番外927 東国観光
「それじゃ、循環錬気をしていこうか。体調で気になる所があったら教えてね」
そんなわけで、工房の仕事はアルバート達に任せて出かける前にみんなと循環錬気をして体調を診ていく。
秋から冬に移り変わろうかという時期だ。みんなはと言えば悪阻等も収まり、所謂安定期と呼ばれる状態に入る頃合いである。子供達の成長も順調で……一安心というにはまだまだ気が早いが喜ばしい事であるのは変わりない。
「ルシール先生によると、お腹の中で動くのが分かりやすくなるのはもう少しだけ先の事が多いそうです」
「静かにしていると分かる事もあるらしいけれど」
グレイスとステファニアがそんな風に言った。
「もう少し先か。うん。循環錬気だと……最近は子供の生命反応に関しては、意識しなくても感じ取れるようになってきてるかな?」
椅子に向かい合わせに座り、手を取って循環錬気をしていく。
特に意識を向けなくても子供がいるのが分かるというか、循環錬気をしても生命力と魔力増幅の幅が以前より増してきている。
「資料にもあったけれど……近頃は循環錬気をしていると、妙に安心するような気持ちを覚えたりするのよね。まあ……嫌いな感覚ではないわ」
と、ローズマリーが羽扇で口元を隠しつつ、目を閉じてそんな風に言った。
「ああ。それは……俺もかな」
お祖父さん達が持ってきた資料によると、循環錬気の腕前だとか子供の発達段階次第で子供の感覚、感情が伝わってくる事例も過去には有ったとの事で。
実際俺とみんな、どちらでもない感情を感知する時があるが、確かに……悪くない感覚だと思う。
「子供達が生まれてくるのが、楽しみだな」
「ん。きっと可愛い」
俺がそう言うとシーラがしみじみと頷いたりして。
「やっぱり……こうして見ていると、先の事が楽しみになります」
アシュレイがにこにこしながら言うとマルレーンやエレナが揃って頷き、クラウディアも微笑む。年少組はもう暫く待ってではあるが。それはそれとして年長組の子供が生まれるのも楽しみにしているそうで、相変わらずみんな仲が良い。
そうして一人一人時間をかけて循環錬気をしていく。
「母子共に健康ってところかな」
「ふふ。良かったです」
と、エレナが嬉しそうに笑った。旅支度もできているし、明日になったら出発となるだろう。
「リヴェイラの気晴らしにもなってくれるといいわね」
東国への旅行に話題が移るとローズマリーが思案しながら言った。
「そうだね。それはそれとして、冥府の事もきちんと解決しないとな」
「うん。テオドール君がいつもみたいに問題解決して帰ってくるの、待っているから」
「母さんの命日や子供達の予定日の頃合いには、落ち着いてこっちにいられるように気合を入れていきたいところだね」
イルムヒルトの言葉に答える。リヴェイラが気にしてしまうからみんなも彼女の前では敢えて話題にしないが、今は夫婦水入らずだからな。
そうして冥府の話題に触れると、みんなもリヴェイラの事が気になっているのか、ステファニアが少し眉根を寄せて心配そうな表情を見せる。
「リヴェイラが……時々元気がないのも、自分の事より私達に申し訳ないって思ってるからみたいだものね」
「自分の記憶がなくて不安も多いでしょうにね」
クラウディアも目を閉じて言った。
「そういう優しい子だからこそ、力になってあげたいというのはありますね」
「今回は……私達も留守番なので、できる事は少ないというのが歯がゆい所がありますが。私も助けられたから、テオドール様は勿論、折を見つけて、お返しもしたいと思っているのに」
グレイスが言うとエレナも少し残念そうに頷く。みんなの気遣いも……優しいものだな。
今回の事にしても前々からの行動にしても、俺の場合はみんなとの平穏な生活が続くようにというのをずっと第一義としてきたつもりだが、それはリヴェイラが記憶を取り戻して状況が落ち着いて欲しいという気持ちと矛盾はしない。
結果としてみんなが落ち着くところに落ち着くようになれば、それが一番だろうと思う。彼女達が言うように、リヴェイラがそうやって気遣いをしてくれる優しい性格であるから尚更だ。そういう相手には幸せになって欲しいと思うのが人情というものだろう。
記憶が戻った時に立場がどう転ぶかは分からないが、今の彼女の性格や考え方だって間違いなく本物なのだ。
それにリヴェイラ本人にも言ったが、早い段階で問題を知らせてくれる切っ掛けとなったから彼女に対しては助けられているとも言える。
「でも、テオドールさまも、気を付けて」
鈴の鳴るような声で言葉を紡ぎ、正面から抱きついてくるマルレーンである。
「うん……。ちゃんとみんなのところに帰ってくるよ。約束する」
マルレーンの髪を撫でてそう言うと、すぐ近くでこくんと頷く仕草が伝わってきた。そうして暫く抱擁しあってから離れるとマルレーンはにっこりとした笑みを見せ、みんなとも代わる代わるに抱擁しあう。髪に触れ合ったり口付けを交わしたりして。
ああ。こうやって心配してくれる人がいるというのは、嬉しい事だな。
そうやって夫婦水入らずののんびりとした時間を過ごして、一夜が明けた。
朝目覚めてから出かければヒタカは夕方となるので、朝食をとらずに向かえば丁度良い。ヒタカでの夕食が俺達の朝食という扱いになるわけだ。
そうしてみんなと共に転移港に向かうと既にゲンライ達がやってきていた。ゲンライは弟子を連れて来るという話だったが、今回はシュンカイ帝とセイラン王妃、リン王女も一緒だ。
「おお、テオドール公」
「おはようございます。今回はシュンカイ陛下も一緒なのですね」
「肩の力を抜いてもらうには良い機会だからのう」
やや冗談めかして言ったゲンライの言葉に、シュンカイ帝は小さく笑う。
「そうだね。偶には息抜きしないと皆にも心配をかけてしまうか」
「ふふ。カイは真面目だものね」
シュンカイ帝の言葉にセイラン王妃が笑い、リン王女はにこにこしながら頷いていた。シュンカイ帝達も夫婦仲や兄妹仲が良好なようで何よりである。
それからシュンカイ帝達は初対面となるユイに向けて挨拶をする。
「師より話は伺っている。私は修業から少し離れてしまった身ではあるが、門弟に連なる兄弟子として、会えて嬉しく思う」
「よろしくね、ユイさん」
「はいっ、陛下、王妃殿下!」
ユイが嬉しそうに返事をすると、シュンカイ帝とセイラン王妃も笑顔になっていた。
「初めまして。リヴェイラという者であります……!」
「うん。よろしく」
「こっちの子はオウギさんね」
そうしてリヴェイラやオウギにも挨拶をしたりと、初対面の顔触れとの自己紹介や挨拶も終わったところでヒタカに移動する。
転移門を潜って光が収まると……そこは既にヒタカだ。転移門の施設にはヨウキ帝の手配してくれた女官達が待っていて、俺達を案内してくれた。
転移門設備を出るとヨウキ帝やユラ、タダクニやイチエモンといった都の面々が顔を見せてくれた。
「ふふ。西方の客人を迎えると、時差があるからやや挨拶に迷うところがあるな」
と、ヨウキ帝は楽しそうな印象だ。客人の感覚に合わせるために、おはよう、と言っておくかと、納得しつつ挨拶をしてきたので、こちらも笑って「おはようございます」と応じた。
シュンカイ帝と同様、ヨウキ帝も鬼の里の宴に参加するそうで。
ユイはヒタカの都も見たいという事なので、夜は鬼の里、明るい時に都の見学といった感じで予定を組んでいるのだ。ユイも東国に自分の種族のルーツがあるという事で、建物や衣服等、色々と目移りしているようだった。