った時にまだいるようなら、隣の空家を買うための伝手を教えてもらおう。この辺の家の管理をしている相手と渡りをつけてもらえるはずだ。
「マルレーンはどうする? 一緒に行く?」
ラヴィーネの毛並をブラッシングしていたマルレーンに尋ねると、彼女は少し思案した後、笑みを浮かべて首を横に振った。家にいる、という事だろう。まあ……アルバートにはいつも工房で会っているしな。
そんなわけで早速リンドブルムに乗って王城へ向かった。
いつものサロンに通されて待っていると、メルヴィン王がやってくる。
「おお、来たか。迷宮に関する話と聞いたが」
「はい。迷宮の管理者側と思われていた少女に関する報告です」
「クラウディアという名であったな。そちとの関係は良好のようであるが……」
うん。良好は良好なんだが。
「実は彼女が騎士団の開く晩餐会への同行を希望しているのです。つきましては、当日の受け入れ態勢を整えていただきたく」
「それはまた……」
メルヴィン王は目を丸くする。
「晩餐会を見たいというわけではあるまい? 余に話があるのではないかな?」
さすがにメルヴィン王は察しが良い。
クラウディアも将来的に俺と結婚するのであれば素性不明のままとはいかないというのは分かっているようで、事情についてはメルヴィン王には話すということで決まっている。
「迷宮の成り立ちについての話や、王家の意向を確認したいという話になるかと思います。彼女は、迷宮の主であるようなので」
「つまり……王家との契約を結んだ相手ということか?」
「はい。そのうえで、僕自身にも関わってくる話ではありますが――」
と、彼女の事情や婚約の話をメルヴィン王に聞かせる。
メルヴィン王もさすがに色々と驚いているようだ。
「――つまり、迷宮の形を今のまま維持するために必要なこととなるわけか。余としても迷宮と女神シュアスの関わりについては考えたこともあるが……そうか……」
「急な話で申し訳ありません。信じられないのであれば、何か身の証を立てる方法を……」
「いや、それには及ぶまい。聖域の扉を開くと、そう言ったのであろう?」
「はい」
「ならば、先のデュオベリス教団との戦いでの働きも併せて考えれば、それで十分に過ぎる。余としては代理でないことが確認できるなら、それで良い。迷宮の女神と王家の間を取り持つとなれば、そちも苦労するであろうからな」
そんな風に苦笑する。婚約の経緯についてメルヴィン王はあれこれと聞かなかった。俺が知り得るはずのない情報である故に、クラウディアの発案であることが分かるからなんだろう。
「ともあれ、あい分かった。その婚約の話については、余も後押しをさせてもらおう。しかし、女神の信頼を勝ち得たのがそちではなかったらと思うと、慄然とするところもあるぞ」
「と申しますと?」
「そちは既にマルレーンと婚約しておるからな」
「それは……」
メルヴィン王はにやりと笑う。
黙っていても親戚筋になるから、あまり出奔や反乱などを考える必要が無いというところか。
「契約魔法であるが故に、余に瑕疵がない限り、女神側もそれを反故にすることはできぬし、王家がヴェルドガルを統べる立場であることも動かぬ。そういった意味で、余はそなたや女神を疑う必要も意味もない。国守りの儀式の内容から、それは分かっておるのだ」
「なるほど……」
迷宮が広がらないよう維持する役割の王家と、迷宮の方向性を維持することになっていく俺の家系と。ここが親戚筋であるなら、王家としては何も焦る必要がないわけだ。
女神が聖域の扉を開くことができるのなら、それは代理ではなく本物であることの証明で。であるなら契約で治世を望むような女神を疑う意味はなく、王権が揺らぐ心配もないという結論になる。
「ヴェルドガルが豊かで平和な国であるのは、恵みを齎す迷宮が今の形であるが故。それを維持するために必要なことであるなら否やはない。女神殿には面会の日を楽しみにしております、と伝えて欲しい」
「分かりました。必ず」
さて……。後は晩餐会の日取りを待つだけだな。




