番外925 神殿の秘密
というわけでみんなで石畳の道を進み、神殿へと向かった。
神殿へ続く道は広々としていて陽当たりも良く、道端には色とりどりの花が咲いている。
神殿の周りはそうした明るい風景が広がっているが、こうした雰囲気は闇に属する精霊であるとか、アンデッドの類だと力を阻害されるものであったりする。
想定している敵を弱体化すると同時に、配置された迷宮側の魔物は力の後押しを受けるというわけだ。本来なら日陰になっているあたりも、光を発する水晶が生えていたり……神殿外部はどこであれ光属性を強化する方向で作られている。
「まあ、そうなると必然的に風光明媚な場所になるっていうか」
「確かに――良い雰囲気ですね。滝も凄いですが、長閑なところもあって私は好きです」
グレイスが道端の花々を見ながらそう言って微笑む。
緩やかな勾配の広々とした階段を登って神殿へと向かうと、警備兵役の水晶ゴーレム兵達がこちらに向かってお辞儀をしてきた。
「確か……ガルディニスと戦った精霊殿でも水晶ゴーレムはいたのよね」
「あのゴーレム達とはまた別物だね。色々とこの区画に合わせてあるんだ」
イルムヒルトの言葉に答える。光と土の二属性を兼ね備えたゴーレムだな。区画内のあちこちを警備兵として巡回している。
ダメージを受けても地面に潜航しながら自己修復したり、光を受けられる場所なら増幅して光線を放つといった術式を使える。
地面潜航等はベリルモールの使う術を応用して作られている。その事を伝えるとコルリスとアンバーがこくんと頷いて、そんなコルリス達の反応にリヴェイラが笑顔になっていた。
「コルリス殿とアンバー殿には感謝するであります」
というリヴェイラの言葉に、アンバー共々サムズアップで応じている。アンバーもコルリスの影響を受けている感があるな……。
それはともかくとして、他にも日陰を照らしている鉱床が破壊された場合、それを高速再生させる役割を担う等、この区画の警備兵として特化した能力を持っている。
「なるほど。神殿は柱と屋根はあるけれど、妨げになる壁がない、と」
ローズマリーが神殿を観察してから言った。四方から攻め込みやすい構造をしており、立て籠もるには向いていない。
神殿の周りも広々としていて一斉攻撃しやすいようになっているが……念には念を入れて、ガーディアンも配置するべきなんだろうな。まあ、区画だけが出来上がったばかりでまだ祭壇型の魔道具も設置していないし、追々みんなと相談して決めていけばいいだろう。
「ん。接続区画の方は?」
「炎熱城砦の方は拡張してあるし、接続区画も挟んであるよ。こっちの内部はまだ構想途中ではあるかな」
首を傾げるシーラに答える。
冥府関連でメルヴィン王に話を通した際、イグナシウスとラザロがそういう事ならと炎熱城砦に繋ぐ事を提案してくれたのだ。精霊殿のフェニックスにも許可を貰っている。
アンデッドに対して火属性というのはかなり有効だというのもあるが……盟主の封印が役目を終えた事から炎熱城塞の防衛能力も役立てて欲しいとの事だ。
精霊殿も同様に封印の役割は終えているのだが、精霊王達の領地でもある為、タームウィルズやフォレスタニアで精霊王達が自由に行動する一助になっていたりするな。
何はともあれ、光同様、炎には浄化の力があるとされているからアンデッドに対しては炎熱城砦は実際有効だろう。
炎熱城砦の一部を拡張し、精霊殿とは真逆の方向に接続区画と繋がる扉を設置する。これにより、この区画から迷宮の外へ向かおうと移動した時、必ず接続区画と炎熱城砦内部を移動する事になる、というわけだ。
未完成の区画についてはやはり光属性の区画……具体的には光と鏡の迷路を構築しようと思っている。言うまでもなくこの神殿区画同様、アンデッドや闇の属性を持つ者には鬼門となるだろう。
接続区画は消耗と遠回りさせての時間稼ぎが目的であり、かといって鏡で構成された壁を破壊しようとすれば、反射の寓意を利用したカウンターが発動するという寸法だ。
炎熱城砦との接続部分も広場を用意してあり、大規模部隊を展開したり大型モンスターを配置しての迎撃を可能としている。一方で狭い迷路を抜けてくる側は数を頼みに攻め込めない、というコンセプトだ。
まあ、神殿とその周辺の防衛事情に関してはこんな所だろうか。
そんな話をしながら神殿の内部を見て回り……陽当たりの良い方へと向かうと滝を一望できるポイントにやってきた。流れ落ちる大瀑布と、煌めく虹は中々に見応えがある。
「滝の迫力が――すごいですね」
アシュレイが言うと、マルレーンもにこにことしながら頷いていた。
「完成した区画が予想よりもいい感じに仕上がってたからね。気分転換にもなるかなって思ったんだ」
そう言って土魔法で即席の椅子とテーブルを構築するとみんなも笑顔でそれに腰かける。ローズマリーが魔法の鞄からティーセット一式を取り出した。そうして景色を楽しみながらのお茶会となる。
セシリアの用意してくれた焼き菓子を食べつつお茶を飲んでのんびりとした時間を過ごす。イルムヒルトが奏でる音楽にセラフィナとリヴェイラが歌声を響かせる。
そうして暫くのんびりしていたが、やがて一段落したという頃合いでステファニアが尋ねてくる。
「そういえば、神殿の地下はどうなっているのかしら?」
「ああ。そっちは接続区画と違ってほぼ完成してるよ。地下墓地を参考にしてるから、外みたいに爽やかな景色ではないけどね」
散歩で行くには少し入り組んでいるから幻影で見せるのが良いだろう。
ステファニアの疑問に答えつつ、マルレーンに頼んでランタンを借りて地下区画がどんな様子かを映し出していく。
薄暗い地下墓地の壁面には魂の平穏を祈る文言が刻まれており……亡者にとっては鎮魂というか鎮静というか、そういった効果を狙っている。
もし冥府側からこちら側に来ても、相性の悪い外側へは侵攻せずに引き篭もってくれるかも知れない、というのを狙っているわけだな。但し、内部にも転移系トラップを発動させる迷宮魔物等が出現するので安住させるつもりは全くないが。
「……これは――見たことの無い魔物ですね」
エレナが幻影を見て言う。
「ああ。迷宮核で新しい魔法生物を組んだんだ」
グラトニーゲートと名付けた門に偽装する魔法生物で、闇属性であるが亡者や冥府とは関係の無い存在だ。その能力は――自分を潜った対象を飲み込んで、別の場所へと吹き飛ばすというものだ。デザインとしては偽装しているので建物と一体化しているが、元々が身体よりも大きく口を開けたような姿をしている。
当然吹き飛ばす先は神殿の外部である為、闇の中からいきなり光の区画に吹っ飛ばされて迷宮魔物に囲まれるというわけだな。
「偽装能力と隠密性に優れていて、孤立した相手や殿を各個撃破したり、敵を分断したりする役割を担っているんだ。これの見た目は色々変えられるから、落とし穴型にしたり階段型にしたりして、色んなところに仕掛ける予定だね」
「炎熱城砦のボムロックより危険な手合いね」
と、クラウディアが説明を聞いて苦笑していた。魔力反応を抑えて環境魔力に溶け込む偽装能力を持つ。平常時は闇の力を取り込んで転移魔法発動の為の魔力を確保するといった具合だ。
そしてグラトニーゲートの存在が発覚したとしても、これに警戒すると後々鏡の迷路のカウンターが効果的になってくる。
「神殿の地下はどこにも繋がっていない袋小路だからね。立て籠もった場合の対策も考えてあるから、まあ結局侵入者が居座れるような場所じゃないよ」
場所が闇属性だからこそ亡者への干渉能力を発揮する事ができる。内部に亡者等が溜まったところでそうした術式で一網打尽にする、というわけだ。
区画のデザインは様々な状況、配置する魔物を想定しての結果だ。侵入者に対して有利になるようなものは徹底的に潰しているし、一見有益に使えそうに感じるのは罠というわけである。
「んー。勉強になるなぁ」
と、ユイは俺の話を聞いて真剣な表情で頷いていた。ラストガーディアンとして、参考になるなら良いのだが。